微妙な関係の、女王と騎士と魔術師。
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 女王と騎士と魔術師に、休日はない。
しかし、安らぎは、そこここに転がっているものだ。

「はー……生き返るー……」
ふんわりと、綿帽子のように柔らかな微笑みを浮かべて、マイカップを両手で支えるリーザリオンに、銀のティーポットを手にしたクラウンは、布巾で注ぎ口を支えながらそれをワゴンへと戻す。視線だけを向けて、一言。
「感謝しろよ、リィ」
「……あんたは押しつけがましいんだ、リーザ様の気持ちというものも考えて」
あまり好ましくないその仕草さえ、異常な上品さを感じさせるクラウンを不機嫌な表情で見つめるのは、ちゃっかりリーザリオンの隣りに陣取ったレイジスだ。彼も、女王の執務室に常備してある来客用のカップ……彼が持つと、それはそれは可愛らしい大きさに見える……を持っている。
「いいのよ、レイジス。クラウンは、そういう風にしか照れ隠しできない人なんだから」
それは、角砂糖のようにほろりと溶け崩れてしまいそうな脆い笑顔。
芯はしっかりした、女王として何の遜色もない働きをする彼女だが、気を許した相手のいる非公式の場では、こんなにも小さな歳相応の少女へ戻る。

 円卓を囲んでの、ティータイム。
それは数刻前に、先日命を受けて、定例会議を女王の執務室でするためにやって来た騎士と魔術師を笑顔で迎え入れた女王が、なぜかお茶会の準備が整ったテーブルへ招いたことから始まった。
リーザリオンはレイジスに席を勧め、クラウンに向かってハイ、と沸かされた湯の入ったポットを手渡す。
「……これは、何のつもりだ?」
「何って、お茶淹れてもらおうと思って」
「……俺が淹れたものを、こいつにも飲ませるって言うのか?」
「……駄目?」
きらきらと輝く星夜の瞳が、クラウンに否と言わせない。
まともに否定する間もなく、クラウンの手は銀のポットに茶葉を量り入れ、湯を注ぎ込んでいた。
まるで魔法でもかけられたように、その手は意志の力で止められずに動く。
リーザリオンのカップと、自分がいつも使うカップ、そして、レイジスに来客用のカップを嫌らしく出すのは最後の抵抗だ。
レイジスが、信じられないものを目の当たりにしたように、あんぐりと口を開けてこちらを見つめている。いい気味……と独り言ちると、さらさら真っ白な砂が落ちていく時計に視線をやった。
 蒸らし時間を終え、クラウンのしなやかな手によって、ゆっくりとカップに注ぎ込まれる紅茶の、心地よい香り。
少女は、相変わらず上手ね、と昔を懐かしむように微笑んだ。

 「あ、そうだわ。戴いたシフォンケーキがあるの。すごく美味しかったから、二人にも食べさせてあげたくって。待ってて、持ってくるわ!」
一口、二口とゆっくり紅茶を流し込んでいた少女が、かちゃん、と軽い音を立ててカップをソーサーに置いた。
椅子から立ち上がり、ぱっと身を翻す。
ふわふわと、本当に綿毛のように飛んで行ってしまうリーザリオンに、クラウンは当然のようについて行った。
席についたままだったレイジスが、慌てて立ち上がる。
「お前は、座ってろ。今日はお前は、客なんだからな」
「なっ……それは、お前も同じことだろう?!」
むっと眉を顰め、クラウンをねめつけ……今にも飛びかかりそうだったレイジスは、あっけにとられたような表情でぺたんと椅子に座り込んだ。
そこまで見届けて、クラウンは少女を追って給湯室に消えた。
クラウンが背を向ける前、自分の視線に応えたとき……彼の瞳は、これ以上はないほど、優しく、暖かな色を宿していた。

 「……リィ」
「っライ……じゃ、ない、クラウン」
「いいよ、ライで」
ボウルと泡立て器を持って、ホイップを作ろうとしていたリーザリオンに、クラウンは笑顔で応える。
レイジスにも、ギルドの誰にも見せない、安らいだ表情。
普段、年齢より上に見られるクラウンだが、彼女と二人きりでいるときばかりは、年齢より下……悪くすればリーザリオンと対して変わらないようにも見える。
「ホイップか?代わってやる。リィは、ケーキ皿に盛れ」
返事も聞かぬ間にボウルを少女から取り上げ、軽やかな泡立て器の音を立てて、クラウンの手が動く。
リーザリオンはそれをぼんやりと追いかけながら、お気に入りのケーキ皿をとって、三つに切り分けたシフォンケーキを乗せた。
もう二度と戻らない幼少時代が、懐かしい。

 声も上げずに涙をこぼした少女を、クラウンはそっと抱き締めた。
暖かなその身体が、嬉しかった。




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女王と騎士と魔術師と。