Plumage Legend 〜絶佳の奇才〜 32.出かけた先は
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 「さて、それで、君たちはどこへ行くのかな?」
珍しく、ファリエルが課題の進行に参加している。
名簿片手にあちこちを歩き、それぞれの目的地を聞いて回っているようだ。
俺たちの目の前まで来て足を止め、名簿をめくりながら問いかける。
「どうする? リシュ」
転移の術は、術者の同調が最も重要だ。
両者の知った場所でなければ、大抵失敗する。だからこそ俺は、リシュにそれを任せた。
ファリエルの問いに、俺はリシュへと決断を迫る。
「あ、あの、えっと。他の方と同じになってしまっても、構わないんですよね?」
落ち着かないように表情を曇らせたまま、リシュは上目遣いでファリエルを見上げる。
応じるファリエルは、苦笑を浮かべて軽く頷いた。
「うん? あぁ、構わないよ。どこか決まってるの?」
「あの……ディリュードに。大丈夫、ですよね?」
「ディリュードね。はい、それじゃ枝の一振りでも折って帰ってくるように。リシュさんは力の使い方が違うから、サイ、気をつけるんだよ」
そう言い残して、ファリエルは俺たちに背を向けた。また別のペアへ向かって声をかけている。
「さて……ディリュードか」
確かに、一度一緒に行ったとき、妙に気に入ったようだったな。
「……サイ、勝手に決めて、ごめんなさい」
「ん?」
微妙な距離を保って、リシュが立っている。
不安そうな、泣きそうな。
どうしてだろう、今日はリシュのそんな顔ばかり見ている気がする。
「俺こそ、お前にまかせっきりにして悪かった。俺は、ディリュードで構わないぞ?」
「……サイは、優しいのね」
潤んだ目を隠すように、リシュが俯いた。
その拍子に耳元できらきらと銀鎖が揺れ、日の光を捉えて金剛石が眩く光る。
俺の耳にあるカフスも、こんな風に光っているのだろうか。
右手の小指に嵌った、リシュのための指輪と、同じ手の中指に嵌った重たい指輪をぼんやりと見下ろした。
優しい、か。
何と返すことも出来ない言葉を、俺は考えないように、済ませなければならないことへと意識を移す。今考えて結論の出せないことは、後回しだ。
「……行き先も決まったことだし、さっさと終わらせるか。リシュ、来い」
手を差し出した。
不安を湛えた瞳で俺をまず見つめて、そのまま視線を俺の手へと移す。
「大丈夫、なの?」
リシュの問いに、俺は答えない。
「まぁ……やってみれば分かる。一度試して、話はそれからだ」
差し出した手を返して、栗色の髪に伸ばす。
くるりと指に巻きついてくる、柔らかな髪。
出会った頃より、幾分か長くなったそれ。耳を隠す一房を掬い上げて、リシュの左耳についた、カフスの片割れを見つめる。
「サイ……?」
「大丈夫だ。そんな、気がする」
困ったように小首を傾げるリシュに、なぜか笑みがこぼれた。
前例のないことを実行しようとしているのに、さほど不安はない。
むしろ、出来ることが解っているような……そんな不思議な感覚。
既視感、と呼ばれるものかもしれない。どうしてだろう。
「リシュ、手。離れないように繋いで」
妙に気分が高揚している。
精霊のざわめきが、風の揺らぎが聞こえる。
ゆっくりと、躊躇うように握られた手を、しっかりと指を絡めてこちらからも握り返す。
「ディリュードへ。そう願え。お前の精霊は呪を唱えなくても分かってくれるんだろう?」
「え、えぇ……分かったわ。ディリュードへ、ね?」
息のかかるような至近距離で、リシュが無防備に目を閉じた。
リシュの周囲を取り巻く精霊が、何らかの力を動かしている気配がする。
「我は焔を纏うもの、遠き彼の地へこの声届け、導きの光この身を照らせ」
それにあわせて、呪を口に上らせた俺は、残った意識の端で騒がしい精霊たちの声を耳に聞き……そこで、すべての感覚は途絶えた。

 意識が、引き戻される。耳元に響くのは、木々の梢のざわめき。精霊たちは静まり返って、かすかな音さえ発しない。
握った手の中には、暖かくて小さな手が。どうやら、問題なく発動したようだ。
「……サイ……?」
「大丈夫か? ちゃんとディリュードまで跳んで来れたみたいだぞ。案外、簡単なもんなんだな」
ゆっくりと顔を上げたリシュに、薄く笑みを返す。
後は、ファリエルが言っていたように枝でも折って、同じように帰ればいいだけ。
なのに。
「リシュ? どうかしたか?」
リシュの視線が、俺を見ていない。
遠くを眺める、焦点の合わない瞳。唇が、かすかに震えている。
「リシュ……?」
その視線を追って、振り返る。梢の向こう、そこに、誰かがいた。
リシュと同じ、俺の目に鮮明な色彩を届ける誰かが。
「お、母様……お父様まで……」
淡い金の髪は、緩く波打ち背中を流れている。こちらに背を向けているため顔や瞳は見えないが、長い手足やがっしりした肩、どこを取っても非の打ち所がない肉体美だ。
そして、その人と向かい合う形で太い枝に座っているのは、どこからどう見ても、リシュとまったく同じ色彩を宿した、少女のような人だった。栗色の髪、翡翠色の瞳。肌の色も、顔の造作もよく似ている。違うところは、リシュの髪が金髪の青年のように優美な波を描いているのに対して、彼女は滝のように真っ直ぐに流れる癖のない髪をしていることだろうか。
リシュの呟きが、耳に入る。
お父様、お母様。
俺に両親はいない。だからそれがどんなものなのかは分からない。だが、言われなくても分かる程度には身体的特徴が酷似しているのだ、これが血のつながりなのだろうと認識する。
だが……リシュの両親は、生きているのか?
生きていたなら、なぜリシュを精霊などに育てさせた?
いつの間にか手の中から抜け出ていたリシュの手を探す。捕まえたその手は、握り締めるだけで分かるほど、震えていた。見開かれた瞳に宿る感情は、俺には何なのか分からない。
「嘘……嘘よ、だって、ありえない」
掴んだ俺の手に縋りつくように、リシュの体から力が抜けた。
「リシュ……しっかりしろ、大丈夫か?」
その体を抱きとめ、抱き締めた俺の背に、リシュの腕が回る。
「……お父様もお母様も、もう死んでしまったのよ。だから私はこの力を受け継いだの。だから、だからこんなことありえないのに……どうして二人がここにいるの……!」
押し殺した声でそう言い、リシュは俺の身体へ回した腕に力を込めた。




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