Plumage Legend 〜絶佳の奇才〜 19.ワガママ娘
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 ざわついた群集が揃えたように黙り込み、こちらへ視線を向けた。
左手を握っていたリシュが、さっと俺の背に隠れる。
俺がここに現れたことに驚いているのか、リシュの存在に驚いているのか。
どちらにせよ、今の俺には興味のないことだ。
「リシュ、行こう」
俺の呼びかけに淡く頬を染めたリシュが、おずおずと隣に並ぶ。
繋がったままの手を軽く引いて……俺たちは歩き出した。
 まだついてまわる人の視線に、リシュが怯えたように俺の手を強く掴む。
「……俺がこの祭りに出てきたのは、初めてだからな。驚いてるんだろう」
安心させるため、じゃあないだろう。確信に近い憶測。
「どうして、って、訊いちゃ駄目よね?」
首を傾げるリシュに、軽く笑って見せる。きっと、リシュはそれ以上聞かない。
俺にはファーストグレードとフィフスグレードの、二つの学年で祭りに出る機会があったわけだが、俺はどちらも参加しなかった。騒がしい人込みが嫌いなことも理由のひとつだったが、フィフスでファリエルに祭りの意味を強引に聞かされてからは、なおさら参加する可能性がないと確信めいたものを自分の中にもっていた。
今までずっと騒がれてきた割に、養成所の行事には最低限でしか顔は出さない、しかも私生活ではまったく目立つ動きを見せなかった俺の今日の出現は、この人込みにとって異質なんだろう。
 いつもの街が、いつもとは違うにぎやかさで俺たちを迎える。リシュは困惑した表情のまま、様変わりした街並みをきょろきょろと見つめている。
……いや、別のモノを視ているのか?
 見えないものを視ようと、目を凝らした。
途端に広がった光景は、想像以上の騒がしさだった。
その場にいる精霊すべてを引き寄せたような、夥しい数に驚く。リシュ一人に集まるざわめきの元凶、どの精霊の表情も、酷く明るい。喜び、ととっていいだろう。
そのわりに、リシュの顔色は優れない。
「リシュ?」
考えるより先に、声が出た。リシュが驚いたように顔を上げるが、おそらく俺も同じように少なからず驚きの表情をリシュに見せているはず。
「大丈夫、か?」
自分の中のどこを探しても、他に言うべき言葉が見つからない。
……俺は、いつからこうなってしまったのか。
出て来るときにあんなにも澱んでいた内側は、いつの間にこんなにも無防備になったのか。
「大丈夫、だけど。あの……えっと。サイは、このお祭りの、意味……知ってて、私を、連れ出した、の?」
意を決したように始まった言葉はだんだんと尻すぼみになって、終わる頃にはリシュの表情も困惑に変わっていた。それを今訊くってことは……この取り巻きの精霊たちが教えたのか。
どちらにせよ、いずればれたことだ。それが予想より少し早かっただけで。
「……その祭りの意味が、俺が今まで出て来なかった理由だって言えば、分かるか?」
 それは、つまらない口伝えの噂話。いつの間にか真実のように語られている、ささやかな伝承。
一人で歩けば、まだ見ぬ未来の伴侶と出会い。相思の二人で歩けば、この先の幸せが約束される。
ただし、誰かを探して一人で歩くと、その想いは決して報われないものになる。
相手の想いを試して二人で歩けば、真実が見える、と。
本来は、この祭りは養成所に通う生徒の心の強さを磨くため、だったらしいが、今となってはそんなこと、知っているものの方が少ないだろう。
本来の意味も、大衆的な意味も。真偽の程はどうだか知らないが、それを信じている奴らばかりが集まった祭りだ。安易に出て行って、変なものにつかまりたくない。関わりたくない。
だから、行かなかった。
ただ……今回は違う。
固まってしまったリシュの、柔らかな髪を空いている右手でそっと梳く。
噂でも不確かでもいい。どうやって確かめればいいのか分からない、リシュの感情を。この祭りを言い訳にして知ることが出来るなら。
「俺たちは、パートナーだろう?」
嘘をついてでも知ることが出来るなら。
 嘘くらい、いくらでもついてみせる。
ぎこちなく上げた顔は、真っ赤。ゆっくりと、笑みが浮かぶ。読み取れる感情は、大きな安堵と、ほんの少しの……落胆?
「リシュ?」
俺の訝しげな声音に反応して、リシュの顔がますます赤くなる。
「やっ、違うの、私は……!!」
「サイ君?!」
リシュの言葉を遮るように響いた声は、聞きたくもない女のものだった。

 「ソーシャさん……」
目の前に、見慣れたくもない相手の顔がある。
リシュがこいつにいい感情を抱いていないらしい、というささやかな推測だけが、こいつの存在を記憶させる。
リシュが慌てて、顔を伏せて表情を隠し、同時に俺の手を離した。
今までずっと温められていた手から、自分のものとは違うぬくもりが、離れる。
柔らかく指に絡まる栗色の髪をそろそろと梳いていく。耳の後ろあたりを滑って、肩口を辿り、波打った一房から解放された。指に残る感触を、物足りないと思う。
「サイ君……どうして?」
驚いた、と言わんばかりの表情だ。こいつも、あんなのは嘘だ、噂だと疑ってかかったうちの一人なんだろう。
これは計算外だが、嬉しい誤算、と言うのか?俺たちに有利なようにことが運ばれているのではないか。
これでしつこい追求からも、リシュへの妙な干渉もなくなるかもしれない。
俺とリシュの関係は、曖昧に。
俺たちとそれ以外の関係を、明確に。
そうすれば邪魔が入らず、ゆっくりと真実にたどり着ける。
……計算高く、堕ちるところまで。
あんな自分は偽者だ、と納得させる。
あんな、打算も利益も無視した、純粋ぶった行為は……嘘だと。
ことごとくを否定して、俺を築き上げる。
「どうして? ……そんなもの、この状況を見れば嫌でも分かるだろう?」
「サイ! そんな言い方っ」
自分から作ったかすかな距離を詰めて、リシュが非難するように声を上げた。
「リシュさん? アナタは黙ってて」
途端に、リシュが大きく震えて顔を俯ける。
一瞬浮かべた表情は、罪悪、自己嫌悪……そんな負の感情だった。
「リシュ? お前は、そんな風にびくびくすることなんてないんだ。お前をここに連れてきたのは、俺であってお前じゃあないんだから」
「……そう、だけど」
表情を隠す前髪を、そっと掬い上げる。
上目遣いで見上げるリシュの瞳には、かすかに涙が滲んでいた。
「お前は、何も悪くないんだから」
こんな風に、嫌な思いをさせてしまうくらいなら……来なければよかった。
そう思った瞬間。
「おやー? そこに見えるは我がパートナーのソーシャ=ソフィエル嬢に、養成所が誇る天才・サイ=ザイエル氏」
風に弄られる髪をひとつにゆるく束ねた、男。……地天使、だろうか。
「あぁ……そしてその愛らしさを我々に無防備に晒すは、麗しのリシュ=アリシエル嬢。お初にお目にかかります。ケイン=ディエル……あなたの魅力に捕らわれた愚かな男です。お見知りおきを」
……なんでもいい。
とりあえず、分かったのはこの妙な男が俺の敵だということだ。




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