Plumage Legend 〜絶佳の奇才〜 21.「お前ら、邪魔」
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 「お前ら、邪魔」
窓を開けるような感覚で、力を一部解放する。
ただそれだけで、俺の周辺は俺の支配する空間となる。
溢れ出した障壁の重圧でも感じたのか、周りを取り囲んでくれていた野次馬たちが散った。
「リシュ、おいで」
半ば強制的に、その手を握る。
そのまま手を引き寄せて、腕の中に捕まえる。
「サイ、な、何……?!」
「もっと静かな、邪魔されないところへ行こうか。ここは、騒がしすぎる」
切羽詰ったリシュの額に、口付けをひとつ。
どうすればいいか分からない、といった表情で見上げてくるリシュに、笑いがこみ上げる。
「本当に……どうしてお前はそう可愛いんだ」
「なっ、何? どうしてそんなこと言うの?」
「理由なんて……ない」
ただ、そう思っただけだから。
呟いてそっと身体を離すと、俺は手を繋いだまま走り出した。
「サイ……?!」
リシュは、悲鳴を上げながらも、俺が一方的に掴んだ手に引き摺られるように追いかけてくる。
振り払われても文句の言えない俺の手を、リシュは決して拒絶しない。
人込みの中にまぎれて、波を掻き分けながら、走る。
祭りの時分は人出がすごい。街中に溢れた人の中を歩き回れば、汗も出る。繋いだ手にも、当然。
ずるりと、俺の手の中からリシュの小さな手が滑って抜け出した。
その手をもう一度掴もうと指を伸ばして……だが、いい加減追跡からも逃れられただろうと俺はそのままリシュの手を解放した。
「悪かったな、リシュ。いきなり引っ張りまわして。あれは全部、俺が悪いから……? リシュ?」
他よりましとは言えども、やはり大勢の人に取り囲まれたまま。
「リシュ?!」
リシュの膝が地につき、額からぱたぱたと汗が落ちた。呼吸は走っていたときよりも荒い。真っ青になった顔色が痛々しくて、俺のほうが混乱してしまう。
「大丈夫か? 歩ける、か?」
精一杯で己を律して、リシュの体を抱き上げた。不躾な視線で見られても、他人にどんな噂を流されても、それよりも今目の前にある現実の方が重要だ。
つまらないことに、構っていられない。
理由も分からないリシュの不調が、リシュを俺の元から連れ去るんじゃないかと……怖くて。
「だ、大丈夫です、ごめんなさい、なんでもないの……」
青い顔でそんな風に強がられても、欠片も嬉しくない。むしろ、頼ってくれた方がましだと思う。リシュの言葉一つで、俺の不安は怒りにすりかわる。
「黙ってろ」
苦痛に歪ませた表情で見つめられて、今の言葉を信じる馬鹿がいたら会ってみたい。
いらついた意識は、しかしリシュの酷く荒い息に感情を冷たく凍らせる。
今は自分の何よりも、リシュの体調が先決だ。
目の前でうずくまるリシュを、ゆっくりと抱き上げた。
「や……サイ、見られてる」
「当たり前だろう、こんな人込みのど真ん中で倒れたりしたらな」
力なく身体をもたせかけてくるリシュに、治まったはずの不安がまたざわつき始める。
「それが理由なの……?」
「他にもたくさん理由はあるさ。俺とお前だからな。……俺は構わないが」
熱い身体を、包み込むように。
「私は、構うの……!」
「知らない。ちゃんとつかまってろよ……このまま飛ぶ」
抱き上げる、では腕の自由が利かない。仕方なく右肩に担ぐように抱き上げて、居住いを正す。周囲を取り囲む奴らに、離れろ、と呟いた。
徐々に膨張していく力の動きに反応したのか、周囲どころか自分たちを中心にした一帯にいる者たちがざわめきながら空間を作る。それを一瞥し、俺は地面を蹴って空中で翼を広げた。
 舞い上がる。

 風を受けて、光を間近に浴びて、眩しさに目を細める。
信じられないくらいか弱い力でしがみついていたリシュが、ゆっくりと顔を上げた。
「ごめん、ね? あの……人がたくさんいる場所って、昔から苦手で、その」
「あんな風に倒れてたのか? なら、どうして言わなかった?」
厳しい口調になってしまったかもしれないが、あれだけ驚かされたんだから仕方ないだろう、と自分を納得させる。
「だって……!」
案の定、だ。泣きそうな声が、耳元で囁く。虐めているつもりはないのに、そんな気になってくる。
泣かせたい、わけじゃないのに。
「あのお祭りに誘われたのに、断るなんて、出来ないじゃない……!!」
酷いわ、と呟いたリシュが、俺の首に回した腕に力を込めた。
「え……リシュ?」
「誘ってもらえて、嬉しかったの。でも、迷惑をかけてしまうって思ったから、行けないって思ってたの! ……なのに、サイが一緒にいるだけで、人込みもつらくなくて。もしかすると、そうなのかもって……色々、考えてたら、急に、あんなことになって」
リシュの言葉から推測するに、どうやらこの祭りの意味は最初から知っていたようだ。
それなら、あの困ったような笑顔や中途半端でまとまらない感情を抱えていた瞳にも納得がいく。あれだけ必死に抵抗した原因も、リシュの性格と祭りの意味を思えばありえないこともない。
「走り回って、そのせいもあると思うんだけど……サイの手が離れた途端、気分が悪くなって……」
「あんな盛大に倒れこんだのか」
だとしたら、あの不調は俺のせいでもあるわけか。
……理由が分かっただけで、俺は自分の中に安堵が生まれたのを感じ取った。
さほど自覚してはいなかったが、それだけ不安だったのだと今改めて知る。
「ごめんなさい」
「……もういい。気にしてないから」
リシュの身体に回した腕に、力を込める。
「今度からは、ちゃんと言ってくれ。俺は、言われなければ分からない」
「……ホントに、怒ってない?」
おずおずと、リシュが小首を傾げて視線を向けてくる。
子供のように、透明で綺麗な目だ。そこに宿る感情がどんなものであれ、決して曇ることのない瞳。
緩く笑って、何も答えず……タイミングよく吹いてきた風を掴んで、広げた翼で大気を叩く。驚いたリシュが、再び腕を首筋に絡ませてきた。
強引に連れ出したおかげで、色々な感情が浮上し、たくさんの厄介事が生まれた。
問いただしたいことは山ほどあるが、今はまだいい。
今は……この感触だけでいい。
心地いい風の誘いに、俺は身を任せた。




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