続・王子様たちと私 災難続きの日・不穏な出会い
<< text index story top >>



 朝一番に見る顔が、彼女であるということ。
ただそれだけで幸せになれる自分は、ずいぶんと変わったのだろう。
もどかしさに支配された過去から。
狂王子と名指された、忌まわしくも懐かしいあの頃から。

 「どうしたの? アーサー……元気、ないけれど。眠れなかった?」
「いや……そんなことはない。大丈夫だ。あぁこらナイン、暴れるな」
小さな丸いガーデンテーブルで、三人だけの朝食。
可愛らしく小首を傾げて問いかける彼女の瞳はどこまでも純粋で、アーサーが過去に捨ててきてしまったものを思い出させる。
今のアーサーに、彼女のような純粋な美しさは一片たりとも残っていないし、それを欲しいとも思わない。
ただ、自分が彼女のそばにいてもいいのか……それがたまらなく不安になるだけ。
 彼女は気づいていないのだろうが、アーサーは知っている。
朝彼女が朝食に呼びに来た時も、一緒にナインを起こしに行った時も、普通に朝食を共にしているだけの今も。
愛するが故に、彼女を……そしてアーサーを見張る女官の姿があることを。
それほど信頼されていないこと、元々期待してはいなかったが、あまりにも歓迎されていないこと。
それらがすべて、アーサーにのしかかる。
彼女に注がれてきた愛の重さを、思い知る。
 「あー、ぱん」
物思いに沈んだ思考を引き戻すような、舌足らずな言葉。
見下ろせば、膝に乗せたナインが、テーブルを叩いてパンの催促をしていた。ナインが触れてひっくり返さないようテーブルの中央あたりに置かれたパンかごから、バターロールを取ってやる。
「お前今日はよく食うな。明日当たり、またでかくなるんじゃないのか?」
落とすなよ、と一応念を押して、アーサーは小さなナインの手に半分に割ったバターロールを乗せた。
「おいしー」
「それはよかったわ」
正面に腰掛けたディオネに満面の笑みで答えたナインは、それっきり目の前のパンを食べることに必死だ。
大人しく食べる姿を見ている限りでは、突然暴れ出したりはしないと思う。
ひとつ安堵の息をついて、アーサーはコーヒーカップに手を伸ばした。
指に沿わせて俯けていた視線を上げると、ティーカップ越しに何か言いたげな顔をしているディオネにぶつかる。
「どうした?」
気を使わせたかと少し笑って見せたアーサーに、彼女は返事の代わりに微笑んで、カップをソーサーに下ろした。
「ご飯が済んだら、お父様とお母様がアーサーに会いたいって。謁見の間に来なさいって言われたんだけど……いい?」
「いいも何も、そりゃ行くよ。お前の両親だろ? それに、この国の主だ。俺だって仮にも太陽の国の王子だからな。挨拶なしはまずい」
彼女はアーサーの落ち込んだ気持ちをうっすらと感じ取っているのだろう。気遣いが、アーサーの落ち込んだ気持ちを少しずつ浮上させる。
「大丈夫? 娘の私が言うのも、何だか変だけど……すごく過保護だから、酷いこと言われるかもしれないのに」
「酷いこと言われんのは、慣れてる。お前は余計なこと心配しないでいいんだよ」
言って笑うと、彼女はほんの少し悲しげな目でアーサーを見つめ、ふんわりと微笑んだ。

 立ち止まった彼女の姿に顔を上げると、目の前には大きな扉があった。
さすがにナインを抱いたまま謁見の間に入るわけにもいかず、アーサーはナインを床に下ろした。
「あー、だっこは?」
「これが済んだら、いくらでもしてやるからちょっと頑張ってくれ。お前がわがまま言うと、ディオネが困るんだからな」
言って、むくれた顔をしたナインの手を握る。
「ディオネ姫様、ならびに太陽の国、アーサー=プリズム殿下がお越しです!」
重い音を響かせながら、扉が開く。精巧な細工の施された見上げるほどの扉は、二人の兵士に開かれ、アーサーと彼女、そしてナインを迎え入れる。
