Plumage Legend 〜絶佳の奇才〜 03.組決め抽選
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 溶け込もうとしても無理なのは知っている。
歩けば視線に追われ、立ち止まれば視線に囲まれる。
それでも俺は、人波を縫いながらただ無駄に歩いた。
何かを……探すように。
生徒の勝手気ままな会話に混じって、教官の声が聞こえてくる。
「これより課題消化のためのパートナー抽選を執り行う! クラス別に分かれるように!」
その声に一瞬静まり返った生徒が、再びざわめきながらぞろぞろと別れていく。
属性別……と言われても、俺はまだ養成所に入って2期しか経っていない。しかも、大抵俺は一人で、他の生徒とは別のメニューをこなしてきた。そんな状態でどうやって同じ属性クラスの顔を覚えろと言うのか。
思わず溜め息がこぼれたが、今何が出来るという訳でもない。どうするかとその場に立ち尽くしていたところ。
「サイくーん!! こっちだよー」
あぁ……ソー何とか言う女。
そいつが満面の笑顔で手を振っている。
あいつが呼ぶんだから、あの辺が火天使の集まる場所なんだろう。
俺は何度も大声で叫び続けるそいつのいる方へ、動く人波に乗って歩き始めた。

 組決め抽選が始まって、ようやく俺は『運命の糸』が何たるかを思い知った。
確かに、間接的に聞かされるより、この目で確かめた方がいい。
どうせ、聞いたって俺は信じなかっただろうから。
 教官が、リボンと呼ぶにはあまりに古ぼけた細長い布を生徒の手首に巻く。するとその布が、ふわりと生き物のように波打って、もう一人の生徒の手首に絡みつく。それは不思議な光景だった。
迷って何人かの生徒の腕に触れたり、手首に巻かれたものの何の反応も示さなかったり、勢いよく伸びて、先に巻きつけられた生徒が引きずられたり。
大抵は、火天使と風天使、地天使と水天使の組み合わせが多い。属性の相性から見て、確かにあの組み合わせが一番効率いいんだろう。時折、火天使と地天使が引き合わされたり、地天使と風天使がペアを組んだりしているようだが……やはり水天使と火天使の組み合わせはない。
「あ、あの……サイ、君? 呼ばれてるけど……?」
「サイ=ザイエル!!」
ぼんやりと成り行きを見ていた俺に声をかけたのは、すぐそばにいた女だった。
生徒に囲まれた真ん中で、火天使の教官が怒鳴っている声が聞こえた。
あの分では、今すぐにでも殴りかかってきそうな勢いだな。簡単に殴られてやる気はないが、このままいないものと思われても困る。俺はゆっくりと人の輪から歩み出た。
「サイ=ザイエル!! いるならさっさと出て来い! ……お前の番だ」
今にも血管が切れそうなほど力んでがなり声を上げる教官の姿に、失笑が漏れた。なんとなく、可哀相な奴だと思う。こんな方法でしか人を従えることが出来ない。他のやり方を知らない。これじゃあ、正体を掴めなくてもあのへらへらした風天使の教官が幾分ましなことか。巻きつけられた布のきつさに、かすかに眉を顰めて、俺はその場で立ち尽くす。布の動く気配は、ない。
「相手が選ばれなかった場合、お前は今年一年を無駄に過ごすことになるなぁ。パートナーがいないんじゃ、課題を与えるわけにはいかない。来年、再来年……もしかすると、いつになってもパートナーが見つからないかもしれないぞ。お前ほどの力につりあうようなパートナーが、今の養成所にいるのかどうか……」
風にそよぐことさえしない布の様子に、隣に立った教官がにやにや笑う。
皮肉を言っているつもりなんだろう。俺にはどうしても、そいつ自身を卑下しているようにしか聞こえないが。
 ……俺の力に見合うだけのパートナー。
確かに、なかなか見つかりはしないだろう。今まで、俺に敵う奴なんて一人もいなかった。
けれど。
やはり、知ってしまった期待は消せない。どこかで考えてしまう。いるんだ、と。
 この天界で、俺に匹敵する強い潜在能力を持つ者。
名前も知らない、話に聞いただけの風天使が。
そのときだった。
 ぞわりと全身が総毛立つ。
腹の底から湧き上がってくる得体の知れない感情。
かすかに腕を引かれたような、気がした。
「っ運命の糸が……!!」
慌てたように呟いた教官の言葉に驚く。
ふわり、と布が目の前に舞い上がり、緩やかにうねって俺を誘う。
躊躇いは、一瞬。
小さな小さな、腕を引き寄せる布の力に従って、俺はゆっくりと足を踏み出した。
「おい、サイ=ザイエル!」
この感触を逃しては、次はないような気がした。
呼ぶ声を無視して、不確かな力に縋るように、確かめるように、一歩一歩。
進んだ先に、求めるものがあることを信じて。

