Plumage Legend 〜絶佳の奇才〜 02.ありえない少女
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 連れて行かれたのは、こいつの教官室だった。
先に立ってドアを開いたこいつは確か、風天使。
火天使である俺との属性的相性は、いい方だ。風と火は相互的増幅作用がある。……とは言っても、補助も回復もまったく使えず破壊的攻撃属性にすべての力が使われる俺とでは、何かあっても補助系統の割合が大半を占める向こうが不利。
「はは、襲われることなんか想定しなくても、僕はそんなつまらないことしないよ。大体、ここは僕の研究室だよ? 壊したって、いいことどころか僕が損するだけじゃないか。君に勝てるなんて思っちゃいない。いいから、座って。すぐ済む」
どうぞ、と勧められた椅子に座って、いつもの癖で足を組んだ。他の教官なら怒るだろう態度に、口調に、こいつは怒らない。
俺を一瞥するなり、いつものように笑って相変わらずだねと言った。
そいつはさっと背を向けて、すでに準備してあったらしいカップに液体を注ぎ込む。珈琲の匂いが、あたりに充満した。
「話はなんだ」
こんなことのために呼び出されたわけではないはずだ。背中に向かって声をかける。
そいつはすぐさま振り返って、カップを差し出した。取ってやらなければ喋りだしそうにない。
「君、この最終学年に、入学後すぐ、グレード全てをスキップして入って来た子がいるの、知ってるかい?」
「は?」
その口から出て来た言葉は、あまりにも現実離れしていた。
驚いて、信じられずに間抜けな声が出た。手の中でずるりと滑ったカップを、慌てて両手で支える。顔を上げれば、そいつは机にもたれてくつくつと笑いを噛み殺しているところだった。
「うわ、意外だなぁ。君もそんな声出すんだね」
「そんなことはどうでもいい。ファーストからフィフスまで全部スキップだと? そんなこと出来るのか?」
養成所は、ファーストグレードから、フィフスグレードまでの5段階を踏み、ようやく最終学年に辿りつく。俺はセカンドからフォースまでをスキップしたが、一応残りはきちんと通過した。少なくとも、基礎を教わるファーストグレードは通過するのが当たり前のはずだ。しかしそれさえもスキップしていきなり最終学年など、今までに前例がないのではないか。
「出来るっていうより、させざるを得なかったと言うかね。とにかく、秀でた部分と、劣る部分の格差が激し過ぎるんだ。回復、補助においては彼女の右に出るものなど、この養成所内に……いや、この天界中を探してもいるかどうかは分からない。それなのに、彼女の攻撃方面は、それこそ全滅なんだ。そよ風一つ起こすことさえままならないんだよ」
そいつはため息混じりの言葉を吐き出し、淡く苦笑する。
そよ風一つ、ということは、おそらくそのとんでもない奴は風天使なんだろう。
カップの中身を器用に啜りながら、そいつは面白い噂を口にするように小さく囁いた。
「攻撃属性が備わってないわけじゃないんだ。それは、属性が同じであれば……僕にも少ないながら攻撃属性が含まれてるから分かる。ちょっと興味深いのは、その原因が、彼女自身の能力にあるわけではなくて、強力な封印が施されているせい、らしくて……おや、興味なし?」
 おそらく、傍から見て表情に何の変化もなかったのだろう。そいつが、不思議そうに首を傾げて俺を見る。
確かに、ファーストからすべてスキップという事実に驚きはしたが。
攻撃属性の火天使と最も相性のいい回復補助系統を司る風天使なら、確かにパートナーになる可能性はあるが。
「興味……どうでもいい。俺のパートナーになるわけでもないし」
しょせん、可能性でしかない。
溜まった息を吐き捨て、俺は席を立つ。そいつも俺を追うように席を立った。
「まぁ、そう思うのなら構わないけれど。組決め抽選は、僕たちの意思でも、君たちの意思でもなく、運命の糸が決めることだしねぇ」
独り言のような言葉に混じって、あまりにも変な単語が聞き取れた。思わず、振り返ってしまう。
「……なんだ、その胡散臭い名前は」
「あぁ、運命の糸? そのままだよ、運命の糸を編み込まれたリボンの片方を持てば、もう片方が運命のパートナーを捕まえてくれるんだ」
あれは見るのが一番早いよ、と笑われても、俺には何のことだかさっぱり分からない。
 運命。
そんなもの欲しくなど、ない。
 背を向けてその場を立ち去ろうとする俺に、そいつは声をかけて引き止めると。
「珈琲、飲んで行ってよ。何のために淹れたのか分からないじゃないか」
さらりとそう言って、俺に生暖かくなったカップを押しつけた。
 ……こいつの、こういうところが嫌いだ。
温くなって苦味しか感じられない不味い珈琲を一気に煽って、俺は教官室を足早に出た。
俺の背中に向かって、そいつが小さく囁いた言葉を聞きながら。
「興味ない割には、今まで見たこともないような楽しそうな顔してるよ、君」

 会いたいような、会いたくないような。
機械的に両足を動かしながら、ぼんやりと思う。
ただ話を聞いただけなのに、こんな不確かな気持ちになったのは、初めてだった。
自分の足元を掬われそうな不安。
不安?
いや、違う。
不安ではない、自分の足が地についていないような、危うい感情。
……それが自分の感情だと、俺には信じられなかった。
今まで、何があっても、何を言われても決して感情を露にしたことのなかった俺が。
楽しそう?
耳に届いた言葉を小さく反芻してみる。
あぁ……だとしたら。
俺は、見たこともないその風天使に、期待してるんだ。
あの教官に『天界一』のお墨付きをもらい、更にすべてのグレードをスキップしたという、今までにない能力者に。
 どうしようもなく甘えた感情に、溜め息が出た。
俺は今まで一人だった。いまさらそれが二人に増えようとも、同じこと。
気が合うとも限らない。出会うとも限らない。
期待なんて甘いものは、さっさと拭い捨ててしまわなければ。
俺にはこの身体と溢れるほどの力がある。それで、いい。
 職員棟から出れば、太陽に照らされ、風に髪を煽られる。
体にゆらりと残るかすかな感情の残滓を振り払い太陽光で流すと、俺はこの場所からも様子の窺える中庭に向かって歩き出した。
そろそろ組決め抽選が始まるようだ。
騒がしいそこに、俺は紛れ込む。
たくさんの感情の溢れた人ごみに。




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