これが女王と騎士と魔術師の日常。
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 王宮の日常茶飯事・定例事項とは言えど、耐えられる限度というものがある。

 「ふざけるなぁっ!!」
うららかな午後、その雰囲気をぶち壊すように会議室から響いてきた怒号を聞いて、扉の前で見張りをしていた兵士二人は顔を見合わせ、またかとため息をついた。
「もぉぉ我慢出来ねぇ!!表へ出ろ!!クラウン!!」
頭から湯気でも出そうな勢いで怒り狂う金髪の青年が、ばしばしと木製のテーブルを叩きながら叫んだ。
「……レイジス。お前一人で耐えていると思うなよ?我慢ならないのは俺の方だ。だけどな、俺はリィの気持ちを考慮すると、喧嘩なんて暴力的な真似、いくらやりたくても出来ないんだ」
 あーゆーおーけー?
金髪の青年……レイジスの前で、彼とは対照的な涼しい表情をした銀髪の青年は、ふんっと鼻で笑って、席を立った。
「あ。逃げるんだな?」
ふーん。逃げるんだー。
レイジスは、背を向けて扉へと歩き出した彼……クラウンを、顎をつんと上げて見下ろす。へー、だとかそーなんだー、だとか気の抜けた、まるでからかうような口調のレイジスに、彼の身体はぴたりと止まった。ぎぎぎぎぎ、と音でもしそうな固い動作で、クラウンは振り向き。
「逃げる、だと?」
にやぁり、と凶悪な笑みを浮かべた。
ばちり、と火花が散り、真っ直ぐな銀糸がふわりと浮かびあがった。
同時に、レイジスは腰にさげた剣の鍔をきちり、と浮かせる。
一呼吸分の間を空けて、二人は部屋から飛び出した。


 「何度言ったら分かるの?いい大人が二人して、我慢ってものを知らないわけ?あぁ、そうね、アナタたちを二人きりにした私に責任があるのよ。こうなること分かってて、いつも結局アナタたちの言葉に騙される。いくら政務が大変だからって、こればっかりは怠けちゃいけなかったんだわ。あぁ……どうして私は、このことに限って学習能力がないのかしら……?」
大きなため息をついて、玉座の背もたれに頭を預けた少女が、泣きそうな声で囁いた。
その玉座の真ん前には先ほどの金髪銀髪の青年たちが並んで立たされていて、少女の言葉にこちらも泣きそうな表情で項垂れている。
「リィ……」
「ご、ごめんなさい。もう、二度と……」
「その言葉に何度誤魔化されたと思ってるの?!」
厳しい声に、二人揃ってびくんと肩を震わせる。
「王宮騎士筆頭、レイジス・ミング。魔術師クラウン。女王、リーザリオン・レインが命じます。次から、定例会議は私の執務室で行うように。いいですね?」
さらりと肩を滑る黒髪は、絹の輝き。
黒の瞳は、夜を閉じ込めた煌き。
幼い顔でありながら、その声と威厳は、確かに女王のそれだった。
有無を言わせぬ絶対の命が下る。叱られた子供のように情けない態度で立ちっぱなしだった二人は、それぞれに相応しい行動をとった。
「かしこまりました、女王陛下」
女王に与えられる身分の王宮騎士筆頭レイジスは、金の髪を微かに揺らして膝をつき、頭を垂れて答え。
「……分かった」
国にとらわれない世界的価値を持つ魔術師のクラウンは、銀の髪を揺るがすこともなく、少女よりも高い位置からその瞳をしっかりと見つめ、答えた。
 そんな二人を交互に見つめたリーザリオンは、ふぅ、と小さく吐息を零し……19歳の少女へと変貌した。
「じゃ、さっそく自分たちが壊したもの、きちんと片付けたり直したりするように。これからは自分たちの起こした不始末は自分たちできっちり落とし前つけてね。はい、いってらしゃーい」
無邪気な口調で、ぱたぱたと手を振って、ふんわりと微笑む。
しかし、その笑顔がどれだけ二人に影響を及ぼすか、知っていながら微笑むのだから、なかなか性質が悪い。
彼女の思惑に気づいているのかいないのか、二人は瞬時に明るい笑顔を浮かべ、レイジスは走り出し、クラウンは転移の魔術でふわりと風に解けた。

 ちなみに、彼らはそれから半日かけて、それぞれの攻撃の余波で破壊された壁や扉や廊下の修理を行うこととなる。




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女王と騎士と魔術師と。