Plumage Legend 〜二重の神話〜 第九章・衝動
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 「……聞かせてくれ」
いつになく真剣な瞳で椅子に腰掛けたソウルを見つめ、セイが口を開いた。
「……今、何かが起こり始めてること、気づいてるよね?」
「あぁ。こっちも色々ばたばたしてるからな」
ケレスがいるからだろうか。セイは、具体的な言葉を口にしない。
最近アルツローネでソウルに付き纏う黒い嫌な気配は、この城まではついて来なかったらしい。アルツローネの屋敷を出てから、何かされるかもしれないと気を張ってはいたが、何もなかった。
ケレスは退屈なのか、傍らに積み上げられた本をそっと開いて、その中の文字に首を傾げている。ソウルも、セイから聞いて初めて知ったのだが、この部屋に持ち込まれた書物は、すでに忘れられて久しい、古代文字なのだという。
「君のまわりに現れ始めた奴らは、ある計画のもとに動いているんだ。それが壊されると、奴らはここに存在する意味がなくなってしまう。それは奴らの正義ではあるけれど、この世界に罪人としてでも、こうして生まれ、生きている僕たちにとっては、とても困惑することなんだよね。僕たちはそんな方法で奴らの望む姿にはなれないし、奴らにはすべての母が創り上げた物を壊すような権利なんて、元々持っていないんだから」
淡々と語るセイには、不思議な力がある。もっとも、それ単体では他者の手を握り、彼しか知り得ない『何か』を判別することしかできないらしい。
だが、彼はこの城に眠っていた古代の文献や神話などから様々なことを読み取り、一揃えのカードデッキを作った。彼にしか理解できない、特殊な文様とカードの意味。さらにはそれらを使った未来予知まで始めてしまった。
ソウルも知り合った当時は占いなど一切信じない性質で、セイに対してもどちらかといえば冷たい態度を取っていたのだが、ある時彼の一言から、セイの予知のみはほぼ完全に信じざるをえなくなってしまった。
彼の持つ力は、占術などではない。
何が彼にその力を与えたのかは分からない、けれど……セイの言葉は、事実の片側だ。物事をセイの見える側から見た、真実。遠からぬ未来の出来事なのだ。
「俺はその計画を知らない。どうして俺の周りで?」
「……仕方ないんだよ。君は罪人としてこの世界に堕ちて来たわけじゃないから、奴らは警戒してる。君がとても大切なことを知っていて、そして奴らの計画を壊そうとしてるんじゃないかって、思ってる」
「邪魔できるならまだしも、できない状態で警戒される俺は、一体、何……」
「相手は、君が邪魔できるか、できないか。それに気づいてないんだよ。今は諦めて我慢するしかないね。どっちにしたって君は、その計画の中心として関わる事になるんだ。奴らとしては知られた方が困る。そしてそれは、君に大きな不幸をもたらす。でもそれは君一人の不幸では終わらない。全てを巻き込んで、とても大きな何かが起こる」
軽く眉を顰めたソウルに、セイは淡い微笑みを浮かべ、続ける。
「君は、本当に重い運命を背負ってこの世界に生まれたんだよ。でも、それに立ち向かうだけの力……常人には有り得ない力も抱いて生まれてきてるはずだ。そして、君がその力や、大切なものをきちんと信じられるなら……そして、運命の変化を強く強く願ったなら……君の運命は変わる。何せ、君がここにいるのは、強く願った想いを叶えるためなんだから……」
「……あぁ」
それは、感じている。自分のどこかで。ひっそりと存在するその想い。
過去の気持ち。
「……あっ、そうだ忘れてた。一つ、君の運命を変えるためのヒントをあげる。変わった文献を発掘してね、それに載ってたヤツなんだけど。すっごい古くて、羊皮紙の劣化もすごいから、あんまり自信はないんだけど、でもとても詩的な感じで、僕は好きだよ」
「……いや、好きだよ、って、そういう問題なのか?」
笑顔でさらっと意味不明の台詞を付け足すことの多い彼は、いまひとつ先が読めない。
少し困惑して首を傾げたソウルに、やはり笑顔でさらっと否定の言葉。
「ん、大分違うけど。ちょっと待ってね、えーとどこにおいたかな……」
