Plumage Legend 〜二重の神話〜 第八章・鳴動
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 「そういうわけでトランクを用意してきた」
先程の告白など忘れてしまったような顔でそう言って、にっこりと笑ったミリルの姿を、ソウルは忘れない。
ライトに突然引き合わされた、生き別れになった双子の弟との対面。
普通の人間は泣いて喜ぶのかもしれないが、突然目の前に、自分と同じ顔がもうひとつ現れても、気味が悪いだけだ。産みの親など見つかるはずがないと思っていただけに、余計現実を受け入れられない。
彼はとん、と傍らにあるトランクを片手で叩くと、これからしばらくよろしく、そう言って、ぎこちないソウルとは反対の、鮮やかな笑みを見せた。
 「よ、よろしく……って?」
「いや、言葉通り。俺の紹介だって言えば泊めてくれるって、キース氏が。ケレスちゃん、スマル氏のところに案内してもらえるかな?」
「……泊めて……ってことは、ここに住み着く気なの?」
ケレスの放心した声で問われ、ミリルが間髪置かずに答える。
「まぁ、兄貴遊びの気が済むまでは」
やはり満面に笑みを浮かべたまま、ソウルの追及をのらりくらりとかわすミリルの姿。
ソウルにはとても、自分が彼と双子だとは思えなかった。
血縁上は双子だったとしても、これほどまでに違うものか。
だが、ソウルに出来るのは……腹の中で苦々しくそう呟いて、結局この屋敷に居つくこととなったミリルを、警戒することくらい、だった。


 ケレスは、ソウルを探していた。
探しているのはソウルであって、彼の双子の弟ではない。断じてない。
なのに、ここ最近、ケレスは大抵ミリルに引っかかっていた。
 「ソウルー」
上空から追いかけてくる影を感じながら、ケレスは庭を走る。
ソウルのいる場所は目星がついているのだが、その場には大抵ミリルもいるから油断出来ない。
しかも、ソウルの名前にソウルの声で返事があったからといって、それがソウルであるとは限らないのだから。
「自分の家の庭なのに、どうしてこんなに警戒しながら歩かなくちゃならないのかしら」
思わずそう独り言ちて、ケレスはエプロンドレスのポケットに大切にしまい込んだ一枚の紙を、ポケットの上からそっと撫でた。
「さぁ、ソウルを見つけなくちゃ」
気を取り直して周囲を見回すケレスの視界の片隅に、ふと、見慣れた金の髪が引っかかる。
あの淡い金の髪、あの均整の取れた長身は……。
「あれ……ソウル? さっき工房の方に行くって言ってたのに……」
そこは、ケレスが先程まで鳥の餌付けをしていた東屋だ。工房に用があるからと言っていたはずなのに、どうしてだろう。
もしかするとソウルではなくて、ミリルなのかもしれない。
ケレスはそっと息を潜めて、恐る恐るその背中に近づいた。
彼はケレスに気づかない。
立ち止まってわずかに思考し、小首をかしげ……覚悟を決める。
軽く助走をつけ、そのまま両手を突き出し、目の前にある体を力一杯突き倒した。
「ソウルっ!!」
「っだぁ!!」
油断しきっていたのだろうか、彼は短い悲鳴を上げて体をぐらりと大きく傾かせた。
平衡感覚を失い、倒れ込む寸前に、彼はどうにか姿勢を整える。
その姿をじっと見つめ、そして上空の影に変化がないことを確認し……そのまま、踵を返して、脱兎の如く逃げ出した。
「きゃー! ソウルじゃなかったー」
ケレスは、彼が態勢を整えればすぐにでもケレスを捕まえられると知っている。
けれど、彼はそれをしない。
彼がこの屋敷で寝食を共にするようになって、早五日。
性格だけなら彼の方が、ケレスの知る蒼い瞳の天使に似ているけれど。
本物は、彼ではない。
感情表現が乏しくとも、甘い言葉を囁かなくとも。
本物は、あの蒼い瞳を持つソウルだ。
ケレスが全てを許してもいいのは、たった一人。
「何しやがる! あ、ちくしょ、逃げられた!!」
ソウルと同じ声が、罵声を上げる。
それさえも何だかおかしくて、ケレスは懸命に庭を横切り、本物のソウルがいるはずの、細工用の工房に向かって走った。

