恋愛予行演習 2
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 「す、すみません、感激のあまり、思わず……」
「いいのいいの。確かにびっくりしたけど。目の前で倒れられちゃねぇ?」
「……俺がこいつに負けるとはな……不覚だ」
まさかまさかの展開で、私の頭はついていかなかった。
どうやら、と、透次さんが深雪さんの弟だっていうのは本当らしくて、実は色々すごいこと言っちゃったんだなーって気がついたのは気を失って、目を覚ました後のこと。
目の前には透次さんがいて、心配そうな顔で覗き込んでくる深雪さんの顔が見えた。
「でもさ、そこまでのファンがいると、なんていうか、感激よねー」
にやり、と、どことなく透次さんを彷彿とする笑い方で、隣の透次さんを肘でつつく。
「俺も驚きだ。まったく……」
はぁ、と深く息をつく透次さんに、深雪さんはやっぱり面白がるような笑みを浮かべたまま。
「まぁ、ここは私の部屋だから。ゆっくり……は、出来ないわね、誘拐してきたんだもの透次ってば」
深雪さんのあきれるような声にはっとする。そうだ、鞄も何もかも放置してきたんだ!!
「大変……!携帯とかお財布とか全部置いてきた!」
慌てふためいて、立ち上がろうとすると押さえつけられた。
「大丈夫だ、お前の友達は俺とグルだから。鞄くらい運んでくれてるだろ。とりあえず、今日誘拐してきたのには目的があるんだ」
な……なんですって?グル?……覚悟してなさいよ、ホントに。
心配してるんじゃとか、大騒ぎになってないかとか考えた私が馬鹿なのね?最初から仕組まれ済なのね?……畜生。
ソファに寝かされていた体を起こすと、正面の一人掛けソファに深雪さんが、なぜか私の隣に、透次さんが。
「え……と、なんか微妙に並びが変な気も……」
「ごめんね、お話っていうのは私からなの」
え……。ってことは、もしかして、まさか、私の誘拐計画を立てたのって……。
「そう、私なのよ、あなたを連れて来てって透次に頼んだのは。ごめんなさい」
「あ、謝らないでください、そんな……!」
隣で透次さんが『この態度の差は何だ?』とかぼそぼそ言ってるけど気にしないでおく。
「お話って、何ですか?」
申し訳なさそうな深雪さんは、見ていられなくて。
俯きがち、上目遣いの深雪さんを覗き込むようにして首を傾げる。
深雪さんは、ふわりと、優しい微笑を浮かべて。
「簡潔に言うと、次のプロットの主人公になってほしいの。あなたに」
それは、あまりにも唐突過ぎる申し出だった。
「……えっと……それって、まさか?」
「うん。新シリーズ出すの。実は」
気が遠くなるような現実が、目の前でくるくる回っていた。
沈黙を肯定と取ったのか、深雪さんが更にとろけるような微笑みで続ける。
「実はね、透次って、弟でもあるんだけど、私の歩くネタ帳なの。私では、外を歩くだけで大騒ぎになっちゃうから、大学生で比較的自由で、しかも家のフロアも同じで……色々嗅ぎ回ってる週刊誌の皆様なんかにも影響は出ないでしょう?だから、透次が普段の生活の中気がついたことをメモしてもらって、それを基にお話のプロットを作るの。ここんとこ、男主人公ばっかりで花がないなーと思ってたから。……編集部の担当さんからも、もっとティーンズ向けのものも書いてみませんかーってお誘いの電話が入ってたし」
「……それでも、どうして、私なんですか?私……何の特徴もないただの高校生ですけど」
おずおずとつぶやいた言葉に、深雪さんは頷いた。
「いいの、普通で。……でも、透次の顔見て『あんた』って言える人はなかなかいないのよ?」
え?……なんで、知ってるの?
私の無礼千万な言動、どうして、離れてた深雪さんに……!
「さてはあんたちくったわね?!」
「どうしてそうなるんだ、どうして。……俺は、握手会が終わったころ、学校へ帰ろうと慌てて飛び出してきた制服の小娘が体当たりを仕掛けてきた、そのとき思わず反射で宙を舞った深雪の2作目初版限定本をキャッチしてやったのに、俺の手からそれをふんだくって『あんたのせいで深雪さんの本が傷むところだったじゃない!』って言われた、と深雪に報告しただけだぞ」
「ちくってるんじゃないのやっぱり!!」
「俺はネタ帳だからな」
あうあうあう。あれは透次さんだったのね……。
「違うんです、多分それ、気づいてなかったんです……」
あぁもう、恥ずかしくて顔が上げられない。
「だから、そんな無茶なところがいいんだってば。ティーンズ向けだしね。親しみある方がいいの。……お話を元に戻すわね。で、本題なんだけど。あなたの行動パターンとか、お話を書くためには把握しておかなければならなくて。もし、このお話を受けてくれるのなら……透次と一緒に、私の指定する場所へ行ってもらえるかしら?」
そろそろと、顔を上げる。
目の前の深雪さんは綺麗な顔に真剣な眼差しで、私を真っ直ぐ見つめていた。
そんな深雪さんに。
「……私で、いいんでしたら喜んで」
二つ返事で、OKを出した。