そう言って、彼は書き物机の上を掻き回す。がさがさという忙しない音に気づいたのか、本を覗いていた少女が顔を上げる。その拍子に、セイの手元から大量の埃が舞い上がった。ケレスが嫌な顔で手を止め、口元を覆う。
「蕁麻疹出る……」
「あ、それと、もうひとつ聞きたいことがあるんだ。知ってるかな? 歌、なんだけど」
「歌? ……どんなだ?」
「うーん……何て言うのかな、こう……御伽噺みたいなの。簡単に言うと……ってか、身も蓋もなく言うと『天界が閉じられてこの世界がなくなってどこかにいる対となる鍵の者たちが犠牲として死ぬか封じられて永遠に会えなくなってしまって、新しい世界が作り上げられる』っていう歌なんだけどね」
身も蓋もなさ過ぎる気がする。
「あ、知ってる。すごく、嫌な感じするの」
ケレスが、そっとメロディーを口にする。囁く音の響きは、やはり上滑りして、不吉な気配が付き纏う。
「何か関係あるのか?」
「うん……まだはっきりとした確証がないから、言い切れないけど……ある、と考えてる。関連付けるにはもう少し時間がかかりそうだけど」
「そうか……じゃあ、当分は様子見だな。奴らが本格的に動き出さなければ、こちらは何も動く手立てがない。身を守るのみだ」
「そうするしかないだろうね……ごめんね、今回はあんまり役に立てなくて。僕にも、急な動きだったから感じ取るのが遅くなっちゃったし」
苦い表情でうつむいたセイに、気にするな、と首を振ったソウルは、懲りずに再び積み上げた本に手を伸ばしているケレスに目を移す。自然と、表情が柔らかくなるのが、自分でも分かった。
「君、ホントに普通の男の顔するようになったね」
「……そうだな」
薄く微笑むソウルの表情に、見透かすような視線をケレスに移すと、セイは呟いた。
「忘れないで。君は……何よりも愛している彼女を、忘れず信じ、想い続けることが大事なんだ」
「忘れず、信じ、想い続けること……?」
「そう。忘れないで。絶対」
そうして、二人の会話は途切れた。
お互い去り際はあっけないもので、いつも話題が尽きたらそれで解散になる。会話が途切れたということが解散の合図で、ソウルはケレスを促した。
「帰るの?」
「あぁ。風呂、入りたいだろ?」
「うん」
即答したケレスに、思わず微笑んで。
「じゃあな」
「うん、またいつでも」
彼の言葉に軽く頷いて返し、ケレスを連れて部屋を出る。
彼の住処である閲覧室の隠し部屋を出れば、そこは本棚に囲まれた死角となっている。けれど、やはり日の光から確実に逃れることはできないため、この異空間から外界へと通じる扉を開くとき、そっと目を細めてしまうのは癖にあたるのだろうか。
だが、覚悟していた眩い光は目に差し込むことはなかった。穏やかな橙の色彩が柔らかく周囲を照らしている。
「……もう夕暮れ」
「一日って短ーい」
ケレスの間延びした言葉に、笑いが漏れた。
「確かに、そうだな。そんな長居したつもりはなかったんだが」
手にある封筒に目をやる。
「気になるんだったら、開けてみようよ。もったいぶる必要もないでしょ?」
ケレスが傍に並べてあったスツールを引き寄せた。
その目は好奇心できらきらと輝いている。別段急ぐ必要もないが、後回しにする理由もない。ケレスの向かいにスツールを引いて、それに腰掛ける。封を開けた。
「何て書いてあるの?」
ケレスが覗き込んだ手元には、彼からの『ヒント』がある。渡された薄い水色の封筒には、同色の便箋が一枚、そしてその便箋に、走り書きのように記された文章。

『   世界を支えるのは、風のいとし子。森に育てられた娘。
  風を、水を、木を大地を。自然のすべてを愛し、自然のすべてに愛される乙女。
  精霊に愛されて生まれた、定めの乙女。
  その身に新たな世界樹を宿し、慈しみ育むことが出来る唯一の存在。
    世界を変えるのは、焔の守り人。
  定めの乙女を愛し定めの乙女に愛される男。
  乙女に加護を与えられなかった、激しい焔の精に誰よりも強く愛された
  燃え盛る紅蓮のような男。
  彼だけが彼女を世界樹の定めから切り離し、再び乙女に還せる男。  』




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