走馬灯 1.再会
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 この世界には山ほどの偶然が転がっている。
誰もがそれに躓くか、気づいてそれを避けるか、わざと引っかかったり蹴り飛ばしたりと様々な態度をとるのだろうが、彼らのとった行動は、考えるまでもなく力いっぱい蹴り飛ばす、だった。

 「何であんたがいるのよ?!」
「それはこっちのセリフだ!」
ばったり廊下で鉢合わせした二人は、そのまま場所もわきまえず、自分たちがどれほど目立つのかもすべて無視して真正面からいがみ合い、更には互いの襟首を引っつかんで恐喝もどきの会話を交わしていた。
「昔懐かしの女装慎ちゃんの写真でも引っ張り出してきて欲しいのかしら?!今の『スポーツ万能カッコいい慎吾先輩』像なんていちころよ!」
「やかましい!そんなことしたらお前が生クリームかぶって大泣きしてる写真も引っ張り出すぞ!!今の『家事が特技の茅沙お姉さま』ぶりは影も形もねぇな!」
 男、上原慎吾。艶のある黒髪は女子真っ青の美しさを誇り、その肢体は若々しく伸びやかな年齢通りのしなやかさを備えている。筋肉質な長身とやや黒く焼けた肌が示すとおり、彼はスポーツ少年であった。バスケ、野球、サッカー、陸上と、何でもござれの運動神経は桁外れだ。しかも、それに愛嬌のある美男子顔がついてくれば、校内最強の人気を誇ろうとも、おかしくはないだろう。
 女、実山茅沙。やや茶色がかった柔らかな猫っ毛は、慎吾のものとはまた別の美しさがある。背は高すぎず低すぎず、髪の毛の雰囲気に似た印象を抱かせる物腰は校内男子の憧れの的。更に、ひそかに噂される彼女の家事の腕は、調理実習を共にした女子から伝え聞く限り、主婦並みの手際の良さだと言う。男女両性から愛される彼女は、鮮やかさ、華やかさには欠けるが、密やかに上品に咲く可憐なマーガレットに似ている。
 そんな素晴らしい評判の二人が、ばったり顔をつき合わせたのは『映画研究同好会』というプレートのかかった貧相なドアの前だった。絶叫を上げた二人の姿に、偶然彼らをこの場へ引っ張ってきたはずの映画研究同好会に所属する友人たちは、唖然とするより他はない。
相変わらず罵詈雑言の嵐で互いを貶しあう様を、その場に居合わせた誰もが呆然と見守っている。
 しかしこう見えてこの二人、昔は交流のあった両親の関係で、幼馴染と呼べる仲だった。ただ、小学校卒業と同時に慎吾が引っ越して転校、それから現在……同じ高校に入学するも、2年生の、今の瞬間に至るまでまったく交流が存在しなかった仲でもある。
「茅沙って、上原君と面識あったの……?」
「何だぁ?ありゃあ。いつも『興味ねぇ』とか言って逃げ出してたくせに……おーいシン『茅沙お姉さまファンクラブ』の会員を敵に回すなよー」
訝しげに首を傾げる茅沙の友人弘野安佳里、そして面白半分に野次を飛ばす慎吾の友人武岡仁は、普段なら絶対に見ることが出来ないだろうお互いの友のあられもない姿に、思わず顔を見合わせて笑った。

 「……ま、まぁ、この辺でやめとくか」
「そうね……協定を結びましょう、会う度こんなことしてちゃ馬鹿らしいもの」
互いが譲歩しあってそう言った頃には、二人の息は乱れに乱れ、その場に座り込んでしまいそうな勢いだった。
「ところで、どうして慎がこんなところにいるの?」
「ほら、あそこで笑ってる奴に連れて来られたんだよ。人数足りなくて困ってるから、映画好きなら数合わせに入ってくれって。どうやら、次の予算会で昇格を狙ってるらしい」
慎吾が視線で伝えた先には、茅沙を連れてきた彼女の友人安佳里と談笑する少年の姿があった。
「ふぅん……おんなじような理由だったの。別に喧嘩する意味もなかったのね」
ひどく楽しげな友人の姿に、畜生出来てたんじゃないの?とか何とか小さく呟いた茅沙に、慎吾が苦笑を返した。
「そうそう。俺みたいに恋が芽生えるかもしれないぞ?って唆されたのも理由のひとつだけど」
確かにあれは出来てるよな、と溜め息混じりに囁く慎吾を、彼女は心底呆れた表情で見つめる。
「はぁ?あんたまだ彼女いないわけ?あんなに大人気なのに?」
「大人気だからだろ?……バレンタインとかはやっぱりすごいことになるけど、告白ってのは抜け駆けになるらしい。滅多にないな。……そういうお前こそ、彼氏は?」
あえて聞くけど、と付け足されて、向けられる笑顔が更に憎たらしく感じたのは当然だろう。
「うっ、大きなお世話よ!」
「はは……んじゃ、これからよろしく。滅多に顔出さないと思うけど」
「こっちだって同じよ。委員会とか、生徒会もあるし」
いくつか部活を掛け持ちする慎吾と、クラス委員、生徒会役員を引き受けている茅沙は、自由参加であるこの同好会に、自分が望めど出てくる時間などないに決まっている。
両者とも映画が好きなのは事実だが、最近頓に忙しく、そんな余裕も気力もない。
「へぇ。お互い様だな……あ、おい」
友人の元へ行こうと背を向ける茅沙に、慎吾は軽く声をかける。
「何?」
振り向いた彼女の表情は、訝しげで、わずらわしげで。
小学校の頃、他愛ない喧嘩をしながら帰ったこと、いじめて泣かせたこと、その仕返しを食らったこと、失敗作のお菓子を食べさせられたこと……今まですっかり忘れていたたくさんの時間を思い出した。
「あんまり無理するなよ、昔身体弱かったんだしな……ちぃ」
今ではもう家族しか使わない懐かしい愛称で呼ばれて、茅沙は柔らかく微笑んだ。
「慎も気をつけなよ?……身軽に見えて、案外そそっかしいんだから」
それが、彼らの再会だった。




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走馬灯 1.再会