24.2度目の出会い
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 それは、ジフラールが今勤めているエルスワース病院に赴任して、一月が過ぎた頃だった。
慣れないながらも必死に働いていたジフラールの目の前に、ある人が現れたのは。

 「大丈夫だよー、そんなに難しい手術じゃないんだもん。ジフラールさんだってやったことあるでしょ」
「え、あぁ、はい、これなら何度か……」
同じ外科の医師であるミリエットに、手術の助手を持ちかけられたジフラールは、彼の言う通り、カルテの病名を見てそれを引き受けた。
実際、ジフラールも何度か執刀したことのある病で、問題のある箇所を切除してしまえば、後遺症もなくすぐに日常生活に戻ることが出来る。本当は助手を必要とするほどの手術でもないのだが、請われれば拒絶する理由もない。
赴任したてのジフラールに、親切な態度で接してくれたミリエットが相手と言うこともあり、ジフラールはそれほど緊張せず、彼について打ち合わせに参加し、手術の日を迎えた。
 だが。
そこで出会ったのは、予想外の人物、だった。
「えーっと……ミリエット先生、です、よね?」
まったく同じ容姿。
麦わら色の癖っ毛と、青い瞳、同じ顔、男性にしては華奢な体格。
それなのに。
普段は柔和に微笑んでいるはずの瞳が、今は不敵に細められている。癖のある髪は普段自然に流されているのに、今は整髪剤できちんと整えられている。背筋は普段から伸びているけれど、こんな風に胸を張って立つ姿は、彼の控えめな性格からは想像もつかない。
どちらかと言えば、彼が親しくしている同じ外科のアルサス医師に似た立ち姿。
己の持つ能力を誇示するような、堂々たる姿勢。
 別人、に見えた。
先ほどまで知っていると思っていた人が、いつの間にか別人にすり変わったような。
「よぅ。今日は頼むぜ、ジル」
ジフラールの呟きに気づいたのか、彼はやはり、普段の柔らかさなどどこかへやってしまったように鋭い笑みを浮かべる。
「……ミリエット先生に呼び捨てにされたのはじめてかも」
「俺のことも、ミルでいい」
「お、俺……? ミリエット先生が、違う人に」
彼の一人称は、いつも「僕」だったはず。
それが……普段の白衣とは違う、薄緑色の手術着を纏った彼。
ジフラールには、彼と普段のミリエットが同一人物だとは、どうしても思えなかった。
「それとも……実は双子だった、とか」
「残念、俺は一人っ子。……つーか、聞いてなかったのか、あんた。どっちにしろはじめまして、か?」
相変わらず面白いものを見るような目つきで、彼は小さく声を漏らしながら笑う。
「俺は、ミルも知らないミルの一部。自分の容姿や性格上、自信を持てないミルのために生まれた。だから、主人格はミルで、ミルは手術の内容をちゃんと覚えてる。実際、ミルが分からないことは俺も分からない。すべてはミルの知識でミルの能力。俺はミルに、ほんの少しの勇気と自信を与えてやるだけの存在」
そう言って、彼は微笑む。
それは、普段の穏やかさを思わせる笑み。
「ミル、って呼んでやってくれよ。喜ぶから、俺」
「……えっと……ミル先生?」
「あぁ」
やや緊張混じりに呼んだ彼の名に、彼は顔を上げ……真っ直ぐに、応えてくれる。
「よろしくお願いいたします」
「……こちらこそ、よろしく」
差し出した手を握ってくれる手は、確かに、この病院に赴任したとき初めて交わした握手と、同じ感触だった。

 その日の手術は、5時間に及ぶものとなった。
良性の腫瘍だと言われていたものが、悪性の腫瘍だったのだ。
予想外の病状に驚いたメンバーの中、ミリエット一人が、取り乱しもせずすぐさま指示を出した。腫瘍摘出は困難を極めたが、ミリエットの的確な処置と指示が功をそうし、手術は成功。
結果、患者は見事命を取り留め、一ヶ月の術後処置を経て退院を迎えることとなった。
 「俺のこと、ミルには言うなよ? この病院の奴らは変わってるから、ミルをこうして受け入れる。それには感謝してるけど……ミルに、俺のことを知らせたくないんだ」
俺は、ミルの一部だから。
手術を終えて、誰もが疲れ果て項垂れる中で。
疲労など見せる気配もなく笑う彼の表情は、不敵な笑みでも、普段のミリエットの穏やかな笑みでもなく。
苦痛や切なささえ含んだ、複雑な微笑みだった。
「俺、お前のこと気に入ってるんだ。これからも頼むぜ?」
複雑な笑みのままそう言われて、ジフラールは、微笑み返し、頷くことしか出来なかった。

 「実はあの手術の前に、おんなじような腫瘍摘出してたんだよね。まだ手が覚えててよかった」
ミリエットが、そう患者に向かって微笑みかける。
あとで手術の内容と、結果を聞かされた患者は、驚きと同時に、ミリエットに深く感謝し、今もベッドの上で元気に笑っている。
そんな二人を、ジフラールは複雑な思いで見つめていた。
 例の手術の後、ジフラールは同い年だと言って親しくしてくれている看護主任のシーナに話を聞いた。
「ミル先生って……この病院に来た頃から、ずっとあんな感じなの?」
「えぇ、そうよ? 最初のミル先生の手術に立ち会ったアルサス先生からみんなに説明があったの。ミル先生のことについて」
気にすることじゃないわ、と、彼女は笑う。
「だってミル先生がミル先生なのは事実でしょう? 別に誰に害があるわけでなし。ジル先生だって、気にしないでしょう?」
「それはそうだけど……気にする人もいるんでしょう?」
頷くジフラールに、シーナはだからね、と後方を指差して。
「ほら、あの二人がついてるんだもの、気にする人がいても、病院やめたくなければ、黙ってなくちゃ仕方ないのよ」
シーナの指を追いかけ振り向いたジフラールの目に飛び込んできたのは、三つの人影。
白衣を纏った、三人の医師の姿だ。
ミリエットを中心に、アルサスと……内科のウィルジオがいる。彼の名もよく聞く。
「アルサス先生もジオ先生も。この病院になくてはならない素晴らしい医師よ。あの二人がミル先生を認めてるの。ようするに、ミル先生はあの二人に匹敵する才能の持ち主ってこと」
だから、大丈夫。
「ジル先生に必要なのは、いつもと同じ態度でミル先生に接すること。ミル先生はそういう人なんだって認めるだけでいいのよ」
「ジフラールさーん!」
シーナにぽんと押された勢いのまま、ジフラールは、己を呼ぶ声に答え、歩き出した。




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