Plumage Legend 〜絶佳の奇才〜 31.課題その4
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 穏やかな陽光は、リシュのイメージと重なる。
透明で、暖かくて、何も見返りを求めずただ優しく包み込んでくる暖かい恵み。
光の塊でしかないそれとは違って、リシュは手に届く位置で、柔らかく微笑んでくれるが。
 部屋の前で、リシュを待つ。いつものように食事をご馳走になって、行こうと誘ったら断られた。着替えるから外で待っていて欲しいというリシュに、俺は部屋を出、ドアの前に突っ立っている。
「ごめんなさい、待たせて。行きましょう」
開けられたドアの向こうから、リシュが顔を出す。
身を滑らせるようにそこから抜け出してきたリシュは、部屋にいたときとは確かに違う格好だ。五分袖のシャツは長袖に変わり、エプロンがはずされている。膝下辺りまでの裾が、動きに合わせてふわりと広がった。
「リシュ」
「なぁに?」
前々から、薄着をしない奴だとは思っていたが、最近のリシュは前以上に肌を晒すのを嫌がる。透けない生地の服の上に上着を羽織って、裾の長いスカートを揺らしながら歩く。似合っているため何も言えないが、明らかに背中の傷を気にしていることが分かるだけに、俺は逆に、どうすればいいのか分からない。
「いや……別に」
強引に意識を別のところへ持って行こうと、首を振ってリシュに背を向けた。
こんなところで、改めて自分の弱さを実感させられる。
……嫌だ。こんな自分は。
「そう? ……あ、ねぇサイ、今度の課題は、何なの?」
歩き出した俺を追って、リシュが俺の隣へやってくる。
無邪気な、優しい感情を湛えてにこにこと笑うリシュが、決して俺を責めないから……ますます、俺はその優しさに溺れて、弱くなる。肉体的な強さではなく、精神的な部分で。
「確か……転移の呪法だったか。目的地を先に申告して、そこに行ってきたことを証明できる何かを持ち帰る。リシュ、お前はどこへ行きたい?」
転移の呪法は、パートナー二人の同調によって、初めて成り立つ高等な呪を用いる。お互いの意識を溶かし、その意思を読み取り、交換して術へと変化させる。
「転移の、呪法? ……そんなの、あったのね」
リシュの言葉に、俺は思わず溜め息をついた。確かに、リシュには呪を唱える必要がないんだろうが、知らない、なんて思わない。だが……知らなくてもそれをやってのけるんだろうから、リシュの能力は計り知れない。
「知らなかったのか。あるんだよ。これからそれをやるんだ」
「でも……私、サイや、他の人たちと違うわ。大丈夫、かしら?」
不安げな響きを持った声が、やや暗い感情を俺に見せる。
力の使い方が違うことで、同調に問題が生じるかどうか。
そう言えば、そんなこと一度も考えてみなかった。
リシュはリシュであって、俺にとってはそれだけが重要で……。
「大丈夫じゃなくても、いい。お前は俺のパートナーだから」
ただ、それだけ。他のことなんて考えない。
リシュが俺のパートナー。他の事実は必要ない。
「それは、そうかもしれないけど。私は……やだ」
俯いたリシュに、苦笑。
「気にするな。やってみないと分からないだろう」
「……そう、だけど」
沈んだ口調に、俺は立ち止まった。
リシュは、やや悲しみを浮かべた表情で、俺を見上げてくる。
……どう言えば、いいだろう。
リシュを傷つけたときと同じだ。何と言えばいいのか分からない。どうやってその痛みを癒せばいいのか、どんな言葉をかければ再び笑ってくれるのか……俺には、分からない。
 だから、触れる。
無造作に投げ出された手を取る。そのまま、引き摺るように歩き出す。
「サイ、な、何……?!」
「お前は、考える時間があると、その分だけ考える。いちいち考えてると、きりがないだろう。さっさと行って、試してみればいいんだ」
いつものように、リシュを誤魔化す。
だがそれは、俺自身を誤魔化すようなものだ。考えないように、考える暇がないように強引に意識を切り替える。
苛立ちと困惑を吐息に溶かして吐き出して、今は封じ込めて忘れ去る。
「サイ……ありがとう」
くすっと笑うリシュの声に、頭へ血が上っていくような気がした。

 少なくとも、ファリエルにつかまっていれば誰も邪魔はしないだろうと、そう踏んでいた俺が馬鹿だった。
「ねぇサイ君はどこへ行くの? 私、こういう時やっぱり思うのよね、サイ君とパートナー組みたかったなーって!!」
「俺は思わないがな」
「やだサイ君ったら冷たーい! 照れないでいいのよー?」
誰かこの馬鹿を止めてやってくれ。
後ろは後ろで、リシュが必死にファリエルへしがみついて、あの何とか言う地天使の男の歯が浮くようなセリフを食い止めている。さすがに教官の目の前で口説くようなセリフは吐きたくないのだろう。この女にもそれくらいの謙虚さが欲しいところだ。
集合場所は、組み分けの行われた中庭。このころになると、パートナー間の諍いや仲違いが増えて、一組、また一組と落第者が養成所に出てこなくなるらしい。
そのせいか、この中庭に集まっている人数も、組み分けの当初よりも明らかに少ない。
……もちろん、成績の関係ですでに今期の最終学年名簿から外されているものも少なくないらしいが。
不思議なのは、この邪魔臭い二人組みが喧嘩もせずにいまだにこの場にパートナーとして収まっていることか。
「ほら、そろそろ集合かかるよ。いい加減君たち離れようね」
身を翻し、立ち去ろうとしたファリエルが、集まり始めた教官連中の方を指差し、呆れ顔で俺たちを諭す。
物分りが悪いのは、俺とリシュではなくこいつらだ。
「えーっ、でも、まだサイ君の目的地知らないのにーっ!! ね、どこ行くの?」
言っても仕方ないと悟ったのか、ファリエルはそのまま、背を向けて行ってしまった。
「さぁな。俺はリシュに任せてあるんだ」
ぽつりとこぼした俺の一言で、女の目がかすかに釣り上がる。
「……また、あの子?」
険悪な雰囲気は、リシュまで届かないはず。会話の内容も、聞こえていないはず、だ。
「リシュは、俺のパートナーだからな」
 教官の声が響いた。点呼を取る、と叫んでいる。
女は妙な表情をして、パートナーの男の元へ向かうと、その耳をつまみ上げた。
男の口から悲鳴が上がる。
「うるさいわね、行くわよっ!!」
本当に、あれでどうしてまだこの場にパートナーとして揃っているのか、不思議だ。
リシュの隣をさっとすれ違って、二人は人込みの中へ消えていった。
ゆっくりと近づいてきたリシュが、泣きそうな表情で俺を見上げてきた理由は、まったく分からない。




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