Plumage Legend 〜絶佳の奇才〜 42.驕りとその代償
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 つまらない。あまりにもあっけなく終わるこれを、ただの力の発散と言わず何と言えばいいのだろう。少なくとも、模擬戦ではありえない。
一試合の制限時間は、四半時。精霊の力を抑制する補助結界を張った闘技場の中、使用可能な武器は木刀一振り、あとはそれぞれ、精霊の力と呪法のみに頼りきった戦闘だ。勝敗の判定も、大怪我をする前に止められる。以前より格段に能力の上昇した俺にとっては、疲れるほどの運動にならない。リシュは常に俺の補助に徹して、後衛からまったく出てこない。
気の入らない二試合を経て、俺とリシュはすでに上位16組の中に入っている。立て続けに二試合、そのあとの三試合目の対戦者に至っては、なぜかあっさり辞退を申し出た。ほかに、不戦勝やシードで一試合しかしていないペアもあるようだが、大抵が三試合を終えた今、俺たちと比較すれば、全体的に体力を消耗しているのだろう。
そのせいか。
気がつけば俺たちは、決勝まで勝ち進んでいた。
「……えっと……まだあるんですか?」
「次……だから、準決勝の相手、か。それが、怖気づいたのか辞退するらしいぞ。まぁ……16組の中に入れば、それで追課題に煩わされることはなくなるからな。残るは決勝戦だけ」
選手控え室、とは名ばかりの談話室。16組に入ったあとは、それまでの殺気立った気配は欠片も見えなくなっていた。誰もが穏やかに笑って、次の試合はどちらにいくら、などと賭け事に興じる輩まで出てくる始末。今も、俺たちか相手かで、派手に賭けている。
……いいのか悪いのか、俺にはよく分からないが。
 リシュは居心地悪そうに椅子に腰掛けたまま、俯いていた。
リシュが口を噤むと、もう、何を話せばいいのか分からなくなる。
ただ隣に立っているだけでも、妙に緊張する。落ち着かない。
今まで、こんなことはなかったのに。
リシュの傍はもっと……居心地がよくて。ただ穏やかに笑っていられる場所だったのに。
隔てた時間の間に、俺はどう変わってしまったんだろう。
答えが、出るような、出ないような……複雑な感情に揺さぶられる。
リシュは、やはり口を開かない。
その沈黙が俺への拒絶に思えて。
どうすればいいのか、分からない。
「サイ君サイ君サイ君サイくーん!!」
突然、耳に突き刺さるような声が近づいて来た。同時に、背中に力いっぱい圧し掛かってくる煩わしい重み。鼻孔に届くのはきついスズランの香。
「……今すぐどけ。また痛い目に遭わされたいか」
精霊に命じて、力を動かそうとした瞬間に、背中が軽くなった。
さすがに分かったらしい。
「酷いサイ君、私まだ何もしてないのに」
顔を上げるのも嫌だ。拗ねたような口調で言われても、可愛らしさも何もない。
邪魔だ。本当に。
「リシュさんなら、許すくせに」
「何の用だ」
この女と、あの男とは、準々決勝で対戦した。結果は圧勝……当然だ。
負けたのだから、もう用はないと思うんだが。
「昨日、何だか因縁つけられてたでしょ、サイ君。あの男、なんかあんまりいい噂聞かないよー? 決勝まで進んでるんだけど、それが変なの、1回戦、試合して勝ってるんだけど、そのあと誰とも試合なし、全部不戦勝で勝ち上がってきてるの。おかしくない?」
「あの、水天使の方、ですか?」
ぱっと顔を上げたリシュが、俺からは目を逸らし、女へと視線を向けている。はっきりとそれが分かる程度には、露骨な仕草だ。
「うん、そうなの。サイ君、気をつけてね?」
ただそれだけで、俺はいらだつ。
リシュがすでに、俺を『いらない』と言っているようで。

 煩わしいほどのざわめきと歓声の中で。目の前にいるのは、確かに、昨日ぶつかったあの男。
見覚えのある顔、感じたことのある強い視線。
はっきり覚えているわけではないが、不穏な言葉を残して行った、妙な男だ。
「あの人が、どうして……?」
不安げに足を止めたリシュに構わず、俺は前へ進む。
リシュに向かって、妙な言葉を吐いたことを覚えている。
リシュを傷つけようとする、言葉。
たとえリシュが俺の元から離れていくのだとしても。
俺以外の奴がリシュを傷つけるのは、許せない。
 あの力の波動を覚えている。
精霊の力を吸い上げられて、少々不便な思いをさせられた。
今もまだ、完全に回復したとは言い難い。絶対的な値が他の奴らの比ではないせいだ。とは言え、今までの試合で支障はまったくなかったのだから、決勝戦で、相手があの男だったとしても、何とかなるだろう。気楽に考えられる。
「サイ、防御障壁は?」
リシュが、背中越しに声を投げかけてきた。答えは、ひとつだ。
「いつも通りでいい」
「え? ……で、でも! サイ、あの人は」
「大丈夫だろう。時間をかけるつもりはないから」
