Plumage Legend 〜絶佳の奇才〜 27.償い
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 俺に出来ることは、何かあるだろうか。
おこがましいとは思っていても、そう問いかけずにはいられなかった。
だが、リシュはぱちぱちと目を瞬いて、不思議そうに俺を見つめてくる。何を言われるのかと思わず身構えた俺に、リシュは……、すぐにいつもと同じ柔らかな微笑みを浮かべて、首を振った。
「やだ……いいのよ、サイ。気にしないで? 私、生きてるもの。サイと一緒に帰って来れたわ。結果的には、何の問題もなかったでしょう?」
……確かに、結果は。
あれだけ派手にコースを外れて、羽の使用禁止もプレートの着用も力の使用厳禁も破っておきながら優までもらえた。多分グリフォンの死体が効いているんだろう。
後は……この眼と、あの剣だ。

 リシュを抱いたまま軽く飛ぶと、すぐに窪地まで戻ってこれた。
翼を使っただけでこんなにも簡単に戻ってこられるくらいだ、羽の使用禁止は当たり前かもしれない。山なのだから、高低差が激しいだけで、翼を使えば大したものではないのだろう。
 窪地に落ちた影に、誰かが俺たちを見上げて。
妙な悲鳴を上げた気がしたが、気にしないことにする。
リシュが、地上の人込みを見て、かすかに震えたのがわかった。
軽く一度抱き締めてから、ゆっくりと下降する。
 明らかにそれまで持っていなかったはずの長剣を持った血塗れの俺。その姿を見た生徒が慌てて距離をとり、教官までもが悲鳴を上げて、突進してきたくらいだ。俺の姿は相当悲惨なものだったのだろう。
すぐに事情を聞かれて、何人かがグリフォンの死体を見に行った。水天使の教官が水を呼んで俺の身体を清め、ファリエルが傷を見ようと近づいて来て……リシュに遮られる。
「私が、診ます。サイの傷は、私が治すって……約束したんです」
そう言ってその場にしゃがみこんだリシュに、俺の全身はくまなく探られた。
周囲にとっては、刺激的な光景だったと思う。
清楚な美少女が目つきの悪い半裸の男の身体をじっくりと見つめ、時折傷口に指を這わせ、唇を這わせていたわけだから。
俺の身体にはおびただしい数の切り傷が残っていた。しかも、想像していた以上に深い傷。
数が数だけにいくらか手間がかかった俺とは反対に、リシュの治療は、さほど時間をとらずに終わった。見せたくないと言うリシュを強引に説得してファリエルに診せたが、その答えは簡潔。
傷痕が薄くなっても完全には消えないだろうとはっきり言い切られた。
「サイ……その目、どうしたの?」
脱いでいた血みどろの上着を肌に直接羽織った俺へ、ファリエルがどこから持ってきたのかシャツを手渡してくれた。着替える最中の問いかけに、俺は首を傾げる。
どうした、と言われても、俺には分からないのだから仕方ない。
「妙なんだ。この山に入ったときの、身体の重さがない。グリフォンを倒したぐらいだ、相当消耗したはずなのに……精霊の絶対質量が、増えたのか……?」
守護につく精霊の数は生まれたときから変化がない。変わるのは、その精霊の持つ力だ。
……だが、精霊も増えた力をいきなり使いこなすことは出来ないはず。
どうも……もともと秘めていた力を解放したような、確実さがあったように思えてならない。
リシュは俺の目の色が変わってから、何かを重ね合わせるような不確かな視線で見つめてくるし、わけの分からないことだらけだ。
あの豪奢な剣も、教官が没収すると俺の手からもぎ取ったが、それからしばらくして青い顔で俺につき返してきた。
「この剣は……人を選ぶらしい。力を、根こそぎ奪われた」
その言葉に俺は眉を顰めるしかなかったが、隣にいたリシュは、なぜか納得したようにかすかな微笑みを浮かべていた。

 そして、街に帰ってきた俺たちを待っていたのは……この剣が、あのウミエルの愛用品だという事実だった。
剣を収めてあった宝物庫には鞘だけが残され、こちらも大騒ぎになっていたらしい。
それらを踏まえた上で、不確定要素が多すぎる今回の出来事は調査が必要、と言うことになったようで、俺もリシュも、あまり派手にうろつけなくなった。
出先でばったり教官に会えば、化け物でも見るような目つきで、不自然な距離をとられたまま不用意な行動は慎めだの何だの。
一体俺が、何をした? リシュにいたっては、俺のせいで怪我まで負って。
その上、こんな理不尽な扱いを受ける。
表面上は気に留めずに普段通りの態度を貫いているリシュも、どこかで困惑しているだろう。
……わけが、分からない。
あのグリフォン退治が俺たちに何をもたらしたのか。
だが……大きな変化が訪れていると言うことは、俺にも分かった。
そして、リシュが……この変化について、何かを知っていると言うことも。

 「サイ?」
優しい声音に、顔を上げる。
「どうしたの? 疲れてる?」
リシュの笑いの混じった言葉に、俺は自分がうたた寝をしていたことに気づいた。
「……いや、そうじゃない。どうも、身体が思うようにいかなくて。疲れはまったくないんだが、急に精霊が騒ぎ出したり、どうにもならないくらい体がだるかったり」
睡眠時間には事欠かない。あの課題以来外出は控えている。
することのない時間は、昼寝か……最近は鍛錬に使っているだけ。
「困ったわね。そういう理由の分からない体調不良は、私の力ではどうにもならないし。……大丈夫?」
「あぁ。別に、気分が悪いとか、そういった不調ではないからな。今はなんともないし」
何か食べる? と言うリシュの問いかけに、俺はかすかに笑って首を振った。
「いや。……あぁ、そう言えば。リシュ、細工師のところへ行こう。仕上がったらしいぞ、守護石が」
「え? で、でも、外出は」
「あんなもん、知るか。どうせ、近寄ってきても声をかけることしか出来ない奴らばかりだ。暴れようなんて思ってるわけじゃない。守護石を取りに行くことの、何が悪い」
戸惑うリシュの手を掴んだ。
「だけど、サイ……?」
困惑の色の混じったリシュの声に振り返って、掴んだ手をぐいと引く。
ふらふらとよろめいて、軽く俺の身体にもたれかかって来たリシュの背中を、そっと撫でた。
「俺には、何も出来ないから……少しでも、嫌なことを考える時間が少なくなるように」
再びリシュの手を引いて、俺は部屋を出る。
相変わらず戸惑いの色を隠さないリシュが、軽く手を握り返してくるその感触で、俺はひたすら安堵する。
 どうにもならない過去の罪を忘れたいのは、俺の方かもしれない。
救いようのない自分の思考を胸の奥へ追いやって、リシュの手の平の温度だけに意識をやった。
外は、明るい。




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