Plumage Legend 〜絶佳の奇才〜 47.答え
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 『どっちにしろ、あんたとアリシエルが一緒にいなければ、世界なんて存在する理由がなくなるのに』
「……は?」
それは、また。
サーバーからカップに移したコーヒーを一口すすってから、俺は思わず溜め息をついた。
ドリュアスの発言は、さっきからあまりにも規模が大きすぎる気がするんだが……どうなんだろう。
『あぁごめんね、独り言。アリシエルったら、ワケ分からないのよ。近いうちに転生する、だなんて』
……転生?
『えぇ、そう。あの子も混乱してるんでしょうね、自分の力の桁に。今までアタシたちが処理してきたせいか、アリシエル、力の有効な使い方や制御はことのほか弱いから。精神的な面で弱ってるって言うのに、何があったのかは話してくれないし……妙な男もくっついてきちゃって、こんな状態じゃあ近いうちに暴走して、転生前にこの世界は壊れるかも知れないけど』
……いや、だから。ちょっと待てよ。
「何なんだ? その恐ろしい規模の発言は」
リシュと、俺と。
その間に何があっても、俺は構わない。
ただリシュの傍に行って、リシュに言いたい言葉があるだけ。今まで確信がもてなくて、曖昧に誤魔化してきたことを、ようやく言葉に出来たんだ。それを、ちゃんと伝えたい。
それだけ、なのに。どうして、世界が壊れるだの、転生だの……言う気がないなら、仄めかすのもやめて欲しい。リシュのことなら、何もかも、包み込むように知りたいと、そう思っているのに。
……何より。
さっきからたびたびドリュアスの口に上る『妙な男』ってのは、まさか、あいつなんじゃないだろうか。
俺たちと戦った、水天使。俺が、途切れてしまった記憶の中で、何かをした男。
……まさか、な。
『あら、そのまさかよ? アリシエルが傷を治癒してやって、そのまま帰るって言ったのに引き止められて、挙句の果てに断りきれない、なんて言ってつれてきちゃって。毎日毎日、煩わしいったらないわ』
あの……野郎。
会ったら、ただじゃおかねぇ。刻んでやる。
『でも、確かにすごい怪我だったからねぇ。全身、火傷だらけで。その辺の風天使じゃ、手に負えなかったんじゃない? 怪我の理由だって、アリシエルが罪悪感抱くのも、おかしくない成り行きだったわけよ』
……火傷、だらけ。
ということは、火天使にやられたってことだ。
あの場にいた火天使は、俺とあのか細い男一人。
だが、あの男はリシュが呪を解いた反動を受けて昏倒していたはず。何より、わざわざ味方の水天使を攻撃する理由がない。
すなわち……その男の怪我は、俺が負わせた、と、そういうことになる。
ぎりり、と、こめかみに走る激痛。
頭の中をかき回されるような、気味の悪い感覚。
呼吸を止めて、頭の中を空にして。
記憶を、捨てる。
『そりゃあ、つれてきたのは事実だし、今自分の力に戸惑ってるみたいなのも本当だけど、あの子は、まだ……あんたのことを嫌いになったわけじゃないと思うわ』
つい、と飛んだドリュアスが、窓枠へと立った。
『あんたは来たことあるから知ってるでしょ? アリシエルの元々住んでいたところ。あそこにね、二人はいるのよ。……二人って言っても、アリシエルを溺愛してる精霊が飛び回ってるから、何も出来ないでしょうけど』
含み笑いを押し留めるように口元を押さえて、俺を待っているドリュアスのために、窓を開けてやる。
『そこで待っててあげるわ。あんたはこの窓から出られるほど小さくないみたいだから。準備はいいの?』
「あぁ。すぐ上がる」
ドリュアスが飛び出したのを確認して、窓を閉じる。ドアノブを握り、部屋を出て。
……次に戻ってくるときは、リシュも一緒だと、そう心に決めて踵を返した。

 『何よこれ?! どうしてないのよっ!!』
半狂乱になって騒いでいるドリュアスを、肩に止まらせる。
東の果て。一度だけ、リシュを迎えに来たことがある場所。
確かにこの辺だと思ったんだが……ドリュアスの騒ぎ方を見ても、この辺りにあるはずなんだ。
だが、見下ろすどこにも、かすかな泉のきらめきさえ見当たらない。ただ、鬱蒼と茂る森が広がっているだけ。
「ファリエルが、隠されてる、って言ってたぞ? 何か仕掛けでもあるんじゃないか? 最近少しずつ、禁呪が流出してるらしいから、それの可能性もある」
『禁呪……だとしたら、あれかも……!!』
何気なく言った俺の言葉に心当たりがあるのか、ドリュアスの顔が青ざめた。
『ちょっと、あんた力貸しなさい!! あの男が出来たんだから、あんたに出来ないはずがないわ、術者は多分、あの水の男なんだろうし……!!』
まくし立てるドリュアスの小さな手が、喉元に押し付けられた。感触などないに等しい、小さな接触。
だが、それは怖いくらいの結果をもたらした。
『森のざわめき、私のこの身を形作るものの一部よ、この声を聞きなさい。焔に犯されることをよしとせぬのならば、今すぐ、この大地を包むモノを解き放つがいい!』
力を、引き摺られる。
望まない形で、自分の意志とは別の部分で、何かを引き抜かれるような妙な感覚が、全身を襲う。
押し留めようとする力の塊は、その意志に抗って暴れ回り、この身体から抜け出そうともがいて。
『氷結陣、解!!』
ざわりと、何かが動いた。
それ自体が意志を持ったかのように、俺の身体の中でのたうち、そして。
「っ……あぁっ!!」
きぃん、と薄い氷を砕いたときの音が耳鳴りのように響いて、俺は、真っ直ぐに空から落ちた。かすかな泉のきらめきを目に写して、そのまま。
盛大に、俺は泉の中へと墜落した。
 ……まず、梢の緑が視界一杯に広がった。
次に、その隙間から時折覗く青空が目に入った。
綺麗だ。他に言葉が見当たらない。
だが、よく考えればおかしいな。
泉に落ちたはずだ。水に包まれているわけでもなく、こうして息が出来る時点で何か違う。
どういうことだと身体を起こして、初めて理由が分かった。
しなやかに風を孕んで舞う、柔らかそうな布。
白い何かを抱えてこちらに走ってくる姿は、心から望んだもの。
その身体は、少しもその勢いを落とすことなく、俺へと真っ直ぐやってきて。
そのまま、体当たりでもするように飛び掛られた。
「っサイ……!!」
「……リシュ」
首に回された腕の力は、甘い雰囲気よりも、逃がさないとでも言うかのように強く、激しくしがみついてきて、執着に似たものを感じさせた。
……せっかく着替えてきたってのに、全身びしょぬれになっている。それに躊躇いなく抱きついて、体を寄せるリシュも濡れるだろうのに、腕はけしてゆるまない。
栗色の髪が、風に揺れて目の前をよぎった。
この色だ。
他のものなんていらない。
「……リシュ……愛してる」




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