Plumage Legend 〜二重の神話〜 第八章・鳴動
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 「嘘っ?! どうして? どうしてそんないきなり……」
ケレスは己の発した悲鳴のような声に驚いたらしく、慌てて口を噤んだ。
突然突きつけられた現実に青い顔のケレスがふらりとよろけたのを、彼女の背後に立っていたソウルは支える。
「いきなり、ってわけでもないわよ? ずいぶん前からお誘いはかかってたもの。ケレスだって、知ってるでしょう?」
「知ってる、けど……だって姉さん、行く気なんてないって……」
ケレスが、戸惑いに言葉を濁し、彼女を見つめる。
それを見つめ返す彼女の視線は、とても柔らかい。
 何よりも大切にしていた従妹を、この街にひとり残していく。
今までのライトなら当然浮かべていただろう不安げな様子など、欠片も見当たらない。
ソウルには、理解できなかった。
もしこの告白が、つい先日のやり取りの結果だというのなら。
ソウルは、ますます理解できなかった。

 ライトがこの街を去り、王都の最高学府『青の塔』に入る。
ソウルもケレスも、それが本人の口から聞いた言葉でなければ、信じられなかっただろう。
だが現実に、普段の非常識ぶりなどすっかりなりを潜め、慎ましやかに微笑んでいるライトが、ソウルたちの前に腰掛けているのだ。
猫を被っていればその仕草はケレスにも勝るとも劣らない優雅さをもち、育ちのよさを悟らせる。静かにティーカップを持ち上げる指先は、白く細く、本当にこの手から様々な丸薬や香水が生み出されているのか、疑問を覚える。
とは言え……ソウルにとっては、ライトの突然の告白や、ライトが青の塔から何年もかけて求められる人材である現実よりも、ライトが令嬢であるという事実を証明する行為の数々の方が驚き、だった。
「正直ね、迷ってたの。私はケレスの傍にいたかった。ケレスを置いていくなんて、考えられなかった。でも……」
彼女は目をしならせ、ソウルに一瞬視線を移して、小首を傾げる。
「今、私よりもしっかり、ケレスを守ってくれる人がいるでしょう? だから、決めたの。キースさんも応援してくれてるわ」
「それ、って……」
ケレスの頬が、さっと朱に染まるのを、ソウルはどこか他人事のように思いながらぼんやりと見た。
――恥ずかしいから、言わないでください。
そう言って微笑んだ横顔が重なる。
抱き締めて口づけて、微笑み合った。
触れるそこかしこが柔らかく甘く……同じ生き物とは思えないほどに愛しかった。
それは過去の夢の欠片。遠く愛しい故郷に残してきた記憶。
……引き摺られる。過去の自分に。
「でね? 応援ついでに、ひとつお願いしたのよ、身元調査」
「……は?」
ケレスが目を瞬いて首を傾げるのを、ライトは嬉しそうに微笑んで見つめている。
「だから、この男の。だって婚約者なんだもの、ホントのホントにどこで生まれたとか、ちょっと知りたいでしょう?」
「それは、確かに知りたいけどっ……!」
でも、と躊躇う様子を見せるケレスから、ライトが視線をそらし、ソウルに焦点を当てた。
「ねぇ、知りたくない? 産みの親がどこにいるのか」
「……どうせ義父は知ってただろうし、俺は別に知っていようといまいと何も変わらない。リファインドのままだ」
義父のことだ、調べるなど造作もない。
第一、産みの親の存在があるからといって、孤児院の前に置き去りにされたソウルが帰る場所はないのだ。
ふふっ、と笑ったライトに、眉を顰める。
「そんなに言いたいのか」
「うん、言いたい」
「……なら、言えばいい」
ソウルは肩をすくめ、ライトを促した。止める必要もないだろう。ソウルも、知りたくないわけではないから。
「インセル=シティの領主館。あんたの生まれはそこ」
「……は?」
あっけなく告げられたその言葉に、ソウルは思わず間抜けな声を上げてしまった。
「インセル=シティ……って」
「この国の一番北の都市ね。あんたはそこの双子の兄」
「……双子?」
「そう、双子。だって確認したもの、小憎らしいくらいにあんたとそっくりの顔した跡取り息子を」
何でもないことのように笑いながらそう言えるライトの神経を疑っても、文句は言われないだろう。
よりによって、領主の息子とは。
「……でも、ちょっと納得かなぁ。そういう貴族的な顔立ちだもん、ソウルって」
ケレスまで納得したように軽く頷いている。
……頭を抱えたくなった。
「うん、それで、私からの婚約のお祝いにね?」
「お祝い、に……?」
嫌な予感がひしひしと伝わってくる。あぁ、これはまずい。
底抜けにまずい状況ではないか。
「その弟連れて来た」
「……連れて来たぁ?!」
にっこりと笑って、ライトが立ち上がる。
「ほら、入ってらっしゃいよー」
そう言って、応接間の扉を開けて。
一人の男を、招きいれた。
「じゃ、私はこれで。また出立の前に挨拶に来るからねー」
にこにこ笑って、そう言ったライトは……男と入れ違いに、応接間から出て行った。

