Plumage Legend 〜絶佳の奇才〜 01.最終学年
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 世界は、モノクロ。
いつの間にか消えてしまった色彩は、どこへ行ったのだろう。
青かった空も、緑むす大地も、赤く燃えあがる炎も……全てが、白と黒のグラデーションへと変わっていく。
本当にこの世は、美しいのだろうか?
何が正しく、何が美しく、そして、何が生きていることだと言うのか。
 世界は、単調で……不誠実。
まるで、俺のように。
不変のこの俺が、何においても、心を乱さないように。


 養成所の最終学年になった俺は、この学年最初の全員参加行事にやって来た。目の前にあるのは、無駄にでかい鉄門。
 あぁ、養成所ってのは、俺たちの持つ4大元素の『力』を正しく扱えるようになるために通う場所、らしい。
まぁ、力の扱い方を教える場所であることは確かだろうが。
それが、実際に正しく扱うという事と同意義になるかは、俺は知らない。
ついでに言うと、興味もない。
その養成所の門前で、生徒証明書の提示を求められる。無造作に胸元のポケットへ突っ込んだそれを取り出す。
サイ=ザイエル。それが俺の名。
何か決まりきった言葉を門兵から聞いた気がしたが……それを流して、俺はいつものようにぼんやりと、行事の行われる養成所の中庭目指して歩き出した。
 どこへ行っても同じことだが、俺が一歩踏み出すたび、新しい囁きが生まれる。
内容は、今更聞かなくてもわかる。
『アレが噂のサイ=ザイエルか』
『相変わらず陶器人形みたいな顔だな』
『やっぱり綺麗だわサイ君って』
『フィフスグレードも、単独トップですって!』
『天才って、彼みたいな人のことを言うのよね』
養成所に入った頃から、ずっとこの調子だ。
まるで珍獣を見るように、俺を遠巻きに眺めてはこそこそと何かを囁く。
この程度ではいちいち動揺しない。
言いたい奴は、勝手にやればいい。
この身に宿る力の大きさは、俺の努力によって得たものではないのだから。

 華やかな色彩を失って久しい俺の視界には、何もかもが冷たく冷えた無機質に見える。
所内には、すでにカリキュラムの始まった下級学年の生徒が、大勢いる。すれ違う楽しげな会話も、明るい表情も。一瞬時を止めて、俺の隣りをすり抜けて行った。
何がどうなって、俺から色を奪ったのかは知らない。
今更、考えたって分かるはずがないんだから。
全ては、俺の知らないところで。
どうでもいい。
 「サーイ君っ! おっはよー!」
不意に投げかけられたのは、聞き覚えのある声。いや……覚えさせられた声。
いつもいつも、こうして声をかけてくる変な女。
こんなうるさいのに纏わりつかれても、面倒なだけ。それも、今となってはどうでもいい。卒業まで我慢すればいいことなんだから。
「もーっ、せっかく一緒に上がれたのにぃ。どうしてそんな嫌そうな顔するの? ……でも、そんな顔もステキ――ッ!!」
誰かこいつを止めてやってくれ。
 隣りでうざったいほど喧しいのは、たぶん、俺と同じ火天使の……なんて名前だったかな。
いつも俺を捕まえては、となりを歩くのが当然のように、満面に笑みを浮かべてついてくる。実害はないから、放置したままだが。
わずらわしいことこの上ない。
相手をしなくても、隣りでべらべらとしゃべり続けるそいつに、溜め息が、零れた。

 中庭は、すでに人で溢れかえっていた。
当たり前と言えば、当たり前の光景なんだが。
これから、この場所で行われるのはパートナーの抽選。最終学年を卒業するためには、全部で5つの課題をクリアする必要がある。その課題をこなす際のパートナーを決める大抽選会が、最終学年で最初の全員参加行事だ。生徒たちには、組決め抽選と呼ばれてる。これに参加しなけりゃ、課題もくれないし、当然卒業も一年先送りになる。出ない馬鹿はいない。
いくら出不精な奴でも、それくらいの頭は持ち合わせているだろう。大切な行事でなければ、出不精な俺がここにいるわけがない。まぁ……俺が率先して出てこなくても、どうせ誰かに引きずり出されるのは間違いないんだが。
 今なお語り継がれる、とてつもない強さを誇った炎を司る最高位天使ウミエル。
これでも俺は、ウミエルの再来と呼ばれる、養成所で最強の実力を持つ身らしいから。

 「サイ! 遅かったじゃないか。君には、色々と前もって話しておきたいことがあるって、昇級試験合格発表の日に言ったはずだけど?」
喋り倒す女の言葉を聞き流して中庭を横切ろうとしたとき、ぱっと肩を掴まれた。
反射的に、振り払う。
「……相変わらずだね、君は」
吐息混じりの声に聞き覚えがある。払った手の持ち主を、振り返った。
 見慣れた顔だ。よく知っている。ここの教官の中で、一番まともで、一番心臓が丈夫なやつだ。俺の視線に、たじろぎもしない。俺に、笑いかける。そいつだからこそ、俺は口を開いた。
「何の用だ」
必要最低限の言葉だけで、応じる。
「だから言ったでしょ、前もって話しておきたいことがあるんだって。こっちだよ。……あぁ、ソーシャ、君は必要ない。先にお行き」
 どうやらあのうるさい女の名前は、ソーシャというらしい。
ソーシャとか言うのは、相手が教官だから諦めたのか、素直に人込みに混じっていった。
あたりが驚くほど静かになって、俺はほっと息を吐く。
「さぁ、行こうか?」
笑って俺を促す、教官の背中。
 別についていかなければならない理由もないが、一応、この教官に関わって俺が不利益を被ったことはない。
おそらく何もないだろう、と俺は素直にそいつの後に続いた。




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