Plumage Legend 〜絶佳の奇才〜 46.この色の不思議
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 どうしてだろう。
身支度をしながら、ぼんやりと思う。
 部屋には、本当に式典用の礼服と普段着ている形の服が何着か。サイドテーブルに、なぜか出来たてらしきサンドイッチと珈琲がサーバーごと並べられていた。
 まず、傷だらけの手の平に包帯を巻きつける。これで、どこにでも血の痕をつけずに済む。リシュがいれば、と思わなくもないが……今は、どうしようもない。
皿からサンドイッチをつまみながら手に取った服の色は、選びかねたのかどれも黒一色。
明るい色を揃えられたとしても、俺は今まで色になど気を遣ったことが一度もなくて、色彩感覚がまだつかめない。きっと間抜けなことになっただろう。
シャツとスラックスを適当に見繕って、それを身につける。
 ……どうしてリシュは、消えてしまったのだろう。
俺に何かを伝えたいと言い、約束までしたのに。
あんなにも不安に満ちた表情で俺に頼み込んだのに……どうして、リシュが俺の前から消えてしまうんだ?
考えに沈んで、止まっていた手が掴んでいたジャケットに、袖を通す。何気なくポケットに手を入れ……その指先に、冷たいものが触れた。
金属の、感触。これは……?
「リシュの、ピアス」
ポケットから引き出した手に握りこまれていたものに、見覚えがある。
華奢な鎖と、金剛石と、細工の施された美しいプレートで飾られた、ピアスの片割れだ。
色があろうとなかろうと、この細工の優美な姿形に影響は与えない。
美しい。純粋に、そう思える芸術品。二つとして同じものの存在しない、無色透明の眩いばかりの宝玉。
どうして、とこぼれそうになった声を飲み込んで、吐息に変える。
――考えろ。何か、理由があるはずだ。
俺がリシュに受け取ってもらいたかった指輪が消えて、俺の手元にリシュのピアスが残った。俺はずっと眠っていて、リシュは今どこでどうしているかも分からない。
……これでは、情報が足りなさ過ぎる。
リシュ本人がいないのに、その意志も俺には欠片たりとも通じていないのに、どうしてリシュの大切なピアスが、俺の手元に残されてるんだ。
俺の指輪を抜き取ったのは……誰だ?
疑問ばかりがかさを増す。俺の想像力だけでは、答えを導き出せそうもない。
どうしろと。
俺にどうしろと言いたいんだ……リシュ。
「……考えて答えが出れば、世話ないか。俺は別に、リシュに繋がってるわけじゃないんだから」
一人呟いた。
だが……今ほど、繋がっていて欲しいと思ったことはない。
なぁ、リシュ。
お前は、俺に会いたくないのか?
俺は……早く、会いたい。会って……抱きしめて。
ピアスを握り込んで、思う。ただ、リシュに会いたい、と。
同時に、ピアスが熱を放った。
反射的に拳をほどいて、手の平を広げて……飛び出してきたものに、目をむく。
『おっそいのよあんたは!! もっとしゃきしゃき感情出しなさいよ、そんなだからアリシエルに愛想つかされるんじゃないの?! あんなに泣かせてっ、変な男引っ付けさせてっ!! ホントにあんた、あのいけ好かない男の転生体なワケ?! あいつはホントにどうしようもなくて駄目な奴だったけど、絶対にレイエルを苦しめたりはしなかった!! ……ん、あれ、そうでもなかったかな……? あの子、ことあるごとに丸め込まれてたような気もするし、えーっと……そ、そうよ、結果的にレイエルを悲しませるようなことはしなかったんだから!! って言うか、ちょっと、あんた聞いてんの?!』
聞いてんの、と、言われても。
いきなり、手の平に乗せたリシュのピアスから、木の精霊……森の守護者ドリュアスが飛び出してくるなんて、誰が思うだろうか。
木の精霊は一般的に、森を守護し、天使個人につくものではないのだ。……大地の娘である、リシュを除いて。
「リシュの精霊なんだろう? リシュはどこにいるんだ? 俺はリシュに会いたい、いや、会わなくちゃならないんだ。会って謝って……ちゃんと、伝えたいことがある」
『……あの、あえてこの空気の中で言うけどね? 今のアタシの長口上にツッコミはないの?』
……問いへの答えは、返ってこなかった。逆に、問いかけられる。
長口上に、突っ込み。
「……長いな? それで、リシュはどこなんだよ?」
『それはツッコミじゃない!! もういい! あんたがあの男の性格引き継がなかったことは、よぉぉく分かった! バカって死ねば治るのねっ、あぁよかったっ』
目の前で胸を撫で下ろす仕草をするドリュアスに、俺は思わず吹き出しそうになり、しかし……ちょっと、待ってくれ。
「俺も……今頃あえて問うが。どうして俺は……精霊であるあんたの声が、はっきりと聞こえてるんだ」
俺の耳には、今までざわめきのようなものが聞こえただけで、それさえもリシュの傍にいたからっていう限定的なものだ。
だが、今俺の傍にリシュがいるはずもなく、かと言ってこの声がざわめきに聞こえるわけでもない。
『はぁ? ……あぁ、アリシエルったら種明かしもしないまま帰ってきたのね、変なところで抜けてるんだから。じゃあ、かいつまんで教えてあげる。あんた、アリシエルの父親のウミエルの色を継ぐ者なのよ。あんたはアリシエルと共にあるためにこの時代へ生まれてきて、アリシエルと出会って、現にこうしてアリシエルに惹かれている。この間の試合で、ようやくあんたは覚醒した。両眼の色が変わったのは、その証拠。もし、今もあんたにあの子を求める気持ちがあるなら、ついてらっしゃいな。全部分かるわ。あの子を止められるのも、あんたしかいないんだし』
「色を、継ぐ者……?」
『色を継ぐ者は、世界を生き長らえさせるための鍵。鍵が錠前と噛み合わなくちゃ、扉は開かないでしょう? あんたとアリシエルはそういう関係。誰が決めたとかじゃなく、もう決まってることなのよ、それ以上の疑問は受け付けない。第一、あんたアリシエルと一緒にいられるんだから、それでいいんでしょ? 事実とか理屈とか、別に興味ないでしょ?』
……相変わらず、その矢継ぎ早に紡がれる言葉に淀みはない。さっと通り過ぎていく言葉たち。理解できるような、出来ないような……。
ただ、俺のしたいことは分かっている。
「……あぁ、別に何でもいい。分からなくてもいい。ただ、リシュに会って伝えたいことがあるだけだ。リシュに、言わなきゃならないことがあるだけだ」
『それで十分よ。来なさい』
笑うドリュアスが、手の平の上から飛び去った。
『あんたの姿を見て、アリシエルは何て言うのかしら?』
悪戯に成功したような、確信犯的な笑み。
それを横目で見ながら、俺はカフスをつけていた方とは別の、左耳にリシュのピアスをつけた。
右耳には、リシュのカフスが返ってくる。
 俺に残された時間は、あまりない。




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