Plumage Legend 〜絶佳の奇才〜 23.恐怖のジャンクション
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 ……ふざけてる。
俺は、目の前に累々と横たわるリタイヤ者を呆然と見つめていた。
「……皆さん、お疲れなのかしら」
リシュが気の抜けるようなことを言っても、それに突っ込む気力もない。
ここは、山の中腹あたりにある窪地だ。山の中だというのにそれなりの広さがあり、芝まで生えている。中間測定には早すぎるが、これから先はこんな風に休める場所もないらしい。ここにいられる時間は決まっているものの、中休みにはなる。
リタイヤするなら、たしかにここが一番楽かもしれない。芝生が肌に心地いいとは言わないが、岩に寝転がるよりはましだ。
……だが、それにしたってこの数はおかしいだろう。
まだ3分の1だ。
「情けない……」
ちょっと罠が張ってあっただけじゃないか。
石が出てきて道を塞いだり、崖が崩れていたり、人一人がようやく通れる程度の細い道しかなかったり。山頂に続く道の雰囲気を見れば、これからが本番なのだと容易に想像できる。
 どうやら今回の課題は体力測定のような意味合いもあるのだろう、翼を使ったものはその場で即刻失格。ただし、能力の使用は自由。
更に、俺とリシュには時間のハンデに加えて、力を抑制するらしい妙なものを首につけられた。鑑札のようで気味が悪いし……実際、俺は身体が重い。リシュにも聞いたが、リシュにある守護の力は半端なものではないからか、さほど不自由を感じないといった。どんなところにも等しく存在する風が、本来の属性だというのもいくらか影響しているかもしれない。
「やぁ、サイ。順調みたいだね」
にこにこ笑いながら声をかけてきたのは、相変わらず掴みどころのないファリエル。
こいつも来ていたとは思わなかった。スタート地点にいなかったのは、ここに詰めていたからか。……そう言えばこいつは風天使だ。リタイヤ者の回復にでも使われているのだろう。
「順調? こんな妙なものをつけられてか?」
首に引っ掛けてある皮ひもの先には、何かを刻印した金属製のプレートがぶら下がっている。首元を指差せば、ファリエルは意外そうな顔でそれを見つめていた。
「あれ、そこまでしてるんだ。てっきり、制限時間の短縮と力使用禁止の厳重注意までだと思ったのに。そんなのつけてたら、身体つらくない?」
はずしちゃいなよそんなの、つけててもつけてなくても分かんないよ発信機能とかないんだし。
そう前置きして、ファリエルがぺらぺらとこの金属片について話してくれる。
この金属は、この山のある鉱脈からごくごく稀に見つかる特殊な金属なんだそうだ。精霊の力を吸収し、無効化する力があるらしい。隣でそれを大人しく聞いていたリシュが、ぽん、と手を打った。
「だからあんなに精霊たちが疲れてるんですね。何もしていないのに、すごく消耗が激しいんです。地面にそんな成分が含まれてるなら、当然ですよね」
納得しました、と呟くリシュに、ファリエルは物分りのいい生徒は好きだよ、と笑顔で応じている。
それにしても……俺たちに対する他の教官の態度とこいつの態度は、目に見えて分かるほどに差がありすぎる。一体、この違いは何なのか。
「……お前たち教官の間では、生徒への対応を統一しないのか? お前は明らかに他の教官とは違う態度で接してるだろう、俺に」
湧き上がるのは、不信感。
あからさまな悪意も嫌いだが、それ以上に妙な好意は裏に何か隠されていそうで、不快だ。
俺の言葉に、ファリエルはうーんと唸って、困ったように笑う。
「そう言われても、出来ることと出来ないこと、許せることと許せないことってあるでしょ。僕には彼らの言い分が許せないから、こうして君に不信感を抱かれるくらい親しい態度で接するわけだね。ひどいなぁ、僕なりに考えてるのに」
その、人をくったような笑い方が気に食わないんだ。
いまさらこいつにそんなことを言っても無駄な気がして、俺は溜め息ひとつでそれを忘れることにした。リシュの手をとって、山頂へ向かう道へ行く。
ファリエルの、気をつけてね、という声が聞こえた気がした。
 休憩時間はさほど余っていない。そろそろ出発の準備をした方がいいだろう。
「リシュ、余裕があれば体力の回復と補助頼む。嫌な予感がする」
何か起こりそうな……リシュが出発前に言っていた妙な空気ってのは、これだろうか。
そういったものを感じ取ったことのない俺でさえ、今のこの違和感は分かる。
ちりちりと肌を焼く、空気の変化。
ファリエルの言った通り、このプレートはさっさとはずしておいた方がいいかもしれない。
ルートへ入る前に名前の確認をされて、俺たちは再び山岳回廊に足を踏み入れた。

 誰も、こんな意味で嫌な予感を当てて欲しいなんて思わない。
よりによって、こいつら。
「サイくーん、もう私駄目、お願い、助けて?」
「知るか」
「リシュちゃん……あぁ、この女に付き合ってのろのろしててホントによかった。君と会えるのなら、成績なんて二の次……いや三の次だね!」
「えっと、成績は、いい方がいいと思うんですけど……」
なんて名前だったか……まぁ、どうでもいい。
隙あらばリシュに擦り寄ろうとする男の手を払いのけ、こちらも隙あらば俺の腕に絡みついてくる女の手から必死に逃れる。
先へ進みたいのに、こいつらが二人揃って邪魔してくれる。
俺は、もっと別の方法での妨害を想像していた。攻撃されたり、別の道へ迷い込まされたり……だがこいつらは、それよりもずっとたちが悪い。
「どうでもいいから、俺たちの成績の邪魔までするな。一緒にいたければついて来い。リシュ、行こう」
手を引いた拍子に、お互いの首に下げられた同じ形のプレートがちりん、とささやかな音を立てた。
ただでさえ思うように身体が動かないんだ、さっさと終わらせてやりたい。だが、外さずに済みそうなら、外さないまま終わらせてやりたい。俺なりの意地だ。
「サイ、待って……何だか、変。ゆっくり行きましょう? 大地の嘆きが、聞こえる……っ!」
リシュの言葉に、どういうことかと足を緩めた、その瞬間だった。
轟、と大地が……いや、山全体が揺れた。
ルートに戻ってそれほど経っていない、平坦な道で助かった。
すぐさまリシュを抱きこみ、岩肌からこぼれてくる石の破片を背中で受ける。
俺の腕の中、リシュが、反射的に防御壁を張り巡らせたのを、感じた。
……どれほど、経っただろうか。
巨大な落石はなかったようだが、周りには小石が数え切れないほどに転がっている。さっきまでは無駄な元気を見せていた二人も、道に座り込んで唖然としていた。
「……リシュ、大丈夫か」
「えぇ……サイは? ありがとう、かばってくれて」
抱き締めた腕を緩めると、リシュがゆっくり俺から距離をとる。そして、周囲を見渡して、不安げに呟いた。
「サイ……これ以上進むと、とても危険な目に遭うと思うわ。それでも、行く? 課題を優先する?」
リシュの問いに、俺は眉を顰めた。
「だが……帰還命令は出ていない。俺はまだやれる」
引き返すか? とリシュに問うたが、リシュは困惑した表情で首を振る。
「サイが行くなら、行くわ。パートナーですもの」
もしものときは守ってくれるんでしょう? と微笑むリシュに、俺はもちろんだ、と頷いた。




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