彼と彼女の再会
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 静まりかえった、真っ暗な王宮。
そこかしこですすり泣く声、かすかな嗚咽、遠くから響いてくる慟哭が、交じり合って静かな送葬の曲を奏でているかのようだった。
その中を、かつかつと、まるで指揮棒で台を叩くように、一定のリズムを刻みながら進む一つの影。
その表情は、沈痛で痛ましく、悲しげだった。美しく整った顔貌が、さらにその感情を深いものと見せる。
暗く長い廊下を、何もかもを知っているかのように違和感なく通り抜け、その影が辿りついたのは、薄くかすかな明かりが漏れる立派な作りの扉の前。
 彼がその扉を見たのは、つい先程だ。騒々しく周囲の空気は乱れ、まだ人の命が見えた。
2度目の訪問では、辺りは人を払ったように静まり返り、冷たく重い死の陰が横たわって、ただ聞こえてくるのは、何かを堪えるような荒い呼吸。
 一歩を踏み出すには、勇気がいった。
ようやく師匠に免許皆伝を頂き、その足ですぐさま報告に来て見れば、世間はこんなにも変わり果てている。
流行病の蔓延に、国の半数が倒れ、さらにその国を担う国王王妃までもが共にその病に冒されてしまったというのだ。
一人残された姫の祈りも虚しく、二人が静かに息を引き取ったのは、今しがたのこと。
 肌も凍るような空気の中、扉を叩くのがこれほど躊躇われたのは、初めてで。
どうしても、気安くそこへ入っていくことは出来ない。
おそらく部屋の中にいるのは、4年間も音信不通にしていた幼馴染みなのだろうから。

 詰まった息を吐き出し、覚悟を決めて。
彼は、扉を叩いた。

 一瞬、扉の向こうで息を飲むような音がして、ほんの少し咳き込んだ後、弱々しい声が聞こえてきた。
「……どうぞ」
震える声音に、心臓が握りつぶされるような痛みを訴える。
少女の苦しみが、切ないまでに伝わってきて。
音を立てることもなく扉は開き、正面に見えるベッドの天蓋から下ろされた薄絹は、そこに眠る人を柔らかく覆い隠している。
その縁に跪いている少女が、かすかに身じろぎをして、面を上げようと首をもたげた。
「久しぶり……リィ」
彼女の知っているだろう自分より、いくらか低くなった声。
おそらく、もう誰も呼ぶ人がいなくなっただろう愛称に、少女は一瞬びくりと震えて、緩々と、顔を上げる。
「……どうして、それ……」
「分からないかな?ずっと音信不通だったから、忘れられてもしょうがないんだが。なんの連絡も寄越さないで、悪かったと思ってる」
囁きのような彼の言葉で、少女は全てを理解した。
「っライ!!」
たどたどしい仕草で立ち上がり体を起こすと、目の前の、色彩のみを同じくした、昔とは明らかに違う身体つきの幼馴染みに、彼女は力一杯飛びついた。
殺していた声が次第に荒くなり、そして、嗚咽に変わるまで、さほど時間はかからなかった。
「……ここにいるから。離れないから」
囁き声にまぎれてそっと髪を撫でられ、これは生涯最後の甘えだと少女は自らを律した。
 これから先、誰であろうとも心の底から信じることは許されない。
今だけ。この瞬間だけと自分に言い聞かせて、混沌と化した自らの感情を、ただ静かに受け止めてくれる彼に委ねた。


 そして、二人の時は再び刻み始める。




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女王と騎士と魔術師と。外伝3