Plumage Legend 〜絶佳の奇才〜 24.パートナーシップ
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 それが目の前にあることを、俺は一瞬信じられなかった。
いや……信じたくなかった、が本音か。
現実を認められなかったのは……おそらく、その場にいたのが俺一人ではなかったからだ。
悠然と俺たちの目の前に降り立ったのは、巨大なグリフォン。
巨大な鳥類の羽は大地に足をつけると同時にその背で畳まれ、獅子の身体は美しい毛並みに包まれている。尻尾のあるべき場所からは3匹の蛇が生えていた。低い呼吸音が聞こえる。
「……サイ、教官に報告しなくちゃ……」
震える指を俺の服の袖に絡ませて、リシュが小さく囁いた。
その更に後方には、怯えきった4人の男女がいる。
どうせ、いい気になって別のルートに入り込み、虫の居所の悪いこいつにばったり遭遇したんだろう。そのまま道を引き返して、ちょうど通りかかった俺たちに助けを求めたってところか。
「リシュ、プレートはずせ。こんなもんつけてたら、帰れない」
言いつつ、自分の首にある皮ひもを力任せに引き千切った。すぐさまプレートをその場に捨てる。
……リシュの言った危険な目ってのは、これなんだろうな。嫌な予感の元も、どうせこいつのせいなんだろう。
だが、何もかもがすでに後の祭りだ。もう、引くわけにはいかない。こいつも、引く気はなさそうだ。
「……俺がひきつけておくから、お前はあいつらを逃がせ。近くに教官がいたら呼んで来い」
「で、でも、サイ、危ない……」
「戦う気はない。ひきつけておくだけだ。俺も危なくなったら逃げる。とにかくお前は今すぐ逃げろ。いくら俺でも、こんな大物からお前を守りきる自信なんてない」
昔の俺なら、この機会にこいつへ戦いを挑んだだろう。
リシュにも、こいつに相対する原因となった奴らにも気にせずに。
それが死への道だったとしても、構わずに。
だが、今は。
認識した想いに戸惑っている余裕はないけれど。
俺の傍らには……リシュがいる。
リシュを危険に晒す? まさか。
そんなことが、出来るはずもない。
今の俺には、失えないものがあると……そう気づいたから。
睨み合った姿勢のまま、低く呟く。
「早く、行ってくれ」
「でもっ……!!」
その声は、今にも泣き出しそうだ。この雰囲気だと、ここに残る……なんて言い出すかもしれない。
「いいから……行けっ!!」
リシュに掴まれている側の腕を振る。拍子を合わせたようにするりと小さな拘束がほどけ、背後で軽やかな足音がした。リシュが迷惑な奴らを急かしている声が聞こえる。
その様子を、目の前に二つ並んだ、握り拳ほどもある双眸が用心深く見届けている。
逃げる相手には手を出さないのだろうか。もしそうであれば、俺も引くべきなのだろう。
……だが確信がない限り、迂闊な行動は取れない。少なくとも、リシュの気配がそばにある間は。
「サイ!! 気をつけてね?!」
複数の羽ばたきと共に、耳に飛び込んできた声。
徐々に遠ざかって行くそれを肌で感じながら、俺は傍近く控える焔の精たちを呼び出した。
 さて。
グリフォンの倒し方なんて、習わない。一般的に、これらの異形と関わりあうことなんてありえないんだから。
「でも、まぁ……俺はまだ、視界いっぱいに広がった褪せない青空を、見てないからな。あいつがいないと……俺の欲しいものは一生得られないんだ。お前ごときにあいつを殺させるわけには、いかない」
真っ直ぐに視線を寄越してくるその双眸は、一体何色なのだろうか。
見つめ合ったセピアに彩られた深みのある色彩の中に……自分への答えを見つけた。
 どうしてあいつを守る自信がもてないのか、何となく分かった気がする。
――俺は、少しも成長していないんだ。
最終学年に上がってから……いや、もしかすると生まれ落ちた瞬間から。
この力は、少しも強くなっていない。
常に一定の大きさを保ち、決して変動しない、確かなもの。
それは、自分ひとりでいる限りは、何の不安も感じない大きさで、俺の中に存在していた。
だからだ。
リシュを守るためには、今までと同じでは足りない。
俺自身と、更にもう一人をこの手で守りきるだけの力が必要だから。
だから、俺は今までと同じ力の大きさでリシュを守りたいと思っても、守れるはずがないんだ。だからあんなにも不安だったんだ……。
「困ったな……変わることは、ありえないと思っていたのに。その俺が、自分から……変化を望むとはな。しかも……強くなりたいだけじゃなく、守りたい、なんて……」
ありえない。
今までの俺の中には、誰かを特別だと思う気持ちなんて存在もしていなかった。
嘘のような現実。嘘のようでも、ここにこうして存在することはまぎれもない、事実なのだから。
「仕方ないよな? お前に怨みなんて持ってないけど……俺は、強くなりたいんだ。お前を倒すことで強くなる可能性があるなら、俺はお前に戦いを挑もうと思うんだが。お前は……強いか?」
全身の神経に、意識を行き渡らせる。保護障壁が一段と強く張り巡らされ、周囲で力の渦を巻き上げた。
倒し方なんて、知らない。
俺は俺の最善の方法でやる、だけ。
俺の攻撃態勢を悟ったのだろう、目の前の獲物が、轟とも烽ニもつかぬ声で咆哮を上げた。
 呼吸を整える。
踏み出すタイミングを計り、懐にある懐剣を取り出した。
相手が、翼をゆっくりと開く。羽ばたこうとする瞬間を見極める。
まずは、翼から。
今までもさほど頼りにならなかった目を閉じる。聞こえてくる、獲物の呼吸と、自分の呼吸、鼓動。
リシュは、ちゃんと逃げられただろうか。
研ぎ澄まされていく意識の中で、最後に思ったのはそれだった。
気持ちを切り替えるように深く息を吐いたとき、とん、と何かが後ろのほうに降り立った音が、聞こえた気がした。いや……気のせいだと、思いたい。
「……やっぱり戦う気じゃない、サイの馬鹿」
どうして。きつく唇を噛んだ。
……全身に、緊張が行き渡る。
「リシュ……どうして帰ってきた?」
緊張の中に隠しきれないのは、不安。
「だって……」
しばらくリシュは、戸惑うように言葉を切って、間を開けた。
「私は、サイのパートナーよ。守られるだけは嫌だし、きちんと対等でいられるだけの私じゃないと、駄目だって思って。……防御系統と補助系統なら使えるから、お願い。一緒にいさせて」
背中を向けて、リシュの表情を見られない状態にあることが憎らしい。
俺は胸に湧いた色々な感情をごちゃ混ぜにしたまま閉じ込めて、リシュに防御の呪をかけてもらうべく口を開いた。




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