続・王子様たちと私 繰り返す昨日・前途多難
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 「……ですから……なぜあなた様がこちらに」
「……に、…………えるため……」
日の差し込んでくるカーテンの向こう、聞き覚えのある声と、ない声が言い争っている。
知った声は、男であるアーサーが聞いても惚れ惚れするような、遠くまで透き通った低い声。
知らない声は……やや高い、けれど彼女のように甘くはない。引き絞った弓のような、凛とした涼やかな音色。
耳に心地いいことは確かだが、眠りの浅いところを漂う今のアーサーには、深みへ沈むことを許さない、むしろ、そこから上がれと命じるような、無粋な闖入者だ。
寝返りを打っても、耳に届く声音。
何を話しているのか、まったく理解できないというのに、ただこの耳に滑り込む音階が気に障った。
「……あのなぁ……シング! 逢引ならよそでやれっ!! わざわざ俺の部屋のバルコニーでやるってのはどういう了見だ?! ただでさえディオネには会えそうもないし、なにやらただ事ではないくらいディオネが懐いてるライバル登場だし!」
八つ当たり気味に跳ね起きて、荒々しく寝台を降りた。掃き出し窓へ近づいて、たっぷりとドレープのかかったカーテンを開く。
真っ直ぐに差し込んできたのは、普段慣れ親しんでいるものよりは穏やかな金の光。そして、風に乗って流れ込んでくる肌に馴染みのない淡い銀の気配。アーサーに視線を注ぐ、見知った白金の美丈夫。
「……ディオネ?」
「おはよう、アーサー」
久しくその姿を目にしていなかったアーサーに、彼の現身は眩しかった。
風に靡く、プラチナの髪。淡い金の瞳は、揺らぐことのない意志のように真っ直ぐアーサーへ向けられ、言葉にすることさえ困難なほどの美貌は、見るものを圧倒させる。光や再生といった、この世界の希望そのものである彼は、アーサーにその存在が人とはかけ離れたものであると認識させた。
窓を押し開いても、流れ込んでくるのは心地よい風と陽射し。そして、シングの低い囁き。
「どうかしたか? まだ夢の中にいるように見える」
「……変だな。ディオネがいるような気がしてた」
「そんなはずがないだろう。オレはディーに頼まれて、お前を呼びに来たんだ」
憮然とした表情でシングが答えを寄越す。
だが、先ほど確かに感じた銀色の風が、妙に気にかかった。
頭の片隅にこびりつくようなそのイメージは、アーサーを冷静にさせる。
「お前、ここで誰かと話してたよな?」
「さぁ……どうだと思う?」
「何にせよ、普通の人間じゃないのは確かだろ。お前の声聞いて正気でいられるはずがない」
不可思議な現象に首を傾げながら、しかしアーサーはそれ以上の追及をやめる。
現実に、バルコニーにはシングしかいないのだから。
「まぁいい。お前に聞いたって教えてくれるわけないんだし。で? ディオネが俺を呼んで来いって、その理由は?」
「ディーの純粋な好意だろう。朝食を一緒にどうかと」
ふわりと、彼の衣装の裾が揺れた。
開いた窓の隙間を縫って、部屋の中に滑り込んでくる。
「お前に会いに行こうとすると、女官たちが束になって嫌がるのでな。それでもお前に会いたいディーは、オレを使いに出す」
薄い笑みを浮かべたシングの言葉は、真実を紡ぐ。
聞かずとも察することの出来る現状は、アーサーにとって不利なことばかりだ。
「……分かった、今支度する」
トランクの中から適当に見繕った服をベッドに放り投げながら、アーサーはふと振り返る。
「シング……?」
そこにいると思っていた彼の姿は、すでに跡形もなく消えうせていた。