相手の属性は、その周囲をよく視れば分かる。浮き上がってくる精霊の姿は、属性によって判別できるものだから。
 俺は、火属性の精霊を従えている。攻撃属性が主立った能力だが、水の精霊の補助能力との相性は、最悪。
しかもどちらかと言えば俺の方が、火属性の方が不利だ。
やや後方から好戦的な眼差しをこちらに注いでいる男は、水の精霊を従えている。だが、珍しいことにあの男の精霊は、俺たちへの対抗意識に燃えた、水の精霊とは思えない剥き出しの敵意を発している。水の精霊は、一般的に非常に大人しく冷静で、補助や回復の能力に長けているものだ。精霊も主に似るのかもしれない。
あの水の精霊も変わっているが、その主の水天使とペアを組んでこの場にいるのは、火天使だ。俺と同じ気配の精霊をつれている。ただ、その気配は驚くほど希薄で、掴み取るのにも苦労しそうだ。水天使とさほど離れていない位置に無造作に立つ姿は、どう考えてもまともな攻撃を繰り出せそうには思えなかった。
長い髪を耳の高さでひとつに結い上げた、線の細い小柄な姿。木刀を握った腕は、重そうに下ろされている。それも、白く細い。性別は男なのだろうが、パートナーの身体がなまじ大きいせいか、その小ささと華奢な雰囲気はより際立って見えた。
それにしても……正反対の、しかも最も相性の悪い組み合わせだというのに、ペアが成立していたとは知らなかった。
……そういえば、俺とリシュは組み決めの途中で抜け出したな。
もしかしたら、俺たちの後に決まったペアなのかもしれない。前例がない、という意味では、俺やリシュと同じくらい、話題性のある組み合わせだろう。
……ということは。そのせいで、昨日はあんな人だかりが出来たんだろうか。
「わりぃけど、時間はたっぷりかけてもらうぜ? 俺の本命はあんたたちなんだから」
男の笑い声と共に、水の精霊の気配が一気に膨れ上がった。
俺の傍に控える焔の精が、かすかにざわめいたのを感じる。
「……まったく、妙な相手と当たったもんだ」
なにやら変わった男だが、力の大きさで言えば俺の勝ちだ。何より、水属性の相手に攻撃されるわけではない。様になっていないが、木刀も提げているのは火天使だ。相手は、おそらくあの小さな火天使だろう。
だとすれば、すぐ終わる。火天使の俺にとって、水属性の攻撃は致命的な弱点だが、他はどうということもない。リシュにサポートを任せればすぐに片付くだろう。右手に提げていた木刀を左手に持ち替え、場内、中央寄りの位置に立つ。
リシュはこれまでと同じように、後方で。俺への防御や補助の呪をかけた後は、そこに立ってじっと待っている。リシュをあまり待たせるのも気が引けて、それ以前に相手が最初から及び腰で俺に相対するせいで、さほど時間をかけずに試合を終わらせてきた。
今回は、どうだろうな。
「両者、礼! 少し注意をしておくが……相手への過度の暴力行為は、慎むように。決勝戦は、毎年負傷者が出やすいからな。では、始め」
俺と、水天使の男を見比べた教官は、それだけ言うと、さっと場外へ飛び去った。
……変だな。今まで、一度もあんな注意をされたことは、なかったんだが。
訝しげに小首を傾げて、しかし即座に試合が始まっていたことを思い出す。
ぼんやりしている暇はない。
「遅い!!」
顔を上げたのと、反射的に剣を上げたのは、同時。
目の前に迫っているのは水天使の男。その手には木刀、目にははっきりとした悪意。
いつの間に、あの火天使から受け取ったのだろう。
「っ……」
重い、横薙ぎの一撃。柄を強く握った手の平が、摩擦で熱を持っている。
「俺は水天使だが、実は秘密がある。後ろにいるあいつ以外、誰にも言ってなかったことだ」
膠着状態に陥っていた鍔迫り合いを終わらせる、たった一つの動き。風を切る音。
「俺は肉弾戦の方が得意だ」
嫌な予感に身を引く。後ろに飛ぼうとした一瞬に、隙をついて繰り出された、拳。
骨にまで響くような、強い衝撃。思わず息を詰めて、両足で平衡感覚を確保。
右手が、痺れたように感覚を失っている。動きに支障がないことを素早く確かめて、一歩踏み出そうとして。
嫌な気配に、そっと視線を斜め後ろへ。
さっと全身から血の気が引いた。ありえない熱と、朱と、風を頬に受ける。
「……リシュ!!」
湧き上がる、炎の壁。リシュを守護する精霊たちは、何もかもが自然界に存在するものであって、唯一人工のものである炎の精霊は、リシュの身を守ることを知らない。
「あんたの相手は俺だ。あのお嬢ちゃんよりも、自分の心配してな!」
くっとこらえきれない笑みをこぼした男が、再びこちらへ走りこんできた。
俺は、上から振り下ろされる木刀の一撃を受ける、そしてさらに繰り出される太刀筋を先読んで、自分を庇い。
ただ、無力にもどんな状況にあるのかも分からない、熱の乱舞に隠されたリシュの無事を、願うことしか出来なかった。




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