走馬灯 7.夢から覚めて
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 「……起きろ!!」
驚きに胸が鳴る。
その拍子に引き上げられた瞼が瞬く。
そして、その傍らには。
「……馬鹿じゃねーの?お前、俺の家に何しに行ったんだよ!!」
「何しにって……空き巣退治?」
喉からは掠れた声が漏れた。ちっとも状況がつかめない。
慎吾とはさっき話したはず。
お休みという言葉を、確かに聞いた……空は、赤い。
「あれ……?あの、慎吾?」
「何だよ。ホント頼むからこれ以上心配させんな。お前の携帯繋がんなくて、家に電話かけても誰も出ねぇし、いきなりお前のおふくろさんから電話かかってくるしよ。勘弁してくれ」
いらついた様子で髪をぐしゃぐしゃと乱す慎吾に、茅沙は首を傾げる。ゆっくりと体を起こしても、何の痛みもない。気だるさが体中に残っている。
「慎吾、でも、さっき話したでしょ……? 私に、お休みって、言ったでしょ?」
「はぁ?!……お前、頭のほうもどうかしたんじゃないか?精密検査受けたほうが……いって!病人だろうがおめぇ!!」
慎吾の頬を、怪我をしていない右手で捻りあげる。
悲鳴を上げて悪態をついても、自分の手を振り払えない慎吾の気遣いが面白かった。
ゆっくりと、捻った指を元に戻す。
「……痛いってことは、あれは夢でこれは夢じゃないのね」
「……いや、だからホント、精密検査……いてぇっつってんだろうが!!」
本当に夢じゃないのかしら。そう呟いた言葉を言い訳にして、気に入らない発言を続ける慎吾の頬を、もう一度つねっておいた。
不満げに唇を尖らせて拗ねた目で見つめてくる慎吾に、茅沙は笑う。
「なんて言うかね、変な夢を見たのよ」
あれが夢の慎吾なら。
現実の慎吾も、同じように返事をするのだろうか……。
ちょっとした好奇心に引き摺られて、茅沙ははっきりと覚えている夢の内容を洗いざらい話すことにした。

「でね?慎吾が困った顔で聞くもんだから、私『走馬灯の中で、短い人生を……しかもかなり偏った形で振り返ってみたわけだけど、やっぱり一番楽しいのは……もっと欲しいと思うのは、あんたとこんな風にバカ話してるときなんだな、って思ったの』って……」
そのときのことを思い出せば、自分のセリフの恥ずかしさを改めて実感する。
言葉に込めた意味が慎吾に分かるはずもないだろうが、分かっている上で再び口にするのはますます恥ずかしい。
わざわざ隠す必要もない気持ち。慌ててまとめなくても、どうせそのうち形になるのだ。
きっと、慎吾はあの夢と同じように答えるのだから。
しかし、やや待っても慎吾の口から答えは出ない。さっきまでは、どうでもいいことに軽い相槌さえ打ってくれていたのに、何の反応もないというのはどういうことか。
「ちょっと、慎吾?聞いてる?今の、決め台詞よ?」
「……この、馬鹿!!何言ってんだお前、そんなこと考える必要なんてないだろ!!誰のせいで走馬灯見るような怪我したんだ!元凶相手に、何でそんなこと言うんだよ……!」
あまりにも激しい慎吾の声に、茅沙は目を瞬いた。
まさか、こんな返事が返ってくるなんて思いもしない。
こんなに悔しそうに、不満げに唇を噛み締める慎吾は、見たことがない……。
「……何言ってんのよいまさら。起きちゃったもの、しょうがないでしょ?私別に気にしてないわよ?根に持ったりしないわよ?」
心配しないで、と続けた茅沙に、慎吾が頭を抱える。
「そうじゃない……そういうことじゃなくって!」
「あ、照れてるの?やだ、ちょーっと気を失ってそういう感じのを見ただけじゃない。現実に今そう思ってるとかじゃ……」
馬鹿ねぇ、と茅沙の微笑みに応酬されて、慎吾はぱっと顔を上げて首を振る。その表情は必死だ。
「ばっ……違う!そうじゃなくて、俺のせいで走馬灯見るような状況に陥ったくせに、何でお前は……!」
「あ、じゃあ心配してくれてたの?大丈夫だってば。大体、悪いのはあの空き巣でしょ?何で慎吾がそんな風に責任感じるのよ」
「いや、だから……!だって、そうだろ。俺がお前に頼まなきゃ、お前は怪我することもなかったわけだし……」
不満げに呟かれた茅沙の言葉は、軽さと真剣さを帯びている。それでも、慎吾にもそれなりに備わっている責任感が許さない。
「何よ、本人がいいって言ってんだからいいのよ。それともあんた、許して欲しくないの?なんか請求されたい?」
「いや、それは困るが……」
どうすればいいんだ、と右手で顔を覆い、俯いた慎吾の背中に、そっと言葉を投げかける。
「……実際さ。今改めて考えてみるとね。そう、思うのよ。確かに」
「へっ?」
間抜けな声を出して、指の隙間からそろりと見上げられて。茅沙は、ゆっくりと続けた。
「いや、だから。……一番楽しいのは、これからも続いて欲しいのは……あんたとのこういう馬鹿みたいな会話なんだって」
「なっ……!」
手で隠しきれなかった慎吾の耳は、赤い。
うんうん唸りながらまともな日本語を話さない慎吾に、思わず苦笑する。
望みがないというわけでは、ないようだ。
けれど、まだきちんと形のないこの気持ちを焦って壊すこともない。
今は、まだ『元幼馴染』のままで。
「……んー?慎吾くーん、その耳の赤さはいったい何事かね?ははーん、なるほど、そうかぁ……ふーん?」
思わせぶりな茅沙の言葉に、慎吾がぱっと顔を上げた。
赤く染まったその顔に浮かぶ表情は、大きな怒りと……かすかな喜び。
「何が『ははーん』だこら!!ちぃのくせに生意気なんだよ!!」
「きゃーっ!怪我人に、しかも女の子に乱暴だなんて素敵な慎吾先輩のすることじゃないわー!」
「お前ぜってー殺る!!」
……二人のやり取りは、きっとこれからも続く。




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