途切れた、女王と騎士と魔術師の日常。
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 彼らの平穏は、突然破られた。

 「っだー!マジでもう許さねぇッ!!のらりくらりとかわしやがって!!陛下のこと、お前は一体どう思ってるんだ!!はっきりしやがれ!」
 たまたま食堂で鉢合わせした双璧は、相変わらずほんの少し会話しただけで喧嘩になるらしい。たとえその内容がとんでもなくプライベートな話題であって、さらにその話になると周囲に及ぶ被害が尋常ではなくなったりしようと、当人たちは何の問題もない。ただ、毎回毎回とばっちりを食う周りの人間にも気を配って欲しい、と昼食中だった士官や騎士たちは半泣きだ。
とは言っても、桁外れの実力を持つ双璧に盾突く馬鹿がいるはずもなく、彼らはすごすごとトレイを持って遠くのテーブルへ避難する。遠巻きに、一体いつ二人が爆発するのだろう、と怯えながら様子を窺う様は、さながら、鷹に狙われる子ウサギのよう。
 先に席に着いて、洗練された上品な仕草でトマトの冷製パスタを食していた青年の手が、止まる。食器を皿に預けた彼の銀の髪が、ふわっ、と風にそよぐように浮かび上がった。
「……許されなくても結構。いい加減、頭で考えて行動したらどうだ。感情の赴くままに行動するから、そうやって支離滅裂な結果に……」
「いつなったって言うんだよ?!この間だって、あんたはあんな……あんなッ……」
綺麗な笑顔で笑えるくせに。
 それを言葉にするのがひどく悔しくて、難しくて。空気を求めるように、唇が喘ぐ。
ちらりと目線をレイジスにやった魔術師は、ふっと笑って再びフォークを手に取る。
「言葉に詰まることは、何より行き当たりばったりの証拠だろう。まったく、どうしようもない子供じゃないか。そんなだから俺は、まだかえ……っ」
「そんなだからだとッ?!馬鹿にしやがって!」
今にもクラウンに掴みかかりそうな準備万端戦闘体勢のレイジスは、美麗な眉を顰め、行儀悪く舌打ちした彼に気づかなかった。
ちなみに、彼の本日の昼食は、その体格に見合った大量のパンとサラダ、特大のハンバーグ。それらを載せたトレイは、連れ立ってやって来た友人に渡されて、現在避難の真っ最中である。
「……レイジス」
さっと立ち上がったクラウンに、今にも噛みつこうとするレイジスは、ぎしりと拳を握る。
「何だよっ!決闘なら受けて」
「こっちから願い下げだ。悪いが、急用なものでな。リィには、ギルド関係だと伝えてくれ……じゃ」
興奮して啖呵を切るレイジスの言葉を遮ったクラウンは、そのまま斬って捨てて踏みつける勢いで、すらすらと単語を並べ立てると、一方的に会話を打ち切ってふわりと風を呼び消えた。
 そして、残された彼は、いつ見ても不思議な『魔術』の存在に、それを見せた相手がクラウンだという事も忘れ、羨ましいくらい綺麗だなぁ、と余韻に金の髪を揺らされながらぼんやり思った。


  【リィ】
密やかな闇に紛れてふわりと額の髪をくすぐった風に、リーザリオンはうっとりと目を開けた。
微かなそよぎは、クラウンに似ている。
物静かで、落ち着きがあって、それでいて、暖かい。
「なぁに……?私を呼ぶのは、誰?」
静かに体を起こす。寝台の上のシーツに、黒髪の糸がぱらぱらと零れ落ちる。そのまま、白い波に黒い闇の染みを作り上げた。
【リィ……】
「……ライ?」
【あぁ。ちょっと、まずいことになった】
「……まずい、こと?」
【ギルドからの要請でな。しばらく帰れそうもない。けど、必ず帰るから。お前のところに、ちゃんと帰るから。レイジスと一緒に、待ってられるよな?リィ?】
俺の帰るところは、お前のところだけだから、他にはもう何も残っていないから……と風に呼ばれて姿を現したのは、普段の祭司服ではなく、真っ黒な、少女の髪の如き闇色の上下を纏ったクラウンだった。
音もなく、少女には広過ぎるベッドへ降り立ち、まだ夢現をさ迷う、焦点の定まらない黒曜石色の瞳を、強引に自分に向けさせる。
――この目に焼き付けてやりたい。自分の醜い欲望も願いも。
 つまらない、見せられない感情の波をやり過ごして、徐々にこちらの視線に応えるようになってきたリーザリオンに、彼はそっと、親子が交わすような口づけをする。
【逢いたくなったら、俺を呼べ?ちゃんと、名前を呼ぶんだぞ?あっちでは、制約受けてないからな。何があっても飛んで行ける。国よりも世界よりも、俺にはお前が大切なんだから……】
「ライ……絶対よ?早く、帰って来てね……」
ふわりと、月光の降るような、柔らかな微笑み。艶やかな視線。
彼女からの口づけが頬に返ってくると、クラウンは再び風に溶けた。


 そうして、かの国から銀と赤の魔術師が姿を消した。

残された女王と騎士の仕事は、格段に増えた。
一度二人で増えた仕事の量を数え合わせてみたが、恐ろしい結果になりそうだったため、途中で中断した。
何せ、半分も数えない内に女王と騎士の仕事を軽く超えてしまったのだから。
このままでは、笑えない。冗談にもならない。
二人にできることは、ただあの優秀過ぎる魔術師が一刻も早く帰ってくるのを祈るだけだった。
「だッ……大丈夫です!!しばらく頑張れば、慣れますよ、俺も頑張りますから、リーザ様も頑張りましょう!」
少女に、精一杯の彼なりの優しさで励ます拙い言葉が、嬉しかった。
リーザリオンが笑顔を向ければ、彼からも最高の笑顔が返って来る。
「そうね……頑張らなくちゃ、ね」

 彼に今まで何でも頼り過ぎていたのだ。
いくら過去の縛めがあっても、彼には彼の立場がある。
……魔術師は、国が所有していいものではないのだから。
いくら双璧としてこの国で崇拝されようとも、彼は決して国に落ち着くことはない。

 魔術師が消えた後も、残された女王と騎士は、変わらず国を護り続けた。

 彼が不在であるという、大きな不安要素を抱えたまま。


  季節は、過ぎる。




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女王と騎士と魔術師と。