甦る、女王と騎士と魔術師の日常。
<< text index story top >>



 「り、リーザ様ッ?!こ、こんなところまでわざわざ、何かっ?!」
 こんこん、という軽いノックの音と同時に、ドアのかすかな隙間から滑り込んできたのは、黒い髪をさらりとなびかせた、女王。
 にこりと微笑むその笑顔を見て、慌ててベッドから起き上がり、見苦しく乱れた金の髪を手櫛で直しながら、剣を持たない騎士は寝床から降りようと身を捻る。
「やだ、いいのよ、寝てて!倒れた人がそんな気を使わなくていいのよ!ごめんなさいねレイジス、どう謝ればいいのか……本当に今まで、ありがとう。でもね、もう大丈夫よ。クラウン、帰ってきたんだから!」
心から嬉しそうな彼女の言葉に、レイジスはぴたりと固まった。
ごめんなさいね、今まで、ありがとう……なんだか、別れを切り出す恋人のような科白だ。
……もう大丈夫、というのは要するに、あのいけ好かない魔術師が帰って来たから自分がいなくても平気だ、という意味なのだろうか?
ただでさえ疲労で働かない頭が、どんどんと思考を負の向きへ変える。
過労で倒れたという時点で、陥没しそうなほど埋もれた自我は、すでに壊れていしまいそうだ。ぎしぎしと悲鳴を上げている。
「リーザ様、あの、それは……」
そんな、レイジスの半泣きの声も聞こえない元気さで、リーザリオンは華やぐような笑みを彼に向けた。
「レイジス、しばらくお休みを取ってね。ちゃんと身体を休ませてあげて、それからじゃないと、お仕事させないんだから。……あら?ちょっと、クラウン?」
その一言がレイジスを撃沈したことも露知らず、少女はぱっと振り返って……しかしそこに、あるはずの姿がない。
少女は可愛らしく小首を傾げて、どうしたのかしら、と扉へ近寄る。
「クラウン?……やだ、何そんなところで不貞腐れてるのよ?何かあったの?」
「……別に」
半開きにして、外の様子をのぞいていた少女を押しのけて、黒と白の男が部屋へ押し入った。
驚いて、レイジスは寝台の上ながら身構える。
「まったく、あれくらいの仕事もこなせないで過労とは、いいご身分だな?」
聞こえる声は、聞き慣れた喧嘩相手のものだが、彼の纏う服装は普段とはまったく違い、漆黒。どうやら、髪の銀を白と見間違えたらしい。
ただ衣装を変えるだけで、驚くほど雰囲気を変える彼に、騎士は躊躇ったが……どちらにしても、警戒の必要な相手だ。
「……リーザ様から戴いた服はどうしたんだ?」
「つまらん仕事をしにいくために、あんな大切なものを着て行けるか。お前とやりあうより汚してしまうに決まってるからな……それに、仕事の後すぐにここへ来てやったんだ。リィから、お前に休暇を取るように説得してくれと頼まれた」
相手がいつものように自分の少し上にいるわけではなく、ベッドの住人だということを逆手に、クラウンはふふんと鼻で笑ってやる。
そんな大人気ない彼の姿に、レイジスはいつも自分がしている仕草がどれほど人を煽るのかを、身を持って確認した。沈んでいた気分が体によくない方法で上昇する。
青白かった顔色が、普段通りの血気盛んな若者らしい色に。
血の巡りがよくなったことで、身体も幾分か軽くなった彼に、リーザリオンが不安げに囁く。
「レイジス、興奮しちゃ駄目よ。クラウンもそうやって、きっかけを作らないでちょうだい。相手は病人なのよ?」
「リーザ様、お気になさらず。こんな陰険魔術師を野放しにしていては、俺の騎士としての名が廃ります。しばらく横になっていたら、大分気分が良くなりましたから、もう、大丈夫です」
にっこり笑って寝台に上半身を起こした彼の姿は、確かに顔色も明るく、普段と大差ない様子に見えるが……。
「でも、そんな……」
「リィ、そんなことを言う奴はこき使ってやればいいんだ。それで、またぶっ倒れて醜態を晒せばいい。だいたい、身体が資本の騎士が過労で倒れた時点で、十分恥だろ。そんな不完全な身体で汚名返上どころか……」
小馬鹿にした笑みを浮かべたまま、ふぅ、と含むところのありそうな吐息を漏らしたクラウンが、にやり、と、それを人の悪い笑みへ変える。
「まったく、それで双璧の名を語られるなど、俺も恥ずかしいな」
ぶちんっ、と、糸束を引き千切るような音が、聞こえたような気がした。
「んだとぉっ?!」
「あぁ、図星を指されて怒るなんて、子供のやることだ。情けない」
「だいたいお前がリーザ様のそばを離れて1期も行方をくらましてたからいけないんだ!!リーザ様がその間、どれだけお前のこと心配してらっしゃったか!少しは反省の意を持ってだなぁ!」
「……その女王をほっといて先にぶっ倒れたのはどこのどいつだか」
「それは金輪際言うなぁっ!!」
「ははは、やっぱり図星を刺されて怒る子供だ。俺よりいくつ年上だと思ってるんだ?」
「んなの1・2歳に決まって……」
「俺は今20だぞ?」

 ……聞いた言葉が、数字にならなかった。
額に伝った汗もそのままに、それをかろうじて変換し、自分の年齢と差し引きして見る。
「……嘘だ――っ!!フケ顔魔術師め!!」
ふるふると体を震わせ、騎士は力一杯振りかぶった腕をびしぃっ、と魔術師につきつけてやる。目は怯えに潤んで、上半身はどこか引き気味だ。
「んだとこの老衰騎士!!見た目はともかく、俺は若いんだ俺よりも5つも年上の年寄りとは格が違うぞ!!」
そんな騎士の姿にさらに腹を立て、魔術師は『若さ』を盾に騎士と正面衝突の姿勢だ。

 そして、女王は。

ひどく温かい目をして、二人を見つめていた。
……彼らの罵詈雑言の嵐に紛れて、お茶の準備を頼んでから、だが。




<< text index story top >>
女王と騎士と魔術師と。