 進むにつれて、対象に近づいているのだろう、かすかな指標が徐々に確実性を増し、誰かに手を引かれるような強さへと変わる。
この先にいるのが、例の風天使なら。
早まる鼓動を押さえつけて、集まった生徒たちの間を縫うように進む。
緊張が、握った手を汗で湿らせていく。
そして、不意に力が消えた。
顔を上げると、緩やかに波打ちながら一人の女に近づいていく布の端が目に入った。
大きな木の陰に腰を下ろして、俯いた姿勢は眠っているようにも見えた。風に乱された波打つ髪が、そっと首筋の辺りで揺れる。膝に無造作に置かれた生徒証明書の縁を彩る特殊な文様は、その持ち主が最終学年だと証明していた。
静かに、ゆっくりと。さっきまでの勢いが嘘のように、繊細で穏やかな動き。
そろりと女の手首に触れ、その布は、確かにそいつに巻きついた。
軽く引いても、びくともしない。
……この女が、俺のパートナーになるのか?
ひとまず顔を上げさせようと、俺は一歩踏み出す。と。
 「あぁっ!! こんなところにいた!」
突然、右から明るい声が響いた。
……この声は、さっき別れたあの教官だ。
何か言われるんだろう、どうせ。
何が嬉しいのか、にこにこ満面の笑みを浮かべて、そいつは近づいてくる。
「ファリエル教官……」
真後ろについてきていたらしい、抽選を取り仕切る教官が呟いた。
そうか、あいつの名前は、ファリエルといったのか。
「あぁどうも、お邪魔して申し訳ありません、この子は僕が任されている子で、まだここに慣れてませんのでご迷惑をお掛けしたならあやま……」
俺の後ろの教官と女に交互の視線を送りながら口を動かしていたファリエルが、ふと、こちらへ目をやり、ある一点を見据えた。
表情は戸惑いから驚きに変化し、視線の先を追えば、そこは俺と女をつなぐ布の巻きついた手首。
「あれ? サイ、君この子と当たったの?」
その言葉は、こいつが俺ではなく、人だかりに反応してここに乱入してきたことを物語っていた。
俺に厭味を言いに来たんじゃなかったんだな。
「そうらしい。可能性は、俺が予想したより遥かに高かったようでな」
溜め息混じりに呟くと、そいつは苦笑して、それはよかった、と答えた。
何がいいんだ、と問いただしてやりたいのが本音だったが、俺が口を開く前に、ファリエルは目の前で俯いている女に歩み寄った。そっと、壊れ物を扱うように頬に手を触れる。
「……リシュさん? 大丈夫かい? ……サイ、君が見たときからこうだった?」
「あぁ、そうだな。俺は何もしてないぞ。聞くならこの布切れに聞いてくれ」
「さすがの僕も、運命の糸みたいな無機物とは話せないなぁ。うーん……いつものと時間も合うし、偶然こんなところで座り込んじゃったんだと思うけど」
勝手に一人で納得したそいつは、女に巻きついた布をくるりと巻き取って引き剥がした。
その拍子に、俺の手首に巻かれていたそれが、自然とほどける。
手早く回収したそれを、ファリエルが俺の後ろに立ち尽くしていた教官に押し付けて笑う。
「とりあえず、サイと彼女……リシュ=アリシエル嬢がチームを組むということで、いいんですよね?」
「あ、はぁ、まぁ……」
「それじゃ、僕はサイに話がありますので、ちょっとお借りします。リシュさんは、厄介な持病を持ってらっしゃって、その説明もしなければなりませんから。組決めの後の、課題配布までには帰しますので。サイ、リシュさん連れて行かなきゃいけないから手伝ってよ」
ファリエルは普段以上の押しの強さで曖昧な返事しかしない教官を強引に俺から引き剥がす。最後の言葉にいたっては、すでに俺にしか向けられていない。
確かに、決まってしまえばその生徒に用はないだろう。大体、他の奴らの組決めが気になるほど、俺は他人との付き合いも交流もない。知りもしない奴らの相手をするよりは、まだこの狸の相手をしてやる方がましだ。
 複雑な、色々な感情を混ぜ合わせたような表情を浮かべて、教官がすごすごと元の位置へ帰っていく。それにあわせて、物珍しそうに俺たちを囲んでいた生徒も、少しずつ散っていった。
徐々に静かになるその場で、なぜかファリエルはかすかな緊張感を浮かべて、女へと視線を移す。
女は、ただ眠るように目を閉じたまま。




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