 現実は小説よりも奇なり。
……まったくその通り、言い得て妙。
 そんなこんなで、私はどうやら透次さんとデートまがいのことをするらしい。
深雪さんの話によると、デート気分で行ってほしい場所があるんだと、まぁ……それだけしか指定されなかったあたりどうすればいいんだか……。
後は透次に任せておいて!って笑って手を振ってくれた深雪さんに、思わず笑顔で手を振り返したも束の間、来たときと同じ馬鹿でかい単車にタンデムで学校前へ。
すでに空は真っ暗で、時計の短針は9を指してる。……やばかった……門閉まる直前だし。
「ここって、全寮制だったよな?送って行かないでいいんだよな?」
「わざわざ送ってくれなくても、もし家に帰るんだったら電話ひとつでセダンが飛んで来るわよ」
私が通ってるのは、全寮制の学校法人永林学園。
金持ちの通う坊ちゃん嬢ちゃん学校とも言う。
これでも一応社長令嬢よ?……って言っても私は全然すごくないんだけどね。
「セダンなぁ……俺はもっと思い切り走るのが好きなんだが」
「スピード狂なだけじゃないの?」
「そうだな、どっちかっていうとその傾向が大きい」
こんなの乗ってるしな、と笑いながら後ろにでんと鎮座する漆黒の単車のシートを叩く。
うん、似合ってるけどね。すごく。
「で、早速だが明後日の日曜日に行く」
……は?
「明後日?」
「あぁ、明後日だ。朝8時にここに迎えに来る。俺は大学生だからな、あんまり歳離れてるように見えるのはなしだぞ?モトがいいんだから、俺を驚かせてくれ」
いや、そういう恥ずかしいセリフをさらっと言われても透次さんのその顔じゃ説得力ないし。明らかに私の顔負けてるし。
パクパクと口を開けたり閉めたりしてる私に透次さんは苦笑して、日曜はバイクじゃなくて車で行くからスカート希望だ、と言い捨てた。そして、颯爽とバイクに乗って走り去ってしまった。
え?
嘘?
……ちょっと待てコラ。
騒々しいエンジン音さえ聞こえない今になって、ようやく思考がついてきても、どうしようもない。
文句を言いたくても、メールアドレスも番号も聞いてない。
……ホントに必要最低限のことしか聞けなかった……。
とにかく、日曜日の朝8時。私は大学生の美男子に負けない勝負服で出陣することとなった。
……深雪さんの頼みとは言え、なんかすごく納得いかなかった。

 で、所変わって寮内。
私は、襲われていた。
「ねぇなに、あのかっこいいバイクの人!すっごくスタイルよかったよねー」
「顔見えないのにあんなにセクシーな人って、いるんだー」
……友達皆から吊るし上げ。
私は何もしてないのにー。無実だー。
「で?どういう関係?」
「どういうって……あー、一番しっくり来るのは多分日給のバイト行ったら自分の他にもう一人いて、それが透次さんだったというか……」
「名前で呼び合う仲なわけ?」
あ。墓穴掘った。
「……オヤスミナサイ」
「ちょっと待ちなさいよー教えてよちゃんと!」
談話室からそそくさと抜け出す私を引き止める皆の腕を振り払う。
「だって私何にも知らないもん、あの人のこと。ほら消灯時間だよ寮母さんに怒られちゃうよー」
10時消灯の寮の談話室。
さっさと解散しないと、何か出そうで怖い。
ついでに暖房切られちゃうから寒い。
ようやく皆から解放されて、私はほっと息を吐いた。
……明日一日、たっぷり何着ていくか悩まなきゃだけどね!
 ちなみに、そんな私が着ていく服を決めたのは、日曜日の午前0時35分を少し過ぎたところだった。