 「ソウル!」
突然工房へと駆け込んできたケレスの息の荒さに、ソウルは驚いてはじかれたように立ち上がった。
「どうしたんだ、何があった」
「……あの……えっと……なんでも、ない」
ケレスが口ごもり、そのまま項垂れ、沈黙した。
その頬は心なしか赤い。
一体、何があったというのだろう。
「何でもない? いきなり駆け込んできて、か? 東屋で、鳥に餌、やってたんじゃなかったのか」
 ここへ来る途中、偶然庭を横切ったソウルは、薔薇園の東屋で、小鳥たちに餌を与えるケレスの姿を見た。定期的にそれを繰り返しているらしく、東屋に集った鳥の数は多かった。あの数の鳥たちに囲まれていたのだから、なかなか抜け出せなかったはずなのに、一体何に気づいて、ここまでやって来たのだろうか。
「えー、そのー……本題とは別のところでちょっと色々あったというか……それはもうおいといて」
ケレスが、軽く首を振ってひとつ呼吸をする。うん、とひとつ呟いた声と同時に、その顔が上がった。
「東屋で餌やってたのは事実なんだけど、途中で急に飛んでいっちゃうから、何が来たのかと思ったら、大きな鷲が降りて来て。私までびっくりしちゃった」
このセルヴィーナ帝国は、鷲を神の御使いとして大切にしている。
大きな山には大抵住んでいる鳥だが、その狩りは全面的に禁じられているほど、この国で大切にされている。
その、大きな鷲。
ケレスの態度も妙だが、今はその鷲の話が引っかかった。
それは、もしかして。
「おとなしい子なのね。こっちで待ってるわ」
ケレスはそう言って、先に立って工房から出て行った。
ソウルは、ケレスを追いかける。
「何かご神託でも授けられるのかと思ったんだけど、じっとこっち見てるだけで何の反応もなくって。よくよく観察してみたら、リファインド家の紋章らしき文様彫り込んだ、メダル付きの銀環を嵌めてて。神鳥をお使いに出すなんて、ソウルのお家はすごいわね」
工房から出れば、そこは裏庭だ。薔薇のアーチがかけられ、傍にベンチが据えられている。
そこに、それはいた。
「……マルス」
優美に羽を広げて身繕いをするのは、ソウルも見知った鷲だ。
「何でお前、こんなところに」
言ってはみたものの、それが無意味な問いかけだと、ソウルは知っている。
もともとこの鷲は、檻に入れて飼っているわけでも、リファインド家に常に居ついているわけでもない。ただ、ソウルが雛だったこの鷲を山で拾ってきて、世話をしてやったら懐いただけだ。だから銀環を嵌めてやって、そばにいるときに肉片を与えていただけ。
「……ぴぃ?」
「そんな図体で可愛らしく鳴くのはやめろ」
「鷲の鳴き声に文句言ってどうするのよ」
ケレスに素早く指摘されて、ソウルは二の句が告げず沈黙する。
確かに、仕方ないと言えばその通りなのだが……それでも、やはり見た目とのギャップが激しすぎる。
「……俺の、ささやかな想像力が拒絶するんだ。もう少しまともな鳴き声はないものか、と」
言ってみたところで、ソウルの主張が通用するはずもない。
ケレスにはあっさりと無視された。
「……それでね。足の銀環に伝文が括りつけられてるわ、その内容がソウル当てだわ、来ないわけにはいかなかったんだもの。……はい。お義父様から」
差し出された用紙を受け取ろうとした手が思わず止まる。顔を上げてケレスと目を見合わせ、ソウルは、読んだのか、と何気なく問いかけた。読まれて困るような手紙ではないと思うのだが。
案の定、ケレスはこくりと素直に頷いた。
「……読んだけど、そんなに変な内容じゃなかったわよ。そうねぇ……」
ケレスがわずかに思案顔を浮かべ、すぐににっこりと微笑む。
告げられた言葉は予想をはるかに超える内容。
「婚約の披露目をしたいからとりあえず本家まで来やがれ馬鹿息子……って書いてあったけど」
「なっ……!」
一瞬迷いの生じた手で紙を引ったくり、その文字を改めて確かめる。間違いなく義父の文字。さらにはご丁寧に、当主にのみ捺印が許される文様の印まで押されてあった。

『 前略
 とりあえず婚約おめでとう。
そういうわけで披露目をするのでこれから五日以内に本家まで来い。来なかったら一族の皆にあることないこと吹き込むつもりだから覚悟しろ。
 その際、ケレス嬢を必ずお誘いすること。
彼女の姿がない場合はお前の努力不足ということだろう。恥をかきたくなかったら是が非でも一緒に来てもらえ。
馬鹿息子でも親孝行の一つくらい出来るはずだ。
たまには息子らしく親でも喜ばせて見ろ。
  草々 』

 穴が開くほど見つめた紙をぐしゃりと握りつぶし、ソウルは息をつく。
「あの卑怯者……! ケレス、悪いんだが来てもらえるか。小父さんには俺から頼みに行く。だから、頼む。俺と一緒に、セルヴィーナの本邸へ、来てもらえるか?」
不安混じりに告げた誘いに、ケレスは、柔らかな笑顔で応じてくれた。




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