騎士と、女王と魔術師の秘密
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 「クラウン。ついて来て欲しいの」
女王の一言、たったそれだけで、双璧の表情は一変した。
騎士の目はまるで鬼でも殺せそうな鋭さを帯び、魔術師の視線は、蕩けるほどに甘い。
一瞥するだけで嫌というほど分かるこの態度の違いに、女王は、まったくの無反応だった。
「行く場所は、分かるでしょう?」
可愛らしく首を傾げ、その手に大輪の百合の花束を必死で抱え、絹のような黒髪が解け込んで見えるほどの深い漆黒の衣装を纏って、女王はそこにいる。
普段のふわふわと舞う綿毛のような日溜りの温かさはなく、ほんのりと冷えた、木陰の地面のような。
静かに凪いだその瞳が、真っ直ぐにクラウンの視線を受ける。
「あぁ。……もう、準備はできてるんだろう?」
「えぇ。……邪魔してごめんなさいね、レイジス。すぐに返すから」
「いえ、いりませんから」
リーザリオンの言葉に、必死で引きつる顔を笑みに変えたレイジスは、行ってらっしゃい、と手を振る。
「こっちから願い下げだ」
ふんっ、と銀の髪をふわりと浮かせて顔を背けたクラウンが、そっとリーザリオンの肩を押す。
「それじゃ、お願いね」
笑った女王の体を、その両腕で包み込んで。
騎士が嫉妬したくなるほど、仲睦まじく二人は風に解けた。

 ひょうと、風が吹いた。
それに紛れて、クラウンとリーザリオンが、滲み出るように姿を現す。
艶光る黒髪が強い風に煽られ、銀糸の舞う様も交えて、王都全体を見渡せる高い丘の上の二人は、まさに絵画。
抱かれた白百合が、風に揺さ振られて、大きな雄蕊をひとつ、鮮やかな橙の花粉と共に空に散らした。

 床に寝かされた石板が、深く浅く文字を刻んでいる。
まるで対をなすように、並んだ2枚の石板は、同じ日付を刻んでいる。
女王は石板の前に、そっと長いドレスの裾を抑えて膝をつく。
大きな百合の花束は、2つの石板の間に。
ゆっくりと指を組んで胸の前で握り、今にも泣き出してしまいそうな目を閉じた。
「……お父様、お母様。リーザリオンは……リィは。元気ですわ。また、4つの季節が過ぎました。大きな病気も怪我もなく、こうして無事に過ごしています。……双璧と呼ばれる、クラウンとレイジスのおかげです。どうか、これからも、この国のすべてが見渡せる場所で、安らかに眠り……私の治世を、見守っていてくださいね」
囁く女王の……一人の娘の言葉は深く、同時に重かった。
あまりに幼い頃から、国の重圧を一身に背負ってきた彼女の、確かな心の支えが、この行為だった。

 今日は、大切な日。

 ……彼女が、最も愛すべき両親を失い、色々なものが終わり、そして始まった日。
それを遠くで眺めているしかなかったクラウンは、彼女をこの場所へ運び、その小さな背中を、ただ見守るだけ。
 それ以上彼女の聖域であるこの場所と行為に、踏み込むことは許されない。


 長いようで短いその儀式は、ただ静かに、淡々と終わる。
「……ごめんなさい!いつもありがとう。もう、大丈夫よ!これからも、頑張れるわ」
そう言って立ち上がったリーザリオンに、クラウンは淡く微笑んで、手を差し出す。
「それじゃあ……帰ろうか。きっとレイジスが、胃をきりきりさせながら待ってる」
あの思い込みの激しい騎士は、きっと勘違いしているだろう。
自分と彼女は、そんな関係ではないのだから。……それを彼女に求めても、思わしい返事は帰って来ないのだ。
一般市民がそういったギルドの規律を知らないことは、魔術師の中では常識だが、王宮つきの騎士総代が……自分と並び双璧とも呼ばれる男が、細かい事情に馬鹿がつくほど疎いことなど、誰も想像するはずがない。
どちらにしろ、自分が選ばれる可能性はないのだが、大切なこの少女をあの男にみすみす奪われるのも心の底から悔しいから。
命を賭けても、邪魔するつもりだ。……ただこれは、自分の胸にだけ秘めておくことだが。
 大人しく、差し出された手を取った少女は、何一つ知らない訝しげな表情でクラウンに問いかける。
「どうして、レイジスが胃をきりきりさせながら待ってるの?……あ、やっぱり、会議の途中で強引にこんなこと頼んだからかしら?!」
あぁ、ちゃんと謝らなくちゃ!と焦る表情が、ようやく幼さを取り戻して、彼を安堵させたことは知らないだろう。
 小さく笑った魔術師は、再び風に解け、ある感情を探して真っ直ぐに飛ぶ。

烈火の如く怒り狂った、自分より年上の幼稚な騎士の感情を目指して。


 そのとき、怒りを露にして部屋をうろうろと歩きまわっていた騎士の前に、突然突風が吹いた。驚く彼の前、ふわりと姿を現した二人の姿に……いや、女王の肩を当然の如く抱く魔術師、優越感を露にした表情に。
 騎士は、数え切れないほど繰り返してきた、しかもパターン化している日常茶飯事の引き金行為……言いがかり、もとい啖呵を切る。
「クラウン!!お前なぁ、一体どれだけ俺をからかえば……!」
「……歳をとると怒りっぽくなるのかな、リィ」
何の悪気もなさそうな顔でリーザリオンに首を傾げるクラウンにレイジスは、ふぅっと頭へ血が上っていく気がした。
「……言いたいことはそれだけか?若造魔術師」
「憎まれ口はそんなもんか、老年騎士」
間に挟まれた女王の顔がうつむいていることに、彼らはまだ気づいていない。
「……今日という今日は、年上に対する言葉の使い方を教えてやるべきだと確信したぞクラウン!!」
「この世界は実力がすべてだ。頂点に立っているのが俺ならば、年上だろうと年下だろうと関係ない。それが、魔術師の世界だ」
「それとこれとを一緒にするな――っ!!」
「あぁ、年齢を傘にきるなんて、落ちぶれたな、双璧の名ももう崩れるだろうか?」
「それはこっちの科白だ、礼儀知らずめ!」
犬猿の仲、とはまさにこのことなのだろう。
端で見ている分には騒々しい程度で済んでも、間に挟まれ、しかも魔術師に肩を抱かれたままでは、逃げようにも逃げられない。
我慢に我慢を重ねてはみたが、そのまま堪えるには、まだ女王は若かった。
「……いい加減になさい!!アナタたちは限度というものを知らないの?!少しは反省しなさい!!」

 女王の鉄鎚は、例え双璧であろうとも、崩すことはできないらしい。




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女王と騎士と魔術師と。