Plumage Legend 〜絶佳の奇才〜 10.気持ちの変化
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 引きずり出された先は、中庭に面したオープンカフェだった。
よくよく引きずられてきた道を見ると、位置的に食堂の調理場を使っていたようだ。いったいどうやって使用許可を取ったんだか……。
「さぁ、サイ君っ、食べて食べて!」
「みんな初めてだけど、心はたっぷり込めてあるから!」
満面の笑みで詰め寄るそいつと、他にもついてきた何人かの女に囲まれて、思わず腰が引ける。
俺が座らされた席の隣に陣取って、左腕をがっしり固めたそいつに皿を差し出される。
「あの子に教わって同じように作ったから、味は保証つきよ」
確かに、皿の上に乗った菓子の見た目は、リシュが作ったものとまったく変わらない。
「ほら、ね?」
大勢の女たちの顔が、期待に輝いている。
……ひとつでも食べない限りは、平和的に解放されそうになかった。
とりあえず、目の前にあるクッキーを一枚手に取った。
何の変哲もない丸いクッキー。
ひとまずじっと見つめてみたが、これといって不審なところもなさそうだ。
一息に口に放り込む。
「……どう? 美味しい?」
目が覚めて初めて口に入れるものがクッキーって状況には、二度と出会いたくないと思った。
「甘い」
他に言う言葉が見当たらない。
口当たりも歯ごたえもリシュの作ったものそっくりだが、味はあいつの作ったものより確かに甘い。
「えぇっ?! あ、甘すぎるかしら?! でも、味見のときは普通に……」
「あぁ、普通に作ったんだろうな」
あいつが普段焼いてたように。……母親から教わったように。
そしてふと気がつく。
だとしたらこの間普通に食べられたクッキーは……わざわざ、甘さを控えて作ったんだろうか。俺の、ために。
「そ、それじゃ、何が……」
おろおろと焦る女に向かって、溜め息をつく。
「俺は、朝起きてから飲まず食わずなんだ。まともな食事もせずに菓子なんか食べたら、余計甘く感じるに決まってる。大体、俺は甘いものはそれほど好きじゃない」
同じようなことを、リシュに言った覚えがある。コーヒーに砂糖は入れますか、とか何とか聞かれたときだったか。
俺の低い声に、女たちは沈黙した。小さく隣の主犯格が呟いた気がしたが、聞き取れない。
これで、解放してくれるだろうか。
「俺は、リシュを探しに来たんだ。お前たちに、用はない」
いい加減こいつらの相手もくたびれた。
溜め息混じりに呟くと、隣の女がぐいと身を乗り出してくる。目の前にある顔は、鋭い目つきで気の強い性格を如実に現していた。
「ねえ、サイ君。どうしてあの子の名前は呼ぶのに、ずーっと一緒の私の名前は呼んでくれないの?」
鼻につく香水の匂い。根に毒を持つ、スズランの香。
こいつにはお似合いだ。
「知らないから」
身も蓋もなく、俺に言える事実のみを簡潔に答えてやる。案の定、そいつは一瞬ひるんで、身を引く。
「知らないって……そんな」
「あいつは俺のパートナーだ。いつまでもおいとか呼んでるわけにいかない。……それに、お前の名前を覚える必要が、どこにあるんだ?」
よく考えれば、いちいち、大人しくしてやってた俺が悪かったんだ。こんな奴を相手に、我慢なんてしてたらきりがない。
第一こいつらは、リシュに変な気遣いをさせている。そのせいで俺はリシュに避けられたんだ。しかも、あいつをあんな顔で調理場に立たせた。
それだけで、十分気に入らないんだから。
付き合ってやる必要なんて、どこにもない。
「お前ら、あいつにどんなことを吹き込んだんだ? 勝手に幻想を抱くのは個人の自由だが、俺は、いつまでも大人しく我慢なんてしないぞ。気に入らないことがあれば元を断つ。……例えばそれが、女子供でも、だ」
こいつらのような奴は、特に。
「もういいか? 俺は行く場所があるんだ」
「……待って! どこに、行くの?」
不安と怒りの入り混じったような、複雑な表情。
もしもこれがここにいる奴ら以外の浮かべたものなら、多少は気になったかもしれない。
だが、いい加減俺とリシュを振り回したこいつらに、中途半端な情けをかけてやれるほど俺の心は広くない。
「それをお前に言う必要があるのか?」
「い、言えないようなところに行くの?」
「悪いか? 大体、どうして俺がお前に行き先を告げる必要がある? お前は、俺の何のつもりだ」
完璧に、切り捨てる。一瞬、その女が傷ついたような顔をしたが、すぐにそれは流れていった。
「そんな……」
「特別なんて、いらない」
誰も、と続けようとして……そう言えなくなっていた。
今までは確かに、いらないと言えた。
それが、いつの間にか。
この凍りついた胸を溶かしたのは……あいつしか、いない。
「俺はリシュのように優しくも甘くもない。邪魔なものは切り捨てる。それでも、まだ俺の行動を邪魔する気か?」
じわじわと、傷が疼くようにまわりの精霊が熱を帯びる。
こんなところで、どうしようもない熱をもてあます。
蹴散らす価値もない、どうでもいい存在。
沈黙した女たちに背を向けて、そこに羽が『ある』と意識する。
日の光を浴びて、ばさりと大きく羽ばたかせた翼で、空気を掴んだ。
「……今度あいつに手を出したら、容赦しない。覚えておけ」
「待ってサイ君!」
羽ばたきの音で世界の何もかもから隔離される。
高々と空に舞い上がった俺は、何より自由。
そして、自由になったからには、これからすることは決まってる。
……求めるものを、探しに。




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