小さな圧迫に俯いてみれば、アーサーの人差し指を必死に握り締めたまま、唇をへの字に曲げて、懸命に感情をこらえるナインの顔が目に入った。やや潤んだ真紅の瞳が、赤くなった頬が、今にも泣き出してしまいそうだと悟らせる。
やはり、まだ弱冠二歳のナインに、この広く重厚な空間を一人で歩けというのは無理な話なのだ。こうして涙をこらえている時点で、二歳児にしては我慢強すぎる。もっと甘えたくて、もっと色々なものに触れたい時期を、こんな場所や狭い室内に押し込むのは、アーサーとディオネのわがままだ。
「……アーサー?」
「あぁ、行く」
動き出さない気配を不思議に思ったのだろう、彼女に問われ、アーサーは頷いた。
ナインを掬うように抱き上げて、前に立って歩くディオネの背中に目をやる。
「抱いててやるから、大人しくしてろよ?」
「……うん!」
首筋に縋りつく、か細い力。
それを抱き締め返して、ふと思う。
例えば、前を歩く彼女が……想像したくもないことだが、もし、手も届かないほど遠くへ行ってしまったとしても。
こうして頼ってくれるナインがいる限り、大丈夫だろう。
それが、この国において異分子であるナインとの、傷の舐め合いだったとしても……たった一人残されて、狂ってしまうよりましだと、腕の中の小さな温もりに依存する。
今までにないほど不安に支配された、自分のものとは思えないほど力ない思考に、アーサーは思わず笑った。
顔を上げた先には、彼女の背中と、こちらを見据える彼女の両親の姿が。
誰よりも信じる背中を追いかけ、アーサーは一歩を踏み出した。
 高いといっても、五段分くらいだろうか。
月の王国の国王と王妃が並んで腰掛ける玉座の前に、ディオネはふんわりとドレスの裾を取り、淑女の礼を。アーサーはナインを下ろして跪いた。
「ディオネです。ただいま戻りました。長らくのわがままをお許しくださったお父様、お母様に感謝します。そのおかげで、私は……たった一人に出会いました」
「太陽の国、第一王子アーサーです。国王陛下、ならびに王妃殿下にはご機嫌麗しゅう。王女殿下のお招きに甘え、このように突然訪れたご無礼をお許しください」
隣で、ナインが困ったようにきょときょとと周囲を見回しているのが分かる。今までにないアーサーの態度が、不思議で仕方ないのだろう。さて、どうするかと逡巡し、アーサーは声がかかるのを待つ。
「面を上げなさい」
言われて、顔を上げる。抱きついてきたナインを片腕で引き寄せて、暴れたり勝手に走り出したりしないように固定した。
白に近づいた銀髪、瑠璃色の瞳。王たる威厳に溢れた顔立ち。ふと反射的に思い浮かべた自分の父は……彼のように、鋭い視線で他者を圧倒させる力はなかった。むしろ、丸め込んで煙に巻く賢しい目が印象に残っている。自分にもその力が受け継がれていればと、アーサーはぼんやり思った。
「アーサー王子。私がここに腰掛けている間はディーの父ではなく国王だが……改めて言おう。ナイ……いや、月神殿の神官が企てた謀反を潰し、私やディオネを救ってくれた君には、何度礼の言葉を重ねても足りないのだから」
言いかけた、ひとつの名前。神殿の中では誰もが知っているだろうあの騒ぎを起こした張本人は、今はもう何も知らない無垢な目で国王を見上げていた。
一瞬、その目が優しさと、わずかな苦悩を浮かべたのを、アーサーは見逃さない。
返す言葉が見つからず、ただ様々な想いを込めて向けた視線に、彼は答えるように笑った。そして、隣の女性に声をかける。
「セス……君からも何かないかい?」
国王の視線を追いかけたその先には、華奢な女性が腰掛けていた。女性が、小首を傾げて微笑む。
あぁ、似ているな、とアーサーは思った。それと同時に、この人が彼女の母であることを思い出す。
傾いだ肩からはさらさらと薄茶の髪が流れ、紺にも見えるほど濃い紫の瞳は、真っ直ぐにアーサーを捕らえていた。