 「あーさ、ぱん。じゃむぬって」
日の光を浴びて、新雪色の髪がきらきらと輝く。
見上げてくる真紅の瞳は感情を宿して忙しなく変化し、それを見下ろすアーサーを困惑させた。
「パンを取ってください。ジャムを塗ってください。お願いします」
「……ぱんをとって。じゃむをぬってください」
「お願いします」
「……おねがいします」
そこまで言わせてから、アーサーはパンのかごからクロワッサンを取り出す。
「すっかりお父さんね、アーサーは」
ジャムの瓶に手を伸ばすアーサーにかけられた声の主は、目の前に腰掛けて微笑むディオネだ。彼女もナインの世話をしたがるのだが、ナインと彼女が仲良くしている姿をあまり見たくないアーサーは、その役目を自ら買って出る。ナインも、今のところは文句を言わず、大人しく従っていた。
「じゃむ、いちご?」
「あぁ、苺……どうしてだろうな、口が達者になると、見た目が可愛くても小憎たらしさが倍増するのは」
膝の上に乗ったナインは、昨日抱き上げたときよりずいぶん重くなった。
どうやら昨夜のうちに成長したらしい。ずいぶんと語彙も増え、簡単な会話が成り立つようになったところから、三歳くらいだろうと見切りをつけた。
抱いて移動しなくても自分で歩いてくれるのは、楽ではあるが少し寂しい。
ぶつくさと文句を言いながらも、いつの間にかナインを子供のように可愛がっていた自分に気づき、アーサーは苦笑した。
「あら、可愛いじゃない。その上着とか」
柔らかく微笑みながら上品にカップを傾けるディオネに、視線を向ける。
そして、膝の上のうさぎ耳をかたどったフードに目をやった。
「……これは、多分シーザーのだ。見覚えがある。耳引っ張って虐めた」
遠回しに自分のものではないと否定しておく。こんなものを着せられていたとしたら、一生の恥だ。
焼きたてのパンは、まだ暖かい。その温度を指先に感じながら、パンを食べやすいだろう大きさにちぎって、ジャムを塗る。そして、膝の上で大人しく待っているナインへと渡してやった。
「ありがとうは?」
「ありがとう。いただきます」
「ん」
パンにかぶりつくナインを、用心深く見守りながら、アーサーもコーヒーカップに手を伸ばす。油断するとアーサーの方が汚れてしまうので、気が気でない。小さな手で一生懸命食べているのは可愛らしいような気もするが、すでにその指先がジャムまみれだということを忘れてはいけない。
ナインが身動きするたびに、フードと耳が揺れる。
「それで、今日はお前、どうするんだ? 俺はどうせ、あの人とタイマン知識比べでもしなきゃなんねぇんだろうけど」
なるべくナインの動向に注意しながら、アーサーはディオネに問いかける。切り分けたフレンチトーストを口に運ぼうとしていたディオネが、手を休めて微笑んだ。
「あのね、いくらなんでも来て早々にそんなのは酷いわって、お兄様にお願いしたの」
彼女の言葉に、ゆっくりと、顔を上げた。
ナインが身じろぎするが、それさえも気にならないくらい、息が詰まるほど衝撃を受けた。
 彼女の、あの、柔らかな微笑み。何もかもを許しているだろう親しいものへの笑み。
明るい、優しい声音。誰もが聞けるわけではない、共有した時間を悟らせる音色。
アーサーに会うために彼女はこれほどの手間をかけなければならないのに、彼に会うための手間など、髪の毛一筋分さえもありはしないのだろう。
障害は。嫌になるほど大きい。
「そうしたらね、今日一日は、自由に使っていいって。だから、私の一日もアーサーのものよ。王宮を案内しようかなって思ってるんだけど……嫌かしら?」
問いかけられ、アーサーははっとする。あの人が、今日一日の猶予をくれた?
