双璧誕生
<< text index story top >>



 騎士レイジス・ミングは、この上ない緊張にさらされていた。
彼は今、この国の若き女王、リーザリオンの執務室前に立っている。
つい10日ほど前に国王・王妃両陛下が崩御され、急遽王女の、14歳になったばかりのリーザリオンが玉座につき、そのか細い体でこの国を支えることになったのだ。
 そこまでは、あまりにも早かったとはいえ、予想できない事態ではなかった。彼女は国王のただ一人の娘だったのだから。
分からないのは、自分がどうしてここにいるのか……ここに呼び出されなければならないのかということだった。
しかも、名指しで。
思い当たる節は、自分の中にはひとつも見当たらないのだが、こんなところでじっと立ち尽くしていてもどうしようもない。彼は、深く考えるのが苦手な猪突猛進型だった。
 本来なら、今最も人通りが多いはずの女王の執務室前。
そこが、人っ子一人見当たらない状況なのだから、その理由はひとつ。
 彼女自身が人払いしているのだ。自分を呼ぶためだけに。
多忙な女王の時間を無駄に費やすことは、国民としてあってはならないこと。
レイジスは覚悟を決めるとすぐさま扉をノックした。

 そこにいたのは、一対の神々だった。
こちらに微笑みかけるのは、黒髪の女神。女神と向かい合うようにこちらに背を向けていた、銀髪の男神。彼も、レイジスのノックの音に振り返ってこちらを見ている。
輝くばかりの美しい顔貌は両者とも当然のこと、しなやかで細い繊手や、均整の取れた肉体美、漂う雰囲気は神々しく春の陽射しの如く穏やか。大きな窓から注ぐ太陽光が、少女の黒髪をつややかに照らし、その傍らにいる青年の銀髪を華やかに彩る。
呆然と二人に見入っていたレイジスに、男神の視線が向けられる。
彼は一瞬目を細めて、ゆるりと形のいい唇を開き。
「いつまでそこに突っ立ってるつもりだ馬鹿さっさと挨拶しやがれ」
容赦ない一言をレイジスに浴びせかけた。男神は、無慈悲で猛烈に口が悪いようだ。
描いていた理想はあまりにも上品で輝きに満ちていたというのに、それはすぐさま、驚くほど脆くも崩れ去り、後に残ったのは『天使の皮を被った悪魔』というありふれた言葉だった。
「……クラウン……喧嘩はやめてね?レイジス、ようこそ。私はリーザリオン・レイン。こちらは、魔術師のクラウンです」
銀髪の悪魔は、どうやらクラウンという名らしい。彼は淡い笑みを浮かべる女王の表情にむっと眉を顰め、更に言い募ろうとする。しかし、女王は目聡い。
「喧嘩は、やめてね?」
にっこりと微笑む笑顔は春の華。さすがの悪魔も、彼女には太刀打ちできないらしい。
 まだ少女といってもいいような幼い顔立ちだが、その気品に満ちた優雅な所作は、この国の女王として立派な風格を漂わせている。
悪魔に向けられていた笑顔を、ふわりとこちらに向けられて、レイジスは体が固まった。
「……リィ……そんなやつに笑顔の安売りはいけないと思う」
「だって、レイジス緊張してるわ。やっぱりこれって私のせいでしょ?」
「そうだが……ちっとも解決してないじゃないか」
吐息をこぼしたクラウンに指を指されたレイジスは、石像もかくやと言うほどの硬直振りで、話にならなかった。
「……あら」
頬に手を当て、クラウンと同じように軽く溜め息をつくリーザリオンに、彼はにこりと笑ってレイジスの前に立った。
「騎士ってやつは挨拶も出来ないんだな?無能なもんだ」
微笑とは裏腹の過激な発言。レイジスが目を剥いて反論する。
「んだと……!!誰のことを言ってるんだ?!」
「いや、お前。リィの前で緊張するまでは分かるが、挨拶もせずにってのはいただけない。で?騎士ってやつは挨拶も出来ないのか?」
腕を組んでふんぞり返るクラウンに、図星を突かれてかぁっと赤くなったレイジスは、さっと片膝を毛の長い絨毯に埋めた。
「お初にお目にかかります。王宮騎士レイジス・ミング、ただいま参上いたしました。女王陛下にはご機嫌麗しゅう」
頭を垂れたレイジスに、女王が息を飲んだ音が聞こえた気がした。
「……立ってください」
差し伸べられた腕は、なぜか、自分よりも低い位置に。
俯けた顔を上げれば、そこにいるのは、膝を突いた……。
「女王……っ!!」
「立ってください。今日は、私があなたにお願いがあって、呼んだのですから」
さぁ、と促され、手を引かれて、レイジスはそっと立ち上がった。
同時に立ち上がった少女の背は、やはり自分より小さい。
「……王宮騎士レイジス・ミング、私リーザリオン・レインが願います。ここにいる魔術師クラウンと共に、この国を守りし双璧となり、未熟な私を、頼りない私を助けてください。そして、女王であるリーザリオン・レインを……その治世が、乱れたものにならないよう、見守ってください。私は、結局のところ……たった14歳の、小娘でしかないのだから」
凛と顔を上げての口上は、14歳とは思えぬほどの、堂々たるもの。
5歳も歳の差がある大男に、このような迫力でもって、息を呑ませる視線でもって、相対することが出来るだろうか。
 女王たる器。
それは確固として彼女の中にあり、確かに息づいている。
そんな彼女の言葉を拒む理由など、どこにもない。
「……謹んでお受けいたします。我等がリーザリオン様」
再び膝をついて、騎士の礼によって彼女の願いに応えた。
「リーザでいいわ。よろしく、レイジス」
微笑む女王の笑顔は歳相応に愛らしく、レイジスは思わず笑みを漏らす。
しかし。
「リィ、本当にあんな出来の悪そうなやつでいいのか?」
悪魔は相変わらず悪魔だった。
そしてついに、レイジスの我慢の神経が引き千切れた。
「……それほどの口を叩くのだから、あんたの腕は相当なものなんだろうなぁ?自慢の魔術……見せてもらおうかクラウンとやら!!」

すちゃりと腰から提げていた剣を抜いた騎士に。
ふふんと笑った魔術師はばさりとマントを翻し。
「望むところだ」
二人は、女王の執務室を飛び出した。

 そして、かの国に双璧が生まれる。


 美しい賢き女王の両脇には、いつも必ず彼らがいる。
右には、金と青の騎士が女王から贈られた名刀シャルフィリィと共に。
左には、銀と赤の魔術師が女王から贈られた特別誂えの祭司服を纏い。
まるで絵画の如く、美しく煌びやかにそこにある。

 そう、今でも……。




<< text index story top >>
女王と騎士と魔術師と。外伝4