髪の色や瞳の色は違えど、その面影には何となく見覚えがある。纏う雰囲気やちょっとした仕草は、二人の血のつながりを納得させた。薄く紅を引いた唇が、柔らかく声を紡ぐ。
「そうねぇ……初めてお目にかかります。私がディーの母、セルティスです。こんにちは。狂王子様のお噂はかねがね」
「せ、セス?!」
ひくりと笑みを引きつらせたアーサーに、焦る国王の声が重なる。
「お母様……? あの、狂王子って、アーサーのこと?」
問いかけるディオネの声も遠く感じられるほど、今の言葉が辛かったのだと、アーサーは揺らいだ意識の中思う。
ディオネによく似た外見に、何となく期待してしまっていたのだろう。
すっかり弱くなってしまった自分自身への不甲斐なさで、アーサーは唇を噛んだ。
過去の自分は、犯してきた過ちは、こんなところにまでついてくる。
結局、誰一人として今のアーサーを見てくれる人はいないのかもしれない。いや、ディオネがそれを見てくれたこと事態が、きっと奇跡。
「あー?」
突然の問いかけは、鼻にかかった子供の声。
温かい手がアーサーに向かって伸ばされる。
「ナイン……大丈夫だよ」
伸びてきた手を握り締めて、微笑んでやる。たったそれだけで、胸にわだかまる迷いが飛んだ。
一体、何を迷うことがあるのだろう。
ここまで来て、迷っている暇などありはしないのだから。アーサーは彼女のそばにいたくて、ここまで来た。きっと二度と巡り会えない、たったひとつの奇跡を追って。
アーサーは、その奇跡を失いたくない。
だから、いつか。いつかは、今の自分を見て納得してもらえると、そうに違いないと、自分に言い聞かせる。それを真実にするために頑張る。
他がどうでも構わない。アーサーはアーサーで、迷い悩んだとしても、選んだ道はたった一つしかなくて……たとえ他があったとしても、それを選ぶつもりなど毛頭ないのだから。
場違いにも声を上げて笑い出してしまいそうになって、アーサーはゆっくりと視線を下げ……そのときだった。
「嫌だ、どうして顔を下げてしまうの? その綺麗なお顔、もっとよく見せて頂戴?」
落としかけた視線を再び王妃に向ける程度には、衝撃的な発言だった。
「は? ……あ、あの……王妃様?」
思わず間抜けな言葉がこぼれる。あのような反応を、一体、誰が想像するだろう。
悪行の限りを尽くした狂王子の噂を、聞いているのではなかったのか?
「何と言うか、妙な質問なのですが……狂王子の噂、ご存知なのでしょう? それなのに、なぜそんな風に……」
美しいものを見るように、幸せそうに微笑むのですか。
アーサーが全ての問いかけを口にする前に、彼女はそれを遮って口を開いた。
「もちろん、色々と耳に入ってきますけれど。でも……あなたのように素敵な男性に遊ばれたのなら、女性たちも幸せだったと思うわ」
にっこりと形容されるだろう微笑みと共に投げつけられた言葉は、今までにない破壊力を持ってアーサーに直撃する。
「な、なっ……!!」
言葉にならない声がこぼれた。王妃の隣に腰掛けた国王が顔面蒼白なのは、多分常識的な人物だからだ。王妃が微笑んでいるのは彼女がそういう人だからであって、ディオネが困ったように小首を傾げているのは、本当に何が何だか分かっていないからだ。
「あら、私はそんなにおかしなことを言ったかしら? あなたが見目麗しいのは本当のことでしょう? 私もあと十歳くらい若ければ、ディーとあなたを巡って争ったかもしれなくってよ?」
「お母様! 駄目、そんなの!!」
そういう問題じゃないだろう、と叫びそうになる自分自身をなだめる。堪えた自分の自制心を、浮き足立つくらい褒めちぎってやりたかったが、今はそれどころではない。
『狂王子』を過去に持つアーサーの、前代未聞の一大事だ。
「いえ、あの、王妃様にそのようなお言葉をいただけるのはまことに嬉しいのですが……お、王妃様?」
