Plumage Legend 〜絶佳の奇才〜 22.課題その3
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 「今回の課題は、この山岳回廊踏破だ!」
朝っぱらから大声を出して、よく平気なもんだ。
「サイなら、倒れちゃうわね」
くすくすと笑いながら呟いたのは、リシュだ。どうやら声に出していたらしい。
 ここは、リシュの住んでいた東の果てとは正反対の、西の果て。山岳回廊……険しい山道が連なるこの場所には、地界の人間が想像上の産物だと思っている動物、ユニコーンやペガサス、ゴブリンなどがいる。それだけならまだしも、この山の最奥は獰猛なグリフォン、バジリスクの巣までが存在する、何でもありの地区。
 とは言っても、それらは厳重に管理され、課題のコースがある辺りまでは降りてこられないようになっている。だが、そんな危険な生き物を、限られた空間とは言え野放しにしておくわけにもいかず、軍の将校レベルの人間が数人、それらの討伐……いやむしろ自身の腕試しに入っていくそうだ。そこに入って帰って来れないようでは、将校は務まらない、ということだろうか。
 今日の課題について、要領を得ない教官の説明を端折れば話は簡単、指定されたコースを進んで山頂を抜け、元の通りここへ戻ってくればいい。
今回はさすがに、Sランク……将校レベルのコースを進ませるわけにはいかなかったらしく、俺たちも他の奴らと同じAランクコースを行く。
「今回はみんな一緒なんですね。よかった……」
リシュは嬉しそうにそう言うが、むしろ邪魔される可能性が高くなるのだから楽なわけではない。他の奴らに課せられた制限時間よりずっと短時間での攻略も求められているわけだから、好成績を残せるかどうかは微妙なところだ。
リシュは攻撃属性が皆無なわけだし、小さなミスが大きなロスに繋がる。
「のんびりしてる暇はないぞ。俺たちは目立つんだ。一緒に出発する奴らに邪魔されるかもしれないってこと、ちゃんと考えておけよ?」
俺の言葉に、リシュは不思議そうに小首を傾げている。
「そう、なの?」
信じられない、とでも言いたげなリシュの表情に、俺は小さな溜め息を吐き出した。

 最終学年の課題は今までのグレードのような少人数クラス単位ではない。
全員が同じ日に課題を行う。今もこの山岳回廊の麓に集まっている人数は数えるのも馬鹿らしいくらいだ。3つのグループに分け、出発時間をずらして実施するように言っていた。
見渡す限り、人、人、人。
頭の色は多種多様だが、見ていて面白い光景ではない。
この間の祭りで、人込みに弱いと分かったリシュは、俺のそばでじっとしている。
岩肌をむき出しにしたこの場所や、落ち着かない周囲の空気に触発されたか、露骨な仕草に出しはしないがやはり気になるらしい。周りを見渡し、俺たちが意識しなければ見えないものをぼんやりと追いかけている。
「不思議なところ。精霊たちが困ってるわ。自分たちのいる場所じゃないって、不安そう」
リシュが、順番を待つ間にぽつりと呟いた。
俺たちは最後のグループに割り当てられたから、まだまだ時間はたっぷりある。
「どういうことだ?」
俺の問いかけに、リシュは初めて声に出したことに気づいたのか、あわてて口を手でふさいだ。だが、吐き出した言葉が戻るわけでもない。黙ってリシュの言葉を待っていたら、難しい表情で上目遣いに見上げてきた。
「あの、なんて言えばいいのか、よく分からないの。それでもいい?」
どうやら、説明が上手く出来ないと、そう言いたかったらしい。
構わない、と次の言葉をせかすと、やはり困ったように眉を顰めて、リシュは小首を傾げたままうーん、と唸った。
「何だか、精霊たちが落ち着かないみたい。空気が揺れてるわ。人が落ち着かないのも、多分そう。課題がどうとかじゃなくって、この場所の空気が、他とは違う……何だか、何か起こりそうな、嫌な空気。精霊たちの力も最大限に発揮出来そうにないし、邪魔されてるような、大地の気配との隔たりを感じるの。……言葉にするのが、難しくって分からないんだけど。とにかく、いつもみたいに力は使えないと思うわ。気をつけてね?」
私は治療専門だから、サイに迷惑かけてしまうと思うんだけど、と泣きそうな顔で言われて、俺は思わず苦笑した。
「やだ、酷いわ、笑うなんて。信じてくれないの?」
「いや、信じてる。ただ……いまさら、だろう? 迷惑なんて」
俺の言葉に一瞬きょとんと目を瞬いたリシュが、はっとひらめいたように口をぱくぱくさせて、すぐにむっと膨れる。
「そんな、いつもいつも迷惑しかかけないみたいな言い方しないで! 私だって、少しは役に立ってるつもりなんだからっ!」
「まぁ、少しはな」
そんなことないわ、とむくれてそっぽを向くリシュに、もう一度笑った。
「出会ったときから、すでに迷惑かけられてたわけだし」
思い出す。木漏れ日の中で居眠りでもするように座り込んでいたリシュを。
運んだときの不思議な感覚、色を知った衝撃、乱される感情、歪んだ澱み。
翡翠色の瞳が真っ直ぐ見つめてくるその視線だけは、初めて会ったときから変わらない。
変わったのは……俺と、リシュが俺に向ける感情くらいか。
どんな風に思われているんだろう。
ふと浮かんだ疑問に想いを馳せた。
「……後悔、してる?」
目の前には、今にも泣き出してしまいそうに、悲しげに表情を曇らせたリシュがいる。
すぐさま、現実に引き戻された。
「まさか」
反射のように沸いて出た言葉を声にする。
予想もしていなかった、いい意味での出会いを、後悔するなんて……今の俺には、ありえない。
「心配するな。俺はその分、お前から色をもらった。忘れていたものをずいぶんと取り戻した。迷惑も面倒も、たまにはいいもんだ」
納得したか、と問うても、リシュは腑に落ちない顔でうな垂れている。
「リシュ」
「なに?」
「俺はお前がパートナーで、よかったと思ってるぞ?」
遠くで、教官の声が響いた。
リシュが、ゆっくりと顔を上げる。
「本当に……?」
「俺は、そんなにお前に嘘をついたか?」
何度も疑われるほど、ついた覚えはない。
「……信じて、いい?」
「パートナーの間に、嘘や隠し事は?」
最終学年に上がるとき、嫌になるほど聞かされる誓いの言葉。
「決して、存在しない……絶対よ?」
「絶対、な?」
ようやく、リシュの表情に笑顔が戻る。
行きましょう、と先に立って歩くその背中は、あまりにも頼りなくか細い。
守れるだろうか、と……わけの分からないまま、俺の中で小さな不安がはじけた。




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