Plumage Legend 〜絶佳の奇才〜 05.課題その1
<< text index story top >>



 どうにも、調子が狂う。

ファリエルに、女を抱き締める腕が引き剥がされた。微笑んだリシュが、ゆっくりと起き上がる。窓からの光に、きらめく栗色の髪は、いくらか落ち着いた今の自分を、再び混ぜ返す。早鐘を打つ心臓を押さえつけて、俺は椅子に腰掛けた。俺が腰をおろすのを見届けてから、ファリエルが同じようにベッド際の椅子へ座り込む。
――冷静になってみると、自分が何をしたのかよく見えた。普通なら、嫌われてもおかしくないようなことだ。それなのにこいつは、目が覚めてすぐに抱きついた俺に対して、警戒も何も含まない純粋な瞳を向ける。
それどころか、俺の腕の中で
「綺麗な髪……お日様の光みたい。不思議な目の色……青みたいなのに、緑。綺麗です。あなたが私のパートナーなんですね。こんなに素敵な方と巡り会えるなんて、思ってもみませんでした」
満面の笑みで、柔らかく甘い声でそう言った。当然、俺もファリエルも一瞬唖然とした。
離れてからも、その笑顔は消えない。
ふわふわした真綿のような雰囲気に、息が詰まる。
「サイは、この養成所内で飛び抜けた強さを持ってるんだよ。今まで誰も追いついたことがなくてね。きっと、リシュさんとなら釣り合うだろうと思ってはいたんだ。属性は火、攻撃属性のみ。相性もいいし、サイは性格悪いから、組むとしたらリシュさんみたいな穏やかな人じゃないと無理だろうな」
……教官の腹の立つ紹介はともかく。俺が誰かと向き合った時、いつも必ず投げかけられた刺々しい悪意も、どろどろした嫉妬も、欠片と見せないその表情に、勝手な幻想を抱いてしまいそうになる。にこにこと微笑んで、そうですかと楽しそうにそれを聞いているだけだ。時間の経過が遅く感じられるほど、この場の空気は穏やかだった。
 それにしても……あまりにも突然で思わず取り乱したが、どうしてこいつにだけ色がついてるんだろう。
怖いくらい引き寄せられる翡翠色の瞳。乳白色の肌に、薄く紅を差したような頬。肩の辺りで緩やかに波打つ栗色の髪。
久しぶりの、色彩。
なのにそれは、この女だけを彩り、周りはいまだに白と黒のグラデーション。
こいつが何かに触った瞬間、その部分がかすかにセピアを帯びるような、その程度の小さな変化だけ。
変だ。
こいつも、こいつを彩る色のことも。
とにかく、今までになかったパターン。
訳が分からない。

 「だから、入所したばかりのリシュさんには悪いんだけど、サイにAレベル程度の課題を出して卒業してもらうわけにはいかないから。Sレベルでどれだけやれるか、これは、サイがパートナーとの連携を組むための練習にもなるし、事後承諾になるけれど、よろしく」
にこりと笑ったファリエル。
なんとなく、面白がられているような気がする。
「それじゃ、課題はみんなと同じところでもらってきてね。サイ、リシュさんをちゃんと見ててあげるように。まだ入って何日も経ってないんだから」
「よろしくお願いします」
柔らかな栗色の髪を揺らして、リシュとやらはさっきまでのふわふわした雰囲気を払拭し、意外なほど目許をきりりと引き締め、神妙に頷いた。
教官との会話や、俺への態度を見る限り、あの煩わしい女とは正反対の性格だろう。
温和で、穏やかで、おっとりしていて、誰にでも笑顔を振りまく。人を嫌うことが出来ない優しさの塊で……見ていると、危なっかしい。
……案の定リシュは、その後自分の部屋であるはずの職員寮の一室から出る時、足元の段差に気づかず、俺の背中に頭突きを食らわせてくれたが。
「お前……っ」
「ごめんなさい!! わ、わざとなんかじゃ……」
「わざとやられてたまるか。俺がいなかったら綺麗に顔面から転んでたぞ」
「はい。ありがとうございました」
丁寧にそう言って、深々と頭を下げるリシュ。
おっとりしていて、危なっかしい……というより、とろい、って表現の方がしっくり来るか。
……今までに見てきた女があのくそ五月蝿いやつ一人だったせいか、この女の一挙一動、何もかもが真新しく新鮮に感じる。色づいた髪が、ふわりと舞う。
「ちゃんと、ついて来いよ」
それでも、綺麗だと。そう、心から実感できる喜び。
俺は、気づかれないようにそっと息をついて背を向けると、課題を配布している会議室目指して歩き出した。

 「えっと、サイ、さん?」
「サイでいい。パートナーは対等だ」
「は、はい。……サイは、どうして私を抱き締めてらしたんですか?」
いきなりの質問に、俺は一瞬思考を投げ捨てた。
ゆっくりスピードを落として、ようやく斜め後ろにリシュを捉えられるようになる。
そっと様子を伺っても、ただ純粋に訊ねているだけのようだ。
こいつに、他意のある会話なんて出来そうもない。天然なのか、何も考えてないのか。
……両方だな、きっと。
「……俺は、色が視えない。世界はいつの間にかモノクロだった。なのにお前は、フルカラーで視える。訳が分からない。混乱して、思わず身体が動いた。それだけだ。驚いたなら、謝る」
「あ……そうだったんですか。いえ、別に構わないです、確かにびっくりしましたけど。誰かに抱き締められるなんて、久しくなかったものですから」
俺の言葉に、リシュはくすくすと笑って、小さく首を振った。
……色が見えないってことを、追求したりしないのか。
久しくなかったものですから、ってのはどういう意味なのか。
気にはなったが、俺とこいつは偶然パートナーになっただけの関係。細かいことをいちいち追求するのもおかしい。
胸の奥で靄のように溜まった疑問を無視する。
俺は、目の前に現れた『会議室』とプレートのかかった扉を開けた。
 「サイ=ザイエルとリシュ=アリシエルだな?」
「はい!」
さっきの頭突きが効いたのか、リシュは俺に代わって元気な返事をした。その様子に満足したらしい偉ぶった教官が、ついと封筒を差し出す。
「一つ目の課題は、これだ。どのペアも共通して『採集』となっている。何が書かれているのかは私には分からんが、一般の生徒には採って来ることが難しい植物なのだそうだ。お前たち二人ならば大丈夫だろうと言う結論が出たのだろうから、決して失望させることのないように」
「は、はい!」
「では、行ってよし!」
何が行ってよしだ。
ついと背を向けて会議室から出ようとしても、後ろに気配がない。
まさかと思って振り返れば、やっぱりあいつは教官に深々と頭を下げて、身を翻してきたところだった。
何なんだ。あの無駄なまでの丁寧さは。
追いついてきたリシュはドアの前で立ち止まっていた俺を見て、封筒を抱いた姿でにこりと笑った。
「……行くぞ」
「はい」
……そして、会議室から出るとき俺の背中にまたしても頭をぶつけた。
学習しろ。頼むから。




<< text index story top >>
Plumage Legend 〜絶佳の奇才〜 05.課題その1