 あまりのことに、言葉を忘れてしまうほどだった。
応接間に入ってきた淡い金髪の男が、ゆっくりと、顔を上げる。
目、鼻筋、唇。まるで、鏡を見ているようだった。
髪の長さが違う、服が違う、表情が違う……ただそれだけ。
「…………気持ち悪いな」
「あ、気持ち悪いとは心外だな。双子なんだから、当たり前だろう、そっくりなのは」
さらりと聞き流してしまいそうになるほど、あっさり告げられた言葉。
実際、ソウルは聞き流してしまうところだった。
ケレスが、小首を傾げて復唱するまでは。
「……双子」
「あぁ、双子。証拠もあるぞ、ほれ」
ごそごそと上着のポケットを探って、出てきたのは、見慣れた懐中時計。
銀細工の、それは。
「生まれたのは、帝国暦139年、灰色鷹の月。日は17日。あんたのフルネームは、ソウル=インセル=メトロフィーム……インセル=シティの領主の息子で、俺と一緒に生まれた双子の片割れだ。あんたが兄貴になる。この懐中時計は、俺たちのために対で特別にあつらえたもの」
そろりと懐中時計の表面を撫でて、彼はソウルに向き直った。
「俺の名は、ミリル=インセル=フィルメント。あんたがここにいるってキース氏とライト嬢から聞いて、インセル=シティの領主になる気があるかどうか、確認しに来た」
「は? ……領主になる気?」
「そりゃそうだろ。誰だって平民よりは領主になりたいに決まってる」
何の疑いもなく、彼は手を腰に添えて胸を張った。
あの人は……と、ソウルは脱力する。そうだ、キースはそんな人だった。
 ライトの婚約者の、キース=ダルフォーテ。
ライトに負けず劣らずの策士だ。何もかもを黙って……特に当人に大きな影響が出そうなことは、絶対に喋らない。
そして、何か起こったときにようやく楽しげな表情を浮かべてやってくるのだ、どうだった?と悪びれもせずに。
こんどあったらどうにかしてやり込めてやろう、と、ソウルはひそかに己に誓った。
「何だよー、俺の顔、そんなにいい? っつっても、兄貴とおんなじ顔だけどな」
彼の言う通り、今目の前にある顔は、己とあまりにも似通っていて、その表情がくるくると変わる様を見ているのは気味が悪い。
「俺と同じ顔で照れるな、気味が悪い」
「兄貴こそ俺と同じ顔で仏頂面なんて、勿体ねーよ?」
間髪おかず返された言葉に、ソウルはますます眉を顰めた。
「……違う」
「え?」
ケレスが、ぽつりと呟いた。
「目の色が、違う。ソウルの蒼と、その人の青じゃ。全然、違うわ」
「ケレス……?」
「ソウルは、ソウルだもの。私、分かるんだから」
そう言って、ケレスがむぅっと頬を膨らませて、緊張した面持ちで彼を睨みつける。
「私、あなたのこと、嫌い」
「ケレス」
出会い頭に、ケレスが。
こんな態度をとる姿は、初めて見た。
呆然と見つめる最中に、ケレスがそっと、ソウルの袖を掴んでくる。
「……いいな、こういうの」
ふふ、と漏れた笑い声に、ケレスに向けていた視線を上げた。
そこには、笑みを浮かべる自分の姿がある。
「俺、あんたに惚れたかも」
自分とまったく同じ姿形をした人間が、ケレスに愛の言葉を囁くのを。
ソウルは、ただ見つめることしか……できなかった。




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