Plumage Legend 〜絶佳の奇才〜 41.バトル・オブ・トーナメント
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 上位16組までに残れば、最終学年の課題は終了。
それ以下は、いくらか模擬戦を繰り返し、その結果によって成績を決定する。
初戦敗退者は、加えて追課題を消化して、ようやく卒業を許される。
最終課題であるトーナメントの抽選に集まったペアは、転移の呪法で集まったときよりも、多いような気がした。
「……人が、多いな」
一人呟いたつもりの言葉には、思いがけず返事があった。
「このトーナメント戦で上位16組までに残ると、これ以前の成績不振も、ある程度考慮してくれるんですって」
突然かけられた耳に覚えのある声に、俺は眉を顰め、振り返る。
「お久しぶりね、サイ君。……リシュさんも」
「お久しぶり、です。ソーシャさん」
好意ともなんとも言い表せない、複雑な表情で立っているのは、俺がリシュに会いに行きづらくなった原因のひとつ。だが、今までのように表立った、刺々しい気配は発していない。
俺の左手側にいる女に向かって、リシュが、俺の右手側から深々と頭を下げている。あの後何があったのか……俺は、まったく知らない。
「ケインさんも、いらしてるんですよね? お元気ですか?」
「んー、リシュちゃんにそんな風に気をかけてもらえるだけで、元気になるなー」
無造作に歩いて近づいてきた、見知った男も、一緒に追い払われたとき見た妙に思いつめた、真剣な表情はすでになく、ただへらへらと笑うだけだ。
隠すことなくリシュに向けられていた、恋愛対象としての好意は、なりを潜めているようにも見えるが……この男の場合、どこまでが本気なのかは分からない。
「やぁ。……その後、いかがお過ごしかな」
「別に。平和な毎日だ」
友好的な態度。穏やかな口調。
……今まで向けられたことのない、ごく『普通』の会話。
どんな言葉を返せばいいのか分からずに、俺は少し戸惑った。
言葉を選びあぐねているうちに、招集の声がかかる。
それを言い訳にして、俺は一歩踏み出し、リシュを振り返って。
いつもと同じ調子で伸ばした手を……何も掴まずに、引き寄せた。
俺は、リシュの手を取る資格をもっていない。いくら望んでも、いずれこの手の中から飛び立ってしまう至上のもの。
……触れられない。
触れてしまえばきっと、二度と手放せないだろうから。
引き寄せた拳から、視線を上げる。リシュに、目を向ける。言葉が出てこない。
「……行きましょう、サイ」
感情をこらえるように眉根を寄せて、リシュが微笑んでいる。翡翠色の瞳は、普段と同じ、深い感情を湛えてまっすぐ俺を見つめてくれる。
俺に、感情を向けてくれる。
俺の、ために。
「あぁ……」
目指す方向へと視線をやって、俺は再び歩き出す。
背後で、なにやら俺を咎めるような声が聞こえたが、聞こえなかったことにした。

 抽選後、トーナメント表ができるまで一応待つことにした。リシュが、なぜかとことん迷惑をかけられているあの例の二人組と一緒にいたいのだと、そう言ったからだ。
リシュは普段通り、薄い笑みを浮かべて会話に花を咲かせているが、俺は手持ち無沙汰だ。
何をするでもなく、ただ、かすかに掴み取れるようになった色彩を追いかけて、空や、周囲の木々に目を向ける。いまだ明確な色彩は、この目に映らない。ただ一人、リシュの姿を除いて。
否が応にも目を引く、鮮明で豊かな色彩。
確かに映る、眩いほどのきらめき。目を逸らすのが怖くなるほど、はっきりと掴むことの出来る俺の希望。
今にも手を差し出して、触れたい。だが、それを許さない理性がある。
意識的にリシュから目を逸らし、背を向けて。
リシュの声も聞こえないところへ行ってみようと、そこからでもリシュの姿を認識できると分かっていて……それでも試そうと思う。足を、踏み出した。
その瞬間、肩に、強く硬い、肉のぶつかる感触。受けた衝撃は、想像以上に大きかった。
揺らいだ平衡感覚を立て直し、一歩下がる。それだけで、ぶつかったことによる名残は消えた。少なくとも、俺からは。
 顔を上げると、強く、睨みつける視線を感じた。こちらに投げかけられるその眼差しは、明らかに悪意と嫌悪に満ちた明確な負の感情をさらけ出している。
肩がぶつかった程度で、それほどの悪意を向けられる謂れはない、そう思いたいのだが。
 ぶつかった相手は、俺より幾分か背丈のある、短髪で、筋肉質な男。きつく釣り上がった眦は、俺を酷く嫌っているようだ。
……誰に嫌われることも、怖くない。たった一人の例外を除いては。
「サイ!! 大丈夫?」
甲高い、悲鳴にも似た声。慌ててこちらに近づく、よく知った気配。
どうして気づいたのかと周囲を見れば、なぜか人だかりが出来ていた。
これなら、何か起きているに違いないと、そう思うだろう。
至近距離にあるのは、触れられるのが、もっとも怖い気配。
「サイ……?」
手が、差し伸べられている。腕に触れようと、ゆっくりと近づいてくる暖かい温度。
もどかしい距離に、今すぐ、とこちらから手を差し出したくなる。だが、それをすれば抜け出せなくなるのも、分かりきっている。触れる一瞬前に、引きつるように腕が震えた。
ただそれだけで、リシュは触れようとしていた指を、素早く引っ込めてしまう。
振り返れば、迷子になった子猫のような、心細げな表情でこちらを見つめてくる、リシュがいる。たった一瞬、リシュの接触に怯えを示しただけで、こんな寂しそうな表情をされるとは思わなかった。これでは、期待してしまう。
リシュには、俺が必要なんじゃないか、と。
どうすればいいのか分からないまま、リシュの方へと向き直ろうとしたとき。
さっきから突き刺さるような視線をこちらに送っていた男が、再び歩き始めた。
「……ぶっ潰してやる」
すれ違いざま、耳元で囁かれた言葉。
軽く肩を叩かれたその瞬間に、気力を吸い上げられるような違和感が身体を襲い、同時に、膝から力が抜けた。
何かされた、と思ったのは、そのあとだ。考えるまでもなく、原因はあの男だろう。
「サイ、大丈夫? どこか、痛い……?」
「いや、大丈夫、だ。精霊の力を、ちょっと抜かれた。疲労みたいなものだ、何とかなる」
不安げなリシュの表情から目を逸らし、横を過ぎ去っていった後姿を追いかける。
あのとき……俺の耳に囁いたとき。
あの男の視線は、確かにリシュに向いていた。
俺ではなく、リシュに。
どういうつもりかと問い詰めたくても、今は十分に身体を動かす自信がない。
ふらふらとおぼつかないながらも自力で立って、確かめるように一歩一歩を踏みながら、俺は思う。

 トーナメント本番は、明日。
きっとあの男とは、どこかで対戦するだろう。
負けられない……ひとり胸に誓い、俺は拳を握った。




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