Plumage Legend 〜絶佳の奇才〜 18.お祭りに行こう。
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 地界には太陽を使った暦があるらしいが、天界の政は月の暦によって取り仕切られる。それがいつから始まったのかは知らないが、月の満ち欠け、それが12回繰り返されると新しい年、そんな風に決められているそうだ。
最初の月が生まれるときには、この世界に今まで吹いていた風が止み、同時に新しい風が生まれ、それから12の月が生まれて消えると、また新たな風が生まれる。
その新たな風が生まれるときを区切りに、宮の文官や武官の異動、養成所の昇級などが行われる。
そして、俺たち養成所の生徒には、新たな風が生まれる日のほか、特別な日がある。それは、12の月が生まれて消えるまでのちょうど真ん中、6つ目の月が満ちる日……今日だ。
 街では、祭りが開かれる。

 リシュはパンまで焼く。さすがに珈琲豆まで焙煎はしないが、材料と器具さえ揃えばたいてい何でも作ってしまう。
「……器用だな」
まだ暖かい山型にふくらんだパンが、均一の厚さに切り落とされていく。特別なナイフを使っているわけでもないのに、その手つきは鮮やかで迷いがない。
「慣れれば、誰でも出来るのよ? サイもやってみる?」
「……せっかくのパンを無駄にしたくないなら、やめた方がいい」
別に構わないけど? とナイフの柄をこちらへ向けようとするリシュに軽く首を振る。
俺の仕草にリシュが柔らかく笑って、パンを皿に取り分けた。
すでに、テーブルには色々な料理が少しずつ乗せられた大きな皿が2つ並んでいる。コースターに乗ったサーバーには、芳しい香りを放つ珈琲がたっぷりと湛えられていた。
 それは、いつも通りの風景。
違うのはただひとつ。
 今日が、祭りだってことだけ。
遠くから明るいざわめきが聞こえてくる。花弁が優雅に空を舞う中、浮き立った雰囲気を感じ取った大地や風の精霊が感化されて、宙を漂い遊んでいる。
普段の大人しさなどどこかへなりを潜めたような精霊たちのお祭り騒ぎ。それらが見ようとせずとも見えるリシュは、何を感じるのだろうか。
かたん、と軽い物音をさせて、リシュが俺の正面に座った。
どうやら窓の外をじっと見つめていたらしい。リシュの穏やかな視線に、俺もそっとそちらへ目を向けた。
「サイ?」
「ん?」
「気に、なる?」
薄く微笑んでいるようなリシュの表情に、小さな疑問を感じる。
「騒がしいから、な。お前は気にならないのか?」
「気にならないって言うか……あの、私には気を使わないで、行って来てね」
柔らかな笑顔のまま、リシュはふわりと離れていく。
現実に距離が広がったわけでもないのに、どこか遠ざかったような違和感。
こちらに見せるのは、淡い微笑みだけ。感情の色の見当たらない、作った笑顔。
……リシュがそんな態度をとるのなら、俺もそれなりの態度で応対してやるだけだ。
リシュの本意を無視して、微笑む。
「あぁ……そうする」
そうしてね、と念を押すようにつぶやいたリシュが、フォークを手に取った。
自分の作った朝食をいつもと同じようにゆったりしたペースで食べ始めたリシュは、どこかほっとしたような、少し寂しそうな複雑な表情をしている。
こいつが俺の言葉をどう取ったかは知らないが、リシュの思い通りになんてしてやるつもりは毛頭ない。
 思い知らせてやるよ。
こうなったら堕ちるところまで堕ちてみればいい。
巻き込んで、引きずり回して、混乱させて。
穢れたこの胸の内に溺れるように、すべてのきっかけになったリシュに罪をなすりつけるように……俺は低く笑った。

 「どうしてっ!! どうしてこうなるの?! だってサイ、さっき言ったじゃないっ!!」
「誰が一人で行く、他のやつと行く、なんて言った? お前が自分で『気を使うな』っていっただろう? だから、俺は気を使わない。お前が行きたくないとごねようと嫌がろうと、そんなこと気にしないで、こうして引き摺っていくんだ」
「や……やだっ、そんなの酷い、ずるい……!!」
悲鳴を上げて、必死に抵抗するリシュに少し胸が痛む。
それでも、俺が折れるわけにはいかない。強引に部屋から連れ出した。
「お皿の片付けもしてないのよ? 珈琲もまだ残ってるのよ?お花にお水もやってないのに……!」
「いつまでも騒いでると、余計に目立つぞ? 俺とお前は、そうでなくても目立つんだから」
知らないところで勝手に名が知れ、噂される気味の悪い立場。
原因は作ったわけじゃない。生まれたときから原因を持っていただけ。
 建物の外に出れば、眩い光に目を焼かれる。リシュの表情は心底困っている、そんな雰囲気だ。
「ほら、いい加減諦めたらどうだ?」
苦笑混じりに囁いた声に、リシュが顔を上げてこちらを睨む。本人は精一杯憎らしい相手を睨みつけてるんだろうが、涙の滲んだ大きな翡翠色の瞳では迫力に欠ける。
「……サイの、意地悪!!」
「意地悪でいい。俺は、どうしてもお前と一緒に行きたい。駄目、か?」
先を読んで、リシュが断れないように言葉を選ぶ。
見る間にリシュの顔が当惑と半ば諦めに染まった。
「……意地悪」
「知ってる」
上目遣いの瞳は胸が熱くなるほど甘く魅力的で、俺は体の内側をかき混ぜられるようなもどかしさに支配される。
ゆったりした仕草で、リシュの前に手を差し出した。
リシュがその手を拒まないと、知っている。
俺の差し出した手と、顔を交互に見比べて、リシュが小さな溜め息をついた。
「今すぐ引き返してお部屋の片付けしたいんですけど、って言っても無駄よね?」
「それは、リシュが一番よく分かってるだろ?」
繰り返して溜め息をついたリシュが、薄く微笑む。
「そう、ね。分かったわ」
ゆっくりと、リシュの暖かい手が重ねられる。
「それに、サイがここまで引き下がるんだもの、何かあるのよね?」
柔らかな響きの声に、一瞬息を詰めた。
「……さぁ、どうだろうな」
不意の反撃に面食らいながら、俺はそっと重なった手を引く。
背中越しに聞こえる、笑いを含んだ声が、なぜか俺を安堵させた。




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