Plumage Legend 〜絶佳の奇才〜 20.キザ男
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 騒ぎを聞きつけたのか、周りが騒がしくなってきた。遠巻きに囲むような人だかりが出来、ざわめきが耳に障る。
そんな中で、リシュがふわっと頬を赤らめて俺の背中に隠れた。
……その仕草は、何なんだ? 恥じらい? 俺に見せたことのないリシュが、そこにいた。
「ちょっと、離れなさいよぉっ!!」
「うるさい。お前、黙ってろ」
「そうだよーソーシャ嬢。オレの告白にこんな風に可愛らしい反応を見せてくれるアリシエル嬢にそんな言い方はないんじゃないかな?」
にこにこと笑っている男に、ヒステリックに叫ぶ女。顔を赤らめて俺の背に隠れるリシュ。
……俺は、どうすればいい?
「あ、あの、アリシエルって呼ぶの、やめてください……!!」
突然リシュが俺の背中から離れて、声を搾り出すように男に告げる。顔は真っ赤だ。
アリシエル……リシュのミドルネームだ。
ファーストネームである『リシュ』は、養成所を卒業するまでしか使われない。
養成所を出ると、ファーストネームを呼ばれることはなくなり、ミドルネームのみで生活することになる。
だからこそ、養成所を卒業するまではミドルネームで呼び合うことは『特別』を意味し、卒業してからはファーストネームで呼び合うことで、お互いの関係を暗黙のうちに周囲に分からせる。
そんなことをリシュが知っていたかどうかは分からない。だが、見ず知らずの人間に突然呼ばれ慣れないミドルネームで呼ばれては、いい気はしないだろう。
「……おやおや。振られちゃったかなー?」
男は悲しげに眉をひそめ、大げさな動作で落胆を表現してみせる。
「あんた諦め早過ぎなのよ!!」
女は口煩く怒鳴り声を上げて、男を責めた。
リシュが困惑顔で止めに入ろうとするのを片手で制す。
声を上げかけたときだ。
「おい、お前らいい加減に……」
「……諦める? 誰が?」
言葉は女に向かってのものだろうが、鋭い視線を投げかけられたのは、他の誰でもなく、俺。
「どーもはじめまして? まぁ会ったことがあったとしても多分覚えてないんだろうけどさ。さっきも言ったけど、オレはケイン=ディエル。アリシ……じゃない、リシュ、ちゃんね?リシュちゃんのことが好きで好きでたまらない地天使、男。とりあえずパートナーはソーシャ嬢。よろしく」
……よく回る口だな。
険しい表情を向けられるのには、もう慣れた。
だから、いつも通り返してやる。
「はじめまして、なんて言葉は俺からは必要ないだろう。ご存知の通り、サイ=ザイエル。リシュのパートナーだ。俺がいちいち喋ってやるよりもそっちの口煩いパートナーの方が色々知ってるんじゃないか? 残念ながら、俺の口はお前のように無駄に働くことを知らなくてな」
男の顔に浮かんでいた表情が嫌悪から憎悪に変わるまで、さほど時間はかからなかった。
「へぇ……聞いた話じゃ陶器人形みたいだってなってたんだけど、人形にしては口が過ぎるね。それとも、最近そうなったのかな?」
思わせぶりに呟いて、見下ろすように浮かべた表情は愉悦。
「何でもその子の部屋に入り浸ってるそうじゃないか。羨ましいことだね、可愛い女の子と四六時中一緒に過ごせるなんて。一体何してるんだか……」
「何だと?」
聞き過ごしていい下らない蔑みでも出てくるのかと思いきや、そこから出て来たのは捨て置けない妙な言葉だった。思わず、聞き返す。
「おや? サイ=ザイエルともあろう者がこの噂を聞いていなかった? それじゃ教えてあげるよ、サイ=ザイエルはパートナーになったリシュ=アリシエルをたぶらかして手篭めにしてる……大きな情報網を持ってる奴のところではそんな話題で持ちきりだよ」
……馬鹿どもが下らない騒ぎを起こして喜んでるってことか。
「……サイ? どうしたの?」
不安げな眼差しで俺を見上げてきたリシュに、自分が溜め息をついたと知った。
「なんでもない。リシュのことじゃない」
手篭めに、ね。
それが出来たらどれほど楽だったか。今までの経験とはまったく違うリシュを相手に、そう簡単に事が運べばどんなによかったか。
 だが、もし自分でもどうすればいいのか分からない、持て余し気味の感情を、そうすることで理解出来るなら……いや、意味のない仮定だ。理解出来たとしても、今の俺には実行に移せないだろう。
報われない溜め息ばかりがこぼれた。
「……ちょっと。アナタ一体いつになったらサイ君から離れるわけ?! 私は、そう気の長い方ではないのよ!!」
……と、男に気をとられている間に、女が邪魔しに来たようだ。
今日はまったく、忙しい日だな。
リシュに伸びた女の手をやんわりと退ける。
あんまり乱暴にすると、リシュが悲しがる。理由はよく分からないが、だからと言ってリシュを悲しませたくはない。
「この際だ、手段は選ばない。とりあえずその噂、肯定しておこうか」
見ようによっては酷く複雑な相関図が出来上がる俺たちを、固唾を呑んで見守っていたのだろう、野次馬たちが俺の言葉に大きく反応した。
ざわめきの中で、女はリシュに手を伸ばした姿勢のまま固まり、男は不愉快だと言わんばかりに眉を顰めている。リシュは……分かってないのだろう。それでもやはり、居心地の悪そうな表情で俺を見上げてくる。
「……その言い方だと、どーも事実だとは思えないんだけど」
「解釈は自由だ。俺が言いたいのは、こいつに手出ししたら、必ず俺が絡んでくるってことだけ。それを前提に纏わりつくのなら一向に構わない」
感情もなくはっきりと言い切った。それは、考える必要もない現実。俺の『想い』なんてものがどこにあろうとも、決して変わらない事実だ。
「……ふーん? すごい自信だね。普通、そんなこと言い切らないけど」
不機嫌さを隠しもせずに、男は俺に向かって呟く。
普通……なんてもの、俺に当てはまるわけがない。胸の内でそう思いながら、視界を揺れる前髪をかき上げる。
「悪いが他人の普通は俺には通用しないんだ。良くも悪くも俺は特殊だからな」
自嘲気味に笑う。
そうだ、普通であるわけがない。
腹の底でどす黒く澱む重い穢れが、他のやつらにもあるとは思えない。
歪みに気づくたび堕ちていく自分を自覚する、そんな日々を……誰もが感じているだろうか?
……いい加減、我慢も飽きてきた。
溜め息混じりの息を吐き出して、俺は顔を上げる。




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