騎士と、女王と魔術師の日常の変化。
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 女王が激務に、慣れるほど時が過ぎた頃だった。
「リーザ様ッ!!総代が……筆頭がッ!!」
疲労で倒れたとの、訃報。
「……命に別状は、ないのですね?」
「はい……医師の診断も、過労だと。……筆頭は、連絡しないでいい、と申し上げておりましたが、やはりお耳に入れた方がよろしいかと、私の一存です」
心中は、嵐のようだった。けれど、それを見せられない。見せられる相手は、今ここにいない……極めて冷静な様を装って、報告に来た彼の従者に微笑みかける。
「……ありがとうございます。私も、仕事が一区切りついたら、お見舞いに参ります。その時に、休暇のお話でも切り出してみるわね。レイジスは、無理を押す人だから……」
クラウンがいなくなった穴を埋めようと。必死になって、自分を支えてくれる。
その気持ちが嬉しく、反面、申し訳なかった。
自分が力不足なせいで……彼をこんな目に合わせてしまったのだ。いくら謝っても、償い切れない。

 唐突な来客が部屋を退出すると同時に、リーザリオンはその場にしゃがみ込んだ。
「……どうしよう……どうしよう、どうすればいいの……」
頭の中で、糸が縺れて解けない。
綺麗に解きたいのに、暴れ出しそうな思考が『すべて引き千切ってしまえ』と甘く囁く。
頭を抱え込んで、必死に悪い意識を振り払う。
呪文のように、その言葉を紡ぐ。
繰り返す。

 まるで狂ってしまったように動き続けるその唇が、ぱたりと止まった。

 小さくなっていた少女の体が宙に浮き、その唇がふさがれ。
「……呼べと、言っただろう。こんなに軽くなるまで、どうして呼ばなかった。俺は、そんなに必要ないのか?」
どうなんだ、と問い詰める口調も、ただただ優しい銀と赤の魔術師に、女王は涙で答えることしかできなかった。
「……だって」
「ん?」
「……クラウンがいないと、何も出来ないだなんて。それじゃあ、駄目よ。そうでしょう?あなたは、ここで生きることは出来ない。ずっとこのままは、無理でしょう……?」
あなたがいなくても大丈夫だって。
それを、確かめたかったの、と、ほろほろ大粒の涙をこぼす少女に、抱いた腕が、震える。
真実であるから、余計に、痛い。
「リィ。約束しただろう。俺は、約束はちゃんと守るよ。俺の名前が呼べるだろう。お前は、俺と繋がってるんだ。……それとも、もう俺は要らない?」
強引に搾り出した微笑みと共に、囁く。
彼女は、びくん、と肩を震わせて、ふるふると首を振る。
「違う……要らなくない!」
「なら、そばにいさせろ。俺はお前の、この世界に残った……たった一人の血族なんだから」

 しゃくりあげていた少女の声が、止まった。

ゆっくりと顔を上げる。
涙に濡れたその瞳が、何の感情も宿さずクラウンを見つめる。
きゅっと、唇を噛み締めた少女は、女王の意志を持って、そこに現れた。

「魔術師クラウン……クルツ=ライド・ウルフィン・レイン。遠き血族の者よ。二度とその事を口にしてはなりません」
 抱かれた体を突き放して、女王は拘束を逃れ自らしっかりと立つ。
普段は温和な彼女の、一体どこから鋭い気迫がやって来たのか、クラウンには知る由も無かった。

  クラウン。
 それは、愛しい少女を守るために、持てる力を最大限に生かすために、国を、家族を、真名でさえも捨てた、少年の名。
過去を知るすべてを捨て、彼女のために力を振るうと誓った者。
そして、それ故に彼女を最も近い位置で愛する術を失った者。

「クラウン。……レイジスのお見舞いに行くの。一緒に行かない?あなたがあんなにたくさんの仕事一人でこなしてたなんて、知らなかったわ。半分こで私と一緒に頑張ってたんだけど、レイジス、過労で倒れちゃったのよ。意地でも休暇を取らせるんだから、ちゃんと説得してね?」
ふんわりと、女王は少女に姿を変え、彼の腕を取る。
先程までの場の緊張は嘘のように消え、彼女の態度は、今までと変わらない。
ただ違うのは、彼女が、魔術師に姿を変えた彼を、二度と『ライ』とは呼ばないのだろうという事だけ。

 距離が遠のく。
それでも、彼はそこを、離れられなかった。
女王と魔術師の、揺れ動く距離が定まった、瞬間だった。

 少女は、女王として、変わらず魔術師と共に、倒れた騎士の元へと歩き出した。




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女王と騎士と魔術師と。