「あぁ……見かけによらず手厳しい人なのかと思ってたんだが、見かけ通り優しい人だったんだな。意外だが嬉しい。頼む」
記憶に新しいその人は、とても柔和な顔立ちだった。ただ、あのとき彼女との親しげな様子があまりにも印象深かっただけに、ファス=ティバルスという存在を『敵』だと思い込んでしまったらしい。第一印象とは、かくも恐ろしいものなのだと、戸惑い答えながらアーサーは一人頷く。
「それは……多分、第一印象の方が正しいと思うけれど。とにかく、今日はみんなに文句を言われることもなく一緒にいられるの」
彼に関する言葉は聞かなかったことにして、アーサーは、眩しく見えるほどのディオネの明るい笑みにふと感じる。その輝きが、以前よりも生き生きとしている。
嬉しそうに笑った表情は、確かに、太陽の国で、光の歌姫としてそこにいたときよりも明るい。
結婚相手を選ぼうとしていたのだから気を張っていたのは当然のこと、初めて訪れた他国で、無意識のうちに緊張していたのだろう。
状況がどうであれ、こうして彼女の生まれ育った場所に戻ってきたのだから、もう、彼女が不安に支配され、孤独に陥ることはない。国を離れ、ディオネを選んだアーサーとは違って。
「けど、俺は……孤立に慣れてるからな」
「……あーさ?」
呟いた言葉を咎めるように、アーサーの耳に声が滑り込んできた。
「ナイン……大丈夫、なんでもない」
彼女の知らない過去までも、全て見透かしてしまいそうな澄んだ瞳が、真っ直ぐ投げかけてくる視線。
こんな不安など、過去を思えば大したことではない。
こうして彼女が傍で笑いかけてくれるだけで、独りきりになったような、漠然とした恐怖にさらされることはないのだから。
あの頃のようにはならないし、なるつもりもない。
そっと彼女に届かないだろう声量で囁いて、アーサーは彼女に微笑み返した。
「お前と一緒にいるためなら、俺は何でもしよう」
彼女の微笑みが、アーサー一人に向けられることはなくとも。
それはアーサーが彼女に微笑みかけない理由にはならない。
この国に行くと決めたとき、アーサーが存在する理由は、全てが彼女に繋がったのだから。
彼女にはアーサーの知らない過去があり、アーサーの知らない人間と共有した時間がある。
変わることのない事実は、アーサーをそっと追い詰める。

 アーサーにとっては不本意ながら、ナインを真ん中に挟んで、ディオネの案内に従い、美しい王宮の敷地内を歩く。
アーサーの生まれ育った來宮とは違った、大人しい柔らかな色彩に満ちた月霞宮は、上品で優雅だ。つと視線を逸らし、回廊沿いに植えられた大輪の百合を眺めていたアーサーの耳に、あ、というディオネの声が届いた。
「ほら、あっちが水晶の森。さっきの『鎮めの間』と同じで、中には入れないけれど。入り口から覗くだけでも、溜め息が漏れるくらいの美しさよ」
視線を彼女の差す方へと向ける。確かに、いくらか離れたこの場所からでも、やんわりとした光を感じ取れた。
「きらきら?」
ナインが、不思議そうに彼女の方を見上げて小首を傾げる。
ナインの表現力では、今のところランプの明かりもシャンデリアの光も、全てが『きらきら』にあたるのだが、ディオネはナインの言葉を真っ直ぐに受け止め、肯定した。
「そうね、きらきら。まるで、お星様が降って来たみたいに」
ゆっくりと近づきながら目を凝らしてみれば、そこからは彼女が表現する通り、煌く無数の光が見える。薄ぼんやりと、しかし真っ直ぐに届く光の揺らめきは、静かに瞬く星のようだ。
いや……太陽の光を乱反射しているのか、森自体が光り輝いている。
「見えてきたわね。水晶の森は、創世の物語に出てくる原初の地と、大地の楔と、眠りに入った魔性を封印しているんだって、シングが。一歩でも足を踏み入れると、封印が解けるかもしれないから、立ち入り禁止なの。私たち王家の者や、神官たちは、水晶の森の番人でもあるのよ」
そう言って、数歩先に進んでいたディオネが、手の平を目元に翳した。
「直視すると、目をやられるから気をつけてね。ナイン、眩しいでしょう?」
「……すごいな」
