Plumage Legend 〜絶佳の奇才〜 14.課題その2
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 当たり前になった日常は、どうしてこんなにも俺を幸せにするのか。
「サイ?」
二つ目の課題を言い渡された中庭で、嫌になるほど溢れていた人の波。それが引いてきた今、少なくなったとは言え普段よりも多く感じるすれ違いのたび、人が次々に振り返る。だが、今までのような俺一人を見る目ではない。
俺の隣をこれほどまでに自然に歩き、媚びへつらう笑みではない、ただただ純粋な微笑みを浮かべ、その笑顔のまま俺の名を呼び捨てる女……リシュを。
そして、そんなリシュを隣に置いて歩く俺を。誰もが驚いたような眼差しで振り返る。
いや、でも……こいつは、一人で佇んでいたとしても特別な存在だ。
「……あぁ」
上の空で軽く返事を返せば、隣から窺うような視線が感じ取れた。
隣を歩く、軽やかな足取り。風に揺らされる髪をそっと押さえて、リシュがきょとんとした眼差しでこちらを見つめてくる。
「なんでもない。気にするな」
軽く首を振って見せる。相変わらずリシュは不思議そうな視線を俺へと向けたままだ。
「でも……何だか、楽しそう。今回の課題は、簡単なの?」
言ったところで、こいつに分かるわけがない。分からないんだから、それをわざわざ説明してやることもないだろう。
話を逸らすためにも、リシュの言葉に便乗する。
「簡単、というか……毎年これは変わらない。課題で説明された通り、守護石を採りに行くんだ。それだけ」
それでも、隣で訊いた本人はよく分からないのか、小首を傾げて何やら思案顔だ。
確かに、いちいち語られるものではないそれは、街から離れて暮らしていたリシュにとって聞きなれない言葉だろう。
今回の課題は、鉱脈から自分の守護石を持ち帰ること。
守護石、なんて物の存在を知るのは、育成所から持ち上がりの俺たちだって、大体フィフスグレードになる頃だ。最終学年で出る課題の話題がもっとも盛んに交わされる時期。そこで初めて守護石というものを理解する。リシュが知らないのも、無理はない。
「守護石は、自分の分身のようなものだ。一通り輝石の鉱脈を回って、自分と引き合った石が、守護石になる。本当かどうかは分からないが、自分の守護石は頭で分かるものじゃなくて、身体全体で分かるものらしい。それなりの衝撃があるのかもしれないな」
さすがにそこまでが噂だけで分かるものでもない。
俺の持っている乏しい知識は、あの騒がしい女が喋るのを右から左に聞き流していたものがほとんどだ。特別興味もなかった俺は、あのいけ好かない教官にそういった事を訊ねもしなかった。
「卒業するためには守護石が必要で、それがないと、一人前と認められない。力の大きさや属性によって色々あるんだが、大抵、俺のような火天使ならルビーだ。お前は……どうだろうな、風天使はエメラルドだが」
もちろん、自分の属性に対応する宝玉が守護石とは限らない。一人一人に共鳴する石があって、それは必ずしも一般的に言われる宝玉とは一致しない。守護石になりうる宝玉は、水晶の一種や様々な輝石も含まれる。
見つけた宝玉は、身につけられる装飾品など、何らかの形に細工して、常に肌身離さず持っていることで護りの力が働くようになるのだという。
「火天使は、ルビー……? でも、お父様は透明な石を持ってましたよ? 宝物だって。お母様は、ルビーだったと思いますけど。紅い石ですよね?」
相変わらず疑問に囲まれたリシュは首を捻っている。
両親以外の人と関わってこなかったのなら、そういった話は聞かないだろう。これは、教わらなければ分からないことだから仕方ない。
「透明な石、ってのが何かは分からないが……契りを交わすときに大抵自分の守護石を相手のものと交換するんだ。自分の分身を相手の手に委ねるって事が、言葉以上に明確な意味を持つ。お前の両親も、お互いの守護石を交換したんだろうな」
疑っていたわけじゃないが、これでますますリシュの両親の存在を確信する。
半月ほど前だったか、リシュの力が暴走したときに入れてもらった屋敷にも、確かに3人で生活していたらしき痕跡がたくさんあった。
そして、こいつはいまだに、両親の話を笑顔で俺にする。いや、俺にするのなら、なんら問題ない。原因はおそらく、俺やあのファリエルとかいう教官が、あまりにもあっさりこいつの両親の存在を受け入れたというか、信じたからなんだろうが……ここで問題なのは、リシュが他のやつらにまで同じように話そうとすることだ。
そんなことをしたら、馬鹿にされるか吊し上げに遭うか……もしかするともっと酷い目に遭うかもしれない。だが、俺がそんな風に止めても、他人に酷い目に遭わされたことがないだろうこいつは、きっと分からない。
こいつの純粋さなら、当たり前かもしれないが。
「契り……?」
……純粋すぎると、気になること知らないことを手当たり次第に聞くってのも、当たり前なんだろうな、この場合は。
小さく呟いたリシュの声を無視して、俺が一歩踏み出したときだった。
「サイーっ」
聞き覚えのある声だ。
「ファリエル教官。こんにちは」
にっこり笑って頭を下げるリシュに、同じようににっこり笑ったファリエルが突っ立っている。
「リシュさん、具合はどう? 力が突然暴走したって聞いたんだけど……?」
「はい。今は、あのときのことが嘘みたいに安定して、安定しすぎてやっぱり力は使えないままなんです。あのっ、サイにも、精霊たちみんなにも診てもらって分かったんですけど、封印は一時的に緩んでしまっただけのようです。もしかすると……精神的に、少し弱くなってたからかもしれません。力に意識を持っていかれたのかも、ってみんなが……」
沈んだ調子で声を潜めたリシュに、ファリエルが眉を顰めて頷く。
「それじゃあ、しばらくそんな風に気持ちを不安定にしないほうがいいね。サイ、リシュさんが無理したり、力を使えないことで気に止んだりしないようしっかり見ててあげてね。仮にもサイは、リシュさんのパートナーなんだから」
堂々と言い切られて、少し焦った。
リシュの気持ちが不安定になったのは、知りもしないソーシャとかいう人物が関わってるせいなんだから。守る、ってもな……。
「サイ……?」
小さな声に呼ばれて、顔を上げた。
かすかに躊躇いの表情を浮かべたリシュに、反射的に軽く微笑む。
「お前は、つまらないことなんて考えないでいいんだ。今は守護石のことだけ考えてろ。他は、俺が引き受けてやる」
視界の端に唖然とした顔で突っ立っているファリエルが映った。リシュが目を瞬きながら首を傾げている。
しばらく会わないうちにこれほどまでに変わった俺に、相当驚いたんだろう。もちろん、それは俺も同じだ。
「リシュ、返事は?」
リシュの前に、手を差し出す。
俺の問いに、リシュは。
「えぇ……それじゃあ、お願いするわ。サイに心配なんてかけないように、絶対にこの力、制御して見せるんだから」
柔らかく微笑んで、俺の手を取った。




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