Plumage Legend 〜絶佳の奇才〜 28.危険なデート
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 あの一件は、生徒に緘口令が敷かれ、他の学年には一切明かされていない。
だからこそ、俺たちはこうして街中をいつものように歩くことが出来る。
それでも……やはり俺たちが目立つことに変わりはない。
養成所を出れば中よりも不特定多数の目に晒される。さすがにいつまでも手を掴んだままではいられずに、隣に並んで石畳を歩いた。
「ねぇ、サイ……どこに行くの?」
すでに通り過ぎた宝飾屋の看板を振り返って、リシュが困ったように呟いた。
「リシュ、お前、俺の言ったこと、聞いてたか?」
「……守護石を取りにいくのよね?」
「一緒に預けにいっただろう?」
あの時もそうだった。薄暗い路地にびくびくしながら、必死でついて来ていたのを思い出す。
偏屈な爺は嫌いだが、その腕だけは疑いようもないものだ。俺のものだけならともかく、リシュのあの石は、爺に頭を下げてでも最高の状態に磨き上げてもらいたかった。
手渡したとき、今まで見たこともないくらい取り乱した爺の態度にも驚いた。リシュの顔と石を交互に見比べた爺が、あんなにも柔らかい表情を浮かべるなんて……想像もしていなかった。
「だって。あそこ、ちゃんとしたお店じゃなくてあのおじいさんのお家みたいだったじゃない。だから、きっとこのアーケードにお店を構えてるんだろうなって、ずっと思ってたわ」
拗ねたように唇を尖らせるリシュの言葉に、納得した。
確かにあそこは爺の家、看板も何もない、知らない人間はそこが店だなんて思いもしないささやかな工房。
「あそこは、知ってる人間しか知らない店なんだろうな。俺も最初はあの爺が細工師だなんて想像もつかなかった」
 いつだっただろう。確か、懐剣を買おうとふらふら街中を歩いていたときだった。
特に何も考えずにうろうろしていたせいか、路地裏に入り込んで……そのうち出られるだろうと気にも留めていなかったところ、あの爺にばったり遭遇したんだ。
鍛冶屋の職人と、大喧嘩の最中に。
そのときに喧嘩の原因として渦中にあったのが、俺の使っていた懐剣だった。
双方とも、懐剣の『何か』が気に食わなかったらしく、その『何か』が何だと思うかと、喧嘩腰で詰め寄られた。
結局それは懐剣の刃渡りの長さで、鍛冶屋が折れて細工師の爺が勝った。
その結果、わけの分からないうちに俺は爺に気に入られたらしい。別れ際に懐剣を探していたと告げると、日付を指定されて呼び出された。その通りにしなければ呪われそうで、俺は爺の呼び出しに従ったところ……訪ねた爺の家兼仕事場には、喧嘩の原因になった懐剣が、刃渡りを変えて優美な姿を晒していた。
そのときから、守護石はここへ持って来いと延々言い聞かせられていた。
どこの誰よりも美しく仕上げてやろうと。爺は自信に満ち溢れた表情でそう言った。
あの爺の言葉には妙な説得力がある。現にあの懐剣の細工も素晴らしかった。
……そう言えば、あの懐剣は一体どこへ消えたのだろう。細工した人間はともかく、懐剣の使い勝手はよかったし、手に馴染んで愛着もあった。
だが、こんな褒め言葉も……消えてしまったことも。爺には、言えないな。
「道は、覚えてるか?」
「……」
俺の言葉に、リシュは沈黙で返してきた。
「責めてない。気にするな。……こっち」
見落としてしまいそうな路地へと身を滑らせる。
「わ、サイ……」
呼ばれて、リシュを振り返った。行き過ぎたのか、慌ててこちらへ走りこみ、俺が待っているのを見て酷く安堵したような表情を浮かべる。
「……置いていかれるかと、思っちゃった」
「どうしてだ? お前の守護石も取りに行くんだぞ?」
「……分からないけれど、何だか、そんな気がしたの」
むくれたリシュに苦笑を返して、先に立って進もうと、足を踏み出した。
くいと、かすかに上着を引かれた気がした。振り返る。
「……リシュ?」
「駄目?」
ちょこんと、上着を掴んだまま小首を傾げるリシュに、思わず苦笑がこぼれた。
「……そんな風に、妙なところを掴まないでくれ」
「……ごめんなさい」
ゆっくりと布を離して、そのまま下ろそうとしたリシュの手を掴む。
「変だな。地界で赤子に抱き癖がつくってのを聞いたことがあるが。お前はさしずめ、繋ぎ癖か?」
冗談混じりにそう言ってやると、すぐにその顔が泣き出しそうに歪んだ。
ちゃんと向き直って、髪を撫でて。……本当に、どうしてこうなんだろう。
「だから、責めてない。嫌じゃないから、こうして繋ぐんだ」
「……ホントに……?」
目尻にじわじわとたまってくる涙に、繋いだ手とは逆の手を持ち上げる。
「あぁ。いつもお前と手を繋ぐときは俺からだろう。……もしかして、だから置いていかれるだとか言ってたのか?」
ゆっくりとそれをすくって、まだ不安げな表情を浮かべているリシュに、どうすればいいか分からなくなる。
いつも、そうだ。
他の誰も俺の感情を乱さないのに、ただ、リシュだけが奥まで入ってくる。
どうして嫌じゃないんだろう。リシュが特別だから?
それも、理由のひとつだろうが……それだけでは、ないんだろうな。
「サイ?」
リシュが、きょとんとこちらを見上げてくる。
「……そうだな」
「何が?」
口に出した言葉を誤魔化すように、繋いだ手を引く。
「サイ、またそうやって有耶無耶にする」
「……黙ってないと置いていくぞ」
「……サイの意地悪」
すでに進路に目を向けて、リシュの顔は見えないが。
きっと拗ねてるんだろう。
リシュの行動が想像できて、こんなにも深い大切な位置にリシュがいて。
こうして実際出会うまでは、考えてもみなかった。
俺に影響をもたらす『誰か』の存在なんて。
ありえないと思い込んでいただけだと知らしめてくれるのが、こんなにも小さくて軽いたった一人の女だなんて。
 妙に気分がいい。
奥底に溜まっていた澱が清浄なものに変わったような、そんな気がした。




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