Plumage Legend 〜絶佳の奇才〜 11.狩り
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 風を御する快感を知れば、背に翼のない地界の人間だって、空を飛ぶことを夢見るだろう。
けれど、人間はその快感を知ることはないから、空の上に人間の故郷である天界が存在していることを知っているから、人間は空を求めない。
そして、天使の中でも一際、風を操る風天使は、俺たちのような風以外の属性を持つ天使よりもそれを読むのが上手い。
風の流れを、色が見えるのだと例えた奴もいた。
もし風に色があったとしたら、世界はどれほどの色に溢れるのだろうか。
 ……つまらないことに流された意識をかき集める。
本当に今見つけたいのは、あいつ。
誰にも真似の出来ない、自然の中に存在するすべての精霊をその身に纏い、会話できる『大地の娘』。
あいつはそんな、崇拝の対象になりそうな完璧な偶像をめちゃくちゃに壊して、まったく別のものを築き上げて微笑む。
それは、歪んだ感情を知らない、ただ真っ直ぐに感情を突き動かす優しい、暖かなもの。
だから、あいつの存在価値は変わらない。
崇拝の対象にはならなくても、おそらく万人に愛される。
俺のように、歪んだ感情を内に抱く奴以外には。
……穢してやりたくなる。壊してしまいたい。
そんな衝動が突き上げるのに、この干乾びた心は離れたくないと願う。
傷つけたくない、包み込みたい。
今までに抱いたこともなかった気持ちが浮き上がるのは、新鮮を通り越して怖い。
自分にこんな感情を抱ける部分があったことに驚く。こんなにも穢れて、なおあいつの純粋さを求めている自分を馬鹿だと笑いたくなる。
それなのに、あいつのことを考えるだけで、意識は乱れる。集中が、途切れる。
これが何なのか、俺は知らない。
こんな、不安定なもの……知りたくも、ない。
「あの馬鹿。どこ行きやがった」
今まで乱れることを知らなかった俺の感情をこんなにも毛羽立てて、それでいて自分は気づきもしない。
そんな腹の立つ元凶に対して毒づく。
眼下に広がるのは、セピア色の森。様々な濃淡で描き出す、穏やかで静かな世界。
ただ静かに、何の変化もなく。
……無性に、翡翠の瞳が見たいと思った。
感情に揺れる、楽しそうにも、悲しそうにも見える複雑な色を宿して輝くあの瞳が。
あいつは、街にはあまり詳しくない。一緒に歩いたことさえない。どうせ、市場に行くのが精一杯だろう。見ていて危なっかしい。どうせ方向音痴に違いない。
だとしたら、どこに行くだろうか。
最後に見せた、感情のこもらない静かな瞳。俺の声を拒絶する、小さな背中。
……あんなリシュは、初めてだった。
 ふと、あいつが何気なしに言っていた言葉を思い出す。
『落ち込んだり寂しくなると、いまだにお父様やお母様と一緒に住んでいた東の果ての泉へ……そのほとりの家で、こっそりお茶を飲むんです。そうすると、少し元気になれる気がするから』
東の果て。
思い出した。すぐさま荒れ狂う強風を探る。
そして、俺を煽るように吹き荒ぶ東への風を掴むと、大きく羽ばたいた。
目指すものがあるのかどうかは知らないが……何が何でもあいつを捕らえないことには、気が収まらない。
こうして胸が疼いても、握り締める拳の感覚がなくなっても……気持ちばかりが先行して追いつかない。
「全部、あいつのせいだ」
果ては、遠い。

 ぷつりと途絶えた、大地。
……地という言葉は、似つかわしくないか。
空の楽園……天界の淵。
このあたりに、あいつはいるはず。耳元を過ぎる強風に弄られる髪を煩わしく思いながら、それでも小さなあいつを見落とさないよう、くまなく眼下の光景をさらう。
かすかに目の端を過ぎたのは、ほんの少しでも目を焼くような光。
この目に、セピア以外の色を感じさせられるのは、あいつしかいない。
しかし、ゆっくりと下降していく俺を襲ったのは、思いがけない強大な力の破片だった。
「……なんだ?」
荒れ狂う膨大な力、それを制御し切れていないのは、かすかに知った波動。
掴み取ったそれを、わざわざ記憶と照らし合わせなくてもすぐに分かる。
「あの馬鹿……何やってるんだ?!」
思わず悪態をついて、舌打ちした。
 己の力を制御できない天使は、いずれ自滅する。
だから天使は、力を制御するために、意識が眠りの海を漂っている間に肉体が成長する。
ただ、存在自体が特別なあいつの場合、キッチンに立って自分から何でも話す会話から察する限り、あの体の成長は意識の成長と共にあったはず。
そうだとしたら、あいつ自身が力を制御するためのコツや方法を掴んでいるのが当たり前だし、何よりあいつには両親がいたんだ、それを教わっているに違いない。現に、あの癒しの力を使う方法は知っていたわけだしな。
 そこまで考えて、はたとひとつの可能性に思い当たった。
……暴走しているのは、あいつの制御できないものかもしれない。
だとしたら。
それは、封じられた攻撃属性の力。
何のために封じられているのかは皆目見当がつかないが、なんにしてもそれが現実なんだから仕方ない。あいつは攻撃属性に分類される力の制御なんて知るわけがない。
一度も、扱ったことがないんだから。
溜め息と一緒に、ひとつの疑問が浮かんだ。
あいつの精霊たちは何をしていたのか。
周期からは大きく外れているにしても、あいつのそばをあんなに大勢の精霊が取り囲んでいるのに気づかないなんて、そんな馬鹿な話はない。
それが、何を指すのか。いったい、なぜなのか。リシュに……何があったのか。
 ……風天使の攻撃は火天使である俺にはさして効かない。
ただ暴走しているだけの純粋な力は、また別なのだが……行くしかない。そこに、あいつがいるんだから。
躊躇するまもなく、俺は力の放出されている中心を目指してさらに下降した。




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