「あぁ、本当に整ったお顔……甘い声。夜の闇より深い黒って、どんな色なのかしらとずっと想像していたのだけれど、やっぱり本物は想像より美しいわね! ディーも可愛らしいとは思うけれど、ねぇ、あなた、私やっぱり男の子も欲しかったわ」
そう囁いた彼女の唇は、夫の耳元。
アーサーは、意識が遠のくのを感じた。
 非常に自分勝手な行動を取ってきたと自覚しているアーサーだが、それなりに先を読んで行動するときもある。
月の王国に着いてからは、自分なりに気を使っているつもりなのだ。おかげで普段とは比べ物にならないくらい疲労している。
だが。彼女の両親に挨拶する、この大切な時間。
怒鳴られてどう返すか、どんな風に了承を求めるかは考えたとしても、こんな状況を誰が想定するのか。
娘が欲しくて太陽の国からわざわざついて来た悪名高い男の前で、娘の父にしな垂れかかる母の姿を目撃したら、なんて。
「な、何を言い出すんだ?! セスっ! 夫をからかうのはよしなさいっ!!」
「……お父様もお母様も、ちっとも変わってないのね」
「ディー、そんなことを言ってないで、早くお母様を止めなさいっ!」
……ようするに、こういう家庭なのだろう。
目の前で大騒ぎする、威厳も何もあったものではない王家の血族たちに、今まで肩肘を張っていた自分が、途端に馬鹿らしくなった。
彼女の家族は、母を中心に回っていて……多分、娘のことをとても信頼して、同時に心配もしている。家庭内権力の順でいけば、母、娘、父といったところか。
そしてアーサーは、その中に入りたい。
ただ、それだけの単純なこと。
「ようこそ、アーサー王子。もう、アーサー、って呼んでもよろしいかしら? さっきは失礼なことを言って、ごめんなさいね? 私はあなたを歓迎します。ディーのお婿さんとしても、私の義理の息子としても、そして、未来の私の孫の父親としてもね」
悪戯っぽい笑みは、まだ彼女の娘に備わっていない。だが、大人になった彼女を髣髴とさせるような、とても温かい、優しい微笑みだった。
「セスっ!! 君がそうやって簡単に認めても、私は認めないからなっ!」
「あらいやだ。あなたったら大事な一人娘だからって出し惜しみしちゃって。そんなことしたって、仕方ないでしょう? いずれディーだって誰かと結婚しなくちゃならないんだから。他のお宅のように、よそに御嫁に出さなくていいだけよかったとお思いになったらいかが?」
「それはそうかもしれないが!」
……それを最後に、拳を震わせる国王の怒声が止んだ。アーサーたちの傍らを走り抜けて、一人の文官と思しき男性が国王の足元に進み出たからだ。
「……分かった、すぐ行こう。申し訳ないが、神殿でなにやら騒ぎが起きたようだ。私とセスは、これからそれを収めに行ってくる。……アーサー君、ディーを頼む」
「は……はい。この身に代えても」
反射的に答えたアーサーに、彼はほんの少し微笑んだ。
が。
「本当は君に我が娘をやるなんて、嫌なのだ! だが、ディーが君でなければと言うものを無碍に断るわけにもいかん! この親心が分かるか! この苦悩が!!」
突然人が変わったようにアーサーに指を突きつけた国王に、アーサーは返事に窮する。
「は、はぁ……」
「セスやディーには黙っていたが、この国に留まる間、私は君の資質を問おう。本当にこの国の王に相応しいのか、いや……ディーの婿として相応しいのかを!!」
アーサーは、今目の前にいる、ほんの数分前まで尊敬に値する偉大な国王だと思っていた人が、もはやただの親ばかでしかないことを認めた。
月の王国は、奥が深い。
太陽の国の王家が色物揃いなのは、国王であるアーサーの父のせいだと思っていたが、この国の色物ぶりもなかなかではないか。
隣に呆然と立ち尽くすディオネをはじめ、にこにこと微笑んだままのあの王妃に、姫狂いの女官たち。極めつけは、国よりも娘を優先する親バカ国王。
