finale
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 「私、女王はやめません!!……でも、結婚もしません!だって、お父様の最後の言葉、『好きに生きるといい』……って。私、女王という仕事、好きなんですもの!溢れるような書類の山と毎日格闘して、毎日日課みたいに喧嘩する双璧がいて、それを報告してくれる城の皆がいて、皆でとる3時のお茶の時間があって、そして……眠りについて、また、朝に目覚めることができる。ただそれだけで、十分幸せなんです!楽しいんです!」

絹の花びらが咲き零れるように、華やかに、しなやかに。
溢れるほど湛えられた微笑みは、彼女の心からの喜びを十分表現している。
 彼女は、心から願っているのだ。
両親を亡くした後から、ずっと愛し、育んできたこの国と共にあることを。
願わくば、今と同じ毎日が続くようにと。
「私は、女王の座に縛られているわけではありません。女王の座に、腰掛けているのです。私の目を信じてくださったお父様のためにも、私は、国を差し上げられる方が見つかれば、その人に、笑って後をお任せいたします。だって、もしもそのときが来たとすれば、その人は私と同じように……いいえ、私よりもずっと国を良くしてくれるのだと信じられる人なのですから!」
ゆっくり、ゆっくりと、次の日を告げる鐘が鳴る。
荘厳に、そして、新しい彼女の一年を祝福するかのように。
彼女は、ただ緩やかに微笑んで、グライジーン老を手厚く労い、宴は、静かに幕を閉じた。


 「……リーザ様、思い切ったよな」
呆然とその夜を明かした双璧は、テラスで二人、薄明るい空を眺めていた。
そこに辿りついたのは二人とも偶然だったが、すでにそのときには喧嘩をするような気力さえも失われて、まさにそれは抜け殻だった。
国への愛情、民への愛情、すべてを抱き締めて、彼女は今のままでありたいと言うのだ。
それが民にとって、彼女を支えてきた者にとって、どれほど大きな感動をもたらすか、彼女は知らない。
揺れ動く気持ちに区切りがつかず、犬猿の仲であるにも関わらず、彼らはこんな場所でくすぶっていることしか出来なかった。
「いいと思うけど。俺は。……リィに恋を教えれば、俺でもリィを自分のものに出来るってことだから」
ぽろりとこぼされたクラウンの言葉を、レイジスは徹夜の頭で聞き流しかけ、頭をすり抜けようとしたそれの端を、かろうじてつかみ取った。
「……何だって?」
あれは、聞き流していい言葉ではなかった。
リーザ様を、自分のものに?
ぼんやりと薄靄がかかった頭の中が、一気に晴れ渡る。
「リーザ様に恋を教えれば、リーザ様を自分のものに出来るだと?!」
「……だって、そうだろう。リィは、好きな相手が見つかれば、いつでも女王から国王代理になれる。国王代理ってことは、いずれ国を誰かに譲るってことだ。後は、リィが国をやれる相手を見つければ、完璧だ。国とは無関係のリィなら、俺でも共に歩める。そういうことだ」
にやり、と笑って見せるクラウンの表情が、今だかつてこれほどまでに憎らしく見えたことはなかった。
聞いているうちに、沸騰直前まで煮え立った頭になったレイジスは、我知らず、剣を抜いた。
「お前っ、そんなよこしまな理由で、あのご老人を見つけてきたのか!!」
真横で獲物を振り回されてはたまらない。クラウンはすっと彼から身を遠ざけ、大理石の手すりにふわりと腰掛ける。
「心外だ。俺は、リィに関することで、利益を考えながら行動したりしない。……リィには、知っておいて欲しいから」

 そっと、空へ目をやる。懐かしいことを思い出した。
彼女の父が遺した言葉を、当時はまだ初老に差しかかったくらいの外見だった彼まで運んだのは、ほかならぬクラウンだったのだから。
それをクラウンに預けて、最後まで笑いながら、かの王は、あの子を自由にしてやっておくれと、そう言ったのだ。
暗かった空が、次第に紫の光を帯びる。
夜明けは、近い。

「あ、こんな所にいた!!行きましょ!クラウン、レイジスも!」
何の予兆もなく、いきなり飛び出してきたリーザリオンの姿に、双璧はただ目を丸くするしかなかった。
驚き過ぎて、何も言葉が出なかったのだ。
彼女は疲れて眠っているのだと思っていたし、まさか自分たちをこんなところまで探しに来るなど、誰が思うだろう。
そんな二人の手をつかんで、彼女は走り出した。
縺れそうな足を立てなおし、彼らは彼女の勢いにつられて走る。
「なんでこいつまで連れてくんだ?!」
「それはこっちの科白だ阿呆魔術師!」
「んだとっ、世界で5本の指に入る知識量と頭脳を持つ俺を、阿呆魔術師だと?よくそんなことが言えたもんだな、体力だけが取り柄のくせに!!」
「体力だけでも取り柄がひとつあれば十分立派だと思うぞ?俺は」
「喧しい!それはまた別の話だ!」
自分の後ろを追いかけて並んで走る二人は、相変わらず口が減らない。
それでも、今は嬉しかった。
「二人とも!」
駆け抜けて、目的の場所に辿り着き、少女は乱れた息のまま、二人を振り向いて笑う。
「これからも、よろしくお願いします!」
そこは、2つの石板の並ぶ丘。
吹きすさぶ風をもろともせず、満面の笑みで、少女が頭を下げる。
唸りを上げるその音に負けない、元気な声。

 愛しい少女に、二人は笑顔で答える。
『もちろん……我らの女王陛下』

 そっと地平から滲んだ目映い光が、王都を少しずつ照らし上げる。
さっと雲が晴れ、眩しい朝の陽射しが、丘の上を撫でて行く。
なびく黒髪をそっと払いながら、女王はゆっくりと、振り向いた。


 朝が、やって来る。
昨日までとは違う朝だ。

女王であるひとりの女性が、自由になった日。
そして……かの二人の男に、かすかな望みが生まれた日。


 新たな日常が始まる。




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女王と騎士と魔術師と。