 「おー……大学生に見える」
「それは私が老けてるってこと?」
「いや、大人っぽいってこと。惚れ直した」
ホントにこの人は、どうして何着ても似合うんだろう。
「冗談言ってないで早く乗せてよ。寒い」
真っ直ぐ見てるのが怖くて、ふいと目をそむけた。
黒のハイネックセーター、ダークグレーのロングコート。ビンテージのジーンズに、底の分厚い革靴。薄いグレーの小さめレンズがはまったサングラス越しに覗く瞳。
駄目だ。見ちゃ駄目。わけも分からないまま、そう思った。
「はいはい、お嬢様……」
私の言葉に律儀に返事をして、透次さんはワインレッドのスカイライン、その助手席のドアを開けた。
私が悩みに悩んだ結果は、案外シンプルなものだった。
茶色のキャミソールの上にクリーム色のニットワンピース、その上から黒のファーがついたコートを羽織った。黒のストッキングと、編み上げブーツと。
セミロングの髪は、面倒だったから背中に流したまま。
……時間がなかったとも、言う。
ははは。
助手席に、何となく浮かんだ抵抗を振り切って乗り込んだ。
かちりとベルトを締めて。スカイラインは気持ちよく走り出した。

 で、着いた先は。
「……遊園地」
「そう遊園地。参考までに言っとくと、今回のコンセプトは遊園地デートだ」
「ちょっと待って……こ、心の準備が出来ないー」
「準備?何のための?遊園地ってのは童心に帰って遊ぶところださぁ降りた降りたー」
何で?!深雪さんいくらティーンズ向けだからってこんなところ舞台にする必要ないじゃないですかーうわーん。
……それは、この辺で某ネズミーランド・ネズミーシーに次ぐ大きな遊園地。
あぁああぁ。
にっこり笑顔の綺麗なこの人と、こんな人間溢れる場所を並んで歩くには、心臓握りつぶされる心の覚悟が必要なのです。……わが身ながら不幸だ。あぁ。
「さー行くぞー。デートデート」
連呼するなー。うわーん。
 前を歩く透次さんが、ごそごそっとコートのポケットを探ってありふれた茶封筒を取り出す。そこから、黒くて光沢のあるしっかりしたカードが2枚。チケット、じゃなくて。
「何?」
「フリーパスと、特別イベントの招待券をかねたカード。すごいだろう」
「すごいの?」
「……すごいってことにしとけ」
はーって溜め息ついた透次さんに、首を傾げる。
そうか……そんなにすごいのか……。
うんうん頷きながら、入場ゲート前まで一列で歩く。そこを、越える手前で。
「ほら」
「へ?」
「デートだから手」
は?
……いやそのにっこり……じゃないにやり笑顔はやめてくださいってお願いします。
ずいっと差し出された手。大きくて、でも指は綺麗。長い。細い。
ぼんやりその手を眺めてたら、がしりとつかまれた。
「え?」
「だから、デートだって何度も言ってるだろ?」
「いや、こんなしっかりつかまれちゃうと、その、大学の人とかいたらこう弁解の余地なしって言うかどうなんですか?」
「日本語変。ほら行くぞー」
あぁもうホントにこの人ってばこの人ってば。
さーっと、ホントにカード見せたんだかどうだかも怪しい透次さんは、ニヤニヤ笑いながら私を引きずってエントランスを抜け、セントラルへと向かっているようだった。
どうしろというの、この私に。

 そして。
目の前に広がっていたのは、異様な光景。
「……え、と。これは……」
無数の血痕、錯乱する羽毛……ほのかに漂う何かの甘い香り、だった。




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