もしかすると、人の上に立つ者は、計らずしてこういった特別な人種であることが義務付けられているかもしれない……。
 ぼんやりと遠いところに想いを馳せたアーサーだが、国王のある一言で、そこから現実に引き摺り戻された。
「君に、教育係を宛がおう。その者に認められない限りは、セスが何を言っても、ディーが泣いても、私は、ぜ、絶対に結婚は認めーん!!」
言いたいことを全て言い切ったのか、そのまま急ぎ足で奥へと引っ込んでいった国王の後姿に、アーサーはただ唖然とするしかない。
「……酷い父親ねぇ、あの人ったら。いい? 困ったことがあったら何でもいいなさいね? 私はあなたたちの味方だし、何より、あなたはもう、私の息子なのだから」
ふんわりと微笑んだ、ディオネの面影を感じさせる人は、夫とは正反対の意見を残して、国王の後を追いかけていった。
何だか、想像とはかけ離れたご挨拶になってしまったような気がする。
彼女の父には否定され、母には全面的に肯定され。
「……困ったな」
思わず、言葉に出してみて……その情けない響きに苦笑する。
「ご……ごめんなさいアーサー、お、お父様があんなに過保護だったなんて想像もしなくって!」
絨毯の上に両膝をついたディオネが、アーサーの半身に縋った。
今にも泣き出してしまいそうな藤色の瞳は、涙で潤んで煌く。
「いいよ。昨夜も言ったけど、障害は大きければ大きいほど燃えるんだ。大丈夫」
「じょーぶ!」
ディオネの大声に、もう喋っていいものだと勝手に推測したらしいナインが、にこにこ笑いながらアーサーの言葉を真似る。
可愛らしい声援に、ディオネは涙を掬い取り、ひとつ頷いて微笑んだ。
「そうね……大丈夫よね。私が、アーサーのこと好きなのは、変わらない事実なんだもの」
そんな彼女の真っ直ぐな言葉が、どれほどアーサーを支えているか……きっと、彼女は知らない。
「それにしても……教育係ってのは、一体誰なんだろうな」
「僕ですよ」
呟いたアーサーの言葉に、狙ったようなタイミングで男性の返事があった。
「なっ……?!」
声の主を探して振り返れば、ちょうど謁見の間に、誰かが入ってくるのが見える。
「お初にお目にかかります。僕は、ファス=ティバルス。殿下のお力を見極めろとの命を受けてまいりました」
響く声に、座り込んだディオネが息を飲んだのが分かった。
「ディーには……久しぶり、ですね」
その表情が、戸惑いから喜びや興奮の入り混じったものへ変化する。
その身体がふわりと動き、走り出すのを……アーサーは、止められない。
「お久しぶりです……ファス兄様!!」
溢れんばかりの喜びを湛えた、その声音。
飛びついた彼女の身体を、しっかりと受け止める男は、ここにもいる。
「危ないでしょう、ディー。もう立派な女性なのですから、慎みなさい」
言いながらもその目には、隠すことのない喜びが見て取れた。
独り取り残されたアーサーは、言葉もなくその場に座り込んだまま。
「ようこそ、アーサー殿下。月の王国は、あなたを歓迎していないでしょうが……僕は、それに関わらずただ真実だけを見極めると、ディーの名に懸けて誓います。ですから、もしもディーを不幸にするだろう要因が、一片でも見えたならば。あなたがどれほど優秀で、月の王国の主に相応しくても。僕は、即刻陛下に進言いたしますので、そのつもりで」
言葉が、アーサーに突き刺さる。
自分から飛びついていったディオネの背には、彼の腕が。
奪えるものなら奪ってみればいいと、余裕に満ちたその声や瞳。
全てが、アーサーの意識を逆撫でする。
先ほどまでの落ち着きなど、どこかへ飛んでいた。
きり、と噛んだ唇に、鉄の味が広がる。
何もかも、まだ始まったばかりだ。




<< text index story top >>
続・王子様たちと私 災難続きの日・不穏な出会い