彼女と同じように手を翳して、細めた瞳が捉えた光は、まさしく、奔流と呼ぶべきものだった。直視することの出来ない、激しくも穏やかな、光の渦。
ディオネが言うように、この森のどこかに創世の禍き魔性が封じられているのだとは、到底思えない。
「きらきら! 木が、きらきらー」
ナインが興奮して、水晶で出来た木に触れようと暴れる。
掴んだままの片手を離さないよう注意しながら、アーサーは次第に慣れてきた目を、ゆっくりと開いた。
それは、神々しくも、空恐ろしい光景だった。
現実に、あってはならない不思議の森。
無機物で構成された、封じの結界。
言葉にならない、いや、してはならない何かを刻み込まれるような気がして、アーサーはそこから意識を逸らす。
只人が触れてはならない、神の気配が色濃く残った場所には、いたくなかった。
奥からこぼれてくる、錯覚にも似た銀の光が、怖かった。
その清浄さは、息が詰まるほどの潔癖な輝きは、この森だけではなく……。
「……アーサー?」
「ん? どうか、したか?」
問われ、アーサーは顔を上げる。
「……あれ?」
しかし、数瞬前までは確かにそこにいたディオネの姿はなく、捕まえていたはずのナインの小さな手の平さえ、アーサーの手の中には残っていなかった。
「こっち、アーサーの後ろ。どうかしたか、は、こっちのセリフよ? もう、急にぼうっとしちゃって。呼んでも全然答えてくれないんだもの。次が最後だから、疲れたでしょうけど、もう少し頑張って?」
「いや、別に、そういうわけじゃないんだが……」
振り返れば、そこにディオネの姿があった。さっきまでアーサーが捕まえていたはずのナインの手を握って。
「え……と」
 そしてようやく、アーサーは己の記憶の欠落に気がつく。
手の中からナインの手が滑り落ちた覚えも、彼女がそれを取って歩き出した覚えも。
何度も名を呼ばれた記憶だってない。
ほんの少し考えて、やはり疲れているのかもしれない、と自分を強引に納得させ、アーサーは先を行く二人の後を追いかけた。

 「ここが最後ね。私にも馴染み深い場所だから、今までよりはまともな案内をしてあげられると思うわ」
王宮を一通り見学して回り、兵舎、女神の涙を保管する『鎮めの間』の前を通り、水晶の森の入り口を見て、ようやく辿り着いた月神殿。
先ほどの全てが水晶で出来ている不思議の森も衝撃的だったが、この月神殿にも驚いた。
「ここからは、女神様を祀る月神殿。ほら、歩いてる人も神官服ばかりでしょう?」
「どうして、柱や壁の所々が光ってるんだ……?」
「この神殿は、水晶の森に侵食されているの。じわじわと石が食われて、そこから少しずつ水晶へと変わっていく……」
近づいてみればよく分かるわ、と、彼女は手近な壁へ向かって歩き出す。
「そうね、今のところ……この神殿の、五分の一くらいかしら。この神殿が完全に水晶の森に呑まれるまで、あと五百年以上かかるでしょうけど」
彼女がそっと指を這わせたその部分からは、白い柱の隙間から透明な輝石が覗いていた。
 他のどの国とも違う、特別な国。
静かな環境も、色濃く残る神の気配も。
他国には滅多に現れない『声を持つ者』が多く生まれる理由は、そこにあるような気がした。
「……あーさ、だっこ」
「何だ、歩き疲れたか?」
それまで大人しくディオネの手に引かれて歩いていたナインが、唇をへの字に曲げて、呟いた。
「連れ回しすぎちゃったかしら」
「ほら、こっち来い」
ナインの目線にあわせて屈みこむと、ナインはディオネの手をするりと離して、アーサーに向かってかけてくる。
「だっこ」
「分かったっつってんのに」
小さな手の平が、首筋や肩にしがみつく。両腕で抱き上げなければ不安定な小さな身体を、しっかりと抱きとめた。
「どこかで休む?」
「いや、大丈夫だ。ちょっと身体が鈍ってるからな、いい運動になるだろ」
気をつかってくれるディオネに、笑って首を振り、アーサーは先に進むよう促した。
「それじゃあ、祭壇を見たら引き返……」
言葉半ばに彼女は言葉を切った。
いや、言葉を失った、と言った方が正しいかもしれない。
ゆったりした速度で進む神官たちの中、一人、周囲とは違う速さで進む者がいたのだ。
肩で切り揃えられた薄茶の髪が揺れる。靴音さえ立てない神官たちを縫うようにすり抜けて響く早足な踵の音。白い肌に、銀を基調とした神官服は眩しいくらいだ。
愛らしい横顔に浮かぶ感情はこれといって見受けられないが、そこには少女めいた甘さとは異なる、硬質な魅力があった。
「待って……ミスティ!」
凛と響く、それは至上の音色。
神官たちははっとその場に立ち止まり、彼女が呼んだ『ミスティ』という名を持つだろう神官は、わずかに震えて、ゆっくりとこちらを振り返った。
ディオネが、ぱっと表情を明るくして、立ち止まった神官に向かって歩き出した。
走り出してしまいそうな己を律するように、その足取りは踊るように軽い。呼び止められたものを除いて、周囲の時間が再び動き始める。アーサーも、その神官たちにまぎれてゆっくりと彼女を追いかけた。
「ミスティ、ただいま戻りました」
彼女より、いくつか年下なのだろう。ディオネが少し見下ろす形で声をかけている。彼女の目線より、いくらか低い位置にそれがある。だが彼女の目は、ディオネには向けられない。
「……ご無事で何よりです。お帰りをお待ちしておりました」
ようやく絞り出したかのような、掠れた声。その中に本来込められるべき感情は見当たらず、逆に戸惑いや不満に似たものが感じられる。
今まで出会った人々が彼女に心酔しすぎていただけなのだろうか。
彼らと違いすぎるせいで、アーサーにはこの年下の神官の態度に違和感を抱いた。
「……この国にとって、ディオネは宝のように大切なんだろう?」
その割には、酷い態度だな。
言ったアーサーに、ディオネが数度瞳を瞬いた。
「え? あの、アーサー?」
「だからこそです。大切な御身体に何かあったらどうなさるおつもりだったのでしょう。この宮で厳重に守られていたとしても危険だというのに、自ら他国に、それも一月も滞在するだなんて……ご自覚に欠けるのではありませんか」
視線を落としたままそう応じたミスティに、アーサーはなるほど、と頷く。
「ようするに、こいつが自ら出向いたってのに、よりにもよってこの俺をつかまえてきたことが不満なんだな? 国の中にだって、いくらだって相手になる男はいるのに」
「なっ……」
「やきもちは可愛くないぞ、お嬢ちゃん」
言って笑うと、ミスティはぱっと顔を上げ、大きく目を見開いてわなわなと肩を震わせて。
「誰が、お嬢ちゃんだ!!」
可愛らしい顔を懸命に怒りの形相に仕立て上げて叫ばれ、アーサーは呆然とそのまま走り去ってしまったミスティの後ろ姿を眺める。
肩の辺りで跳ねる髪も、肉付きの薄い背中も。全体的に華奢な体も。
「……あれ? 女、じゃないのか」
「アーサー……ミスティは、男の子よ? 間違えるのも無理はないけれど」
ディオネに言われて、首を傾げる。
確かに、女にしては少し声が低かったような気もする。体つきも、全体的に薄くて。
「男……なるほど。それならあの態度にも納得、かな」
「どういうこと?私、一月前に太陽の国へ行く、って挨拶に行ったときもあんなふうで、でもそれより前はすごく仲がよかったのよ? だから不思議で、寂しくて……」
「お前にはきっと分からない。あれくらいの男は一番純粋なんだ」
アーサーにも彼と同じくらいの年齢だった頃があるのだ。ミスティのようだったとは嘘でも言わないが、その心理は分からないこともない。
「新たなるライバルの出現だろうか」
「全然分からないわ」
唇を尖らせて拗ねてしまったディオネの頭を、アーサーは軽く撫でてやる。
「そのうち教えてやるよ。さぁ、ナインもすっかり寝たし、その祭壇とやらを見せてもらって、引き返そうか」
「あら、本当。ミスティが大声を上げたのに、平気なものね」
顔を上げて、彼女が目を瞬く。
アーサーの腕の中には、首筋に縋りつくような姿勢で眠ってしまったナインがいる。
「涎垂らされたらどうしよう」
「仕方ないんじゃなくって? お父さん」
悪戯っぽく微笑んだ彼女の言葉に、アーサーも同じように笑って、ディオネを促す。
短い休息の時間も、残り少なくなっていた。




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