走馬灯 5.夢を見る
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 それは、とても懐かしい夢だった。
小学校に入学する前、自分の身体が弱かった頃だ。
喘息を引き起こして幼稚園を休むことなんてざらだった。
そんな中、いつも気がつくとそばにいてくれたのは慎吾だった。
今日は幼稚園でこんなことがあったんだ、誰と誰が喧嘩して、どんなお遊戯を習って。
そんな風に些細なことまで包み隠さず話してくれたのは、いつも慎吾だった。

 小学校に上がると、喘息はほとんど起きることもなく、毎日のように一緒に学校に行った。
親同士の仲がよく、家も近かった慎吾とは、家族ぐるみで一緒に旅行に行ったこともある。
低学年の頃は、男女の差を気にすることなくあちこちを駆け回った。
ちょうどませてくる3年生か4年生の頃は、大喧嘩をしながら同じ道を帰ったこともある。もしかして、とあらぬ疑惑をかけられたことも多々あったが、そんなときは必ず大喧嘩になったのを覚えている。お互いに『あんな奴相手に誰が』と罵り合ったのは、今でも鮮明に思い出せた。
卒業が近くなると、お互いに趣味や遊びが大きく違ってきた。茅沙は手芸や料理が好きで、家の中にいるのを苦に思わないタイプだったし、慎吾は家でじっとしていられない、空き地でサッカーをしたり公園のバスケットゴールでフリースローの練習をしたりと、身体を動かすことが好きだった。
そして、クラスが違ったことも理由のひとつだろうが、そのまま特に言葉を交わすこともなく、慎吾は転校して行ったのだ。

 大抵持ち上がりで入学する中学校の入学式で、張り出されたクラスわけの名簿を、目を皿のようにして見つめたのは、まだ記憶に新しい。3月の末に、理由を知らされないまま慎吾の家族と一緒に食事をしたが、そのときに慎吾は何も言わなかった。慎吾はいつでも、ちゃんと言葉にする性格だったから、こっちから聞かないでも言いたいことがあれば言うんだろうと、そんな風に認識していた。
4月になってから一度も顔を見なかったのも、新学期に備えて散髪にでも行って失敗したんじゃないだろうかとか、その程度にしか思っていなかった。
中学生の記憶は、あまりない。あるとしたら2年生の修学旅行や、3年の遠足の記憶が朧気に残っている程度で、今はっきり思い出せるのはこの高校の入試や合格発表のときのことくらいだ。卒業式も、みんなでなんとなく泣いたような気がする……そんなものだった。

 明確になるのは、この学校の入学式からだ。
何気なく探した中学校からの友達の名前にまぎれて、この前に経験した入学式ではいくら探しても見つけられなかった名前を見つけた。
『上原慎吾』と、そう印字された紙に、思わず掴みかかってしまいそうだった。
懐かしい名前が、中学の記憶をかき消していく……そんな衝撃は、忘れられない。
それと同時に、猛烈な怒りを覚えた。
どうして黙って行ってしまったのか。それをはっきりと彼の口から聞かない限りは、絶対顔なんて見せてやらない。そう思って、必死に慎吾を避けた。
幸い、慎吾は部活動に明け暮れ、普通の下校時間には帰らなかったし、その頃はまだ生徒会に誘われてもいなかった茅沙は慎吾と顔をあわせることなどなかった。
けれど慎吾は、持ち前の運動神経のよさと、成長するにしたがって磨きのかかった顔のよさがあいまってか、入学した頃から学校中の噂の種だった。
昼休みに必ず一度は彼の噂を聞き、何か行事があれば必ず告白されただの質問攻めにあっていただのと言う話が耳に入り、更には1年の2学期が始まった頃、抜け駆けを禁止する同盟が出来、『上原慎吾はみんなのもの宣言』なんて冗談のような条約が出来た。
どこに行っても逃げ場のない環境。
そして、遠目にバスケ部の練習風景を見てついに我慢の限界が来た。
いつでも誰もに慕われ、囲まれて。昔は確かに、慎吾は自分のそばにいた。
いつの間にか遠ざかって、忘れられて、今に至ってはこんなにも距離がある。
それが、たまらなく悲しかった。
更に、怒りを覚えた。
こんなにも距離がある、自分のことなんて知らないかもしれない。
そう思うといても立ってもいられなくなった。
こうなったら、自分だって慎吾が無視出来ないくらい有名になってやる……思い切って、クラス担任から進められていた生徒会に入った。
それからは、まるで階段を駆け下りるように事が大きくなったのだ。
会計、雑務をこなすうちに、急に生徒会室の掃除がしたくなって、3日かかってそれを仕上げたら役員に大喜びされた。
卓上電磁調理器や、使われていなかった食器棚を発掘、更に買ったまま放置されていたと思われるティーセットや茶器が出てきた。これ幸いと自宅からやかんを持ち込み、雑費から多少捻出したお金で必要最低限の茶葉やコーヒーを買いそろえた。
会議のたびにお茶を出していたら、これでお茶菓子があれば完璧なのにねと言う会長の言葉に触発され、焼いてきたケーキが大好評だった。そのままずるずると生徒会の定例会議には自作のお菓子を持ち込んでいたら、いつの間にかそれが口コミで広まり、家庭科部に勧誘された。
更にそれから話が大きくなって、3学期に入る頃には料理教室なんてものまで計画されていた。もともと料理は好きだったし、家庭科部の部長……優しく人のいい、しかも家庭科部で唯一の男子部員だった3年生の部長が懇願するし、参加希望者へのアンケートで要望の多かった様々なお菓子のレシピは、2月のバレンタインに備えたものなのだろうと察しがついたし。そんな恋の成就を願う純粋な乙女心を羨ましく思っていた茅沙にとって、やる気満々の参加者が集まった料理教室は楽しかった。
そして、一連の出来事のせいか、2年に上がる頃にはよく分からない団体が結成されていて。気がついたら、高校生活はとても忙しく、充実していた。
 慎吾なんて、どうでもいい。
そう思った矢先の、突然の再会だった。
相手はやっぱり自分のことを知っていて……気がつけば、妙な噂が流れるほどに仲良くなっていた。どうでもいいと思ったはずなのに……消しきれなかった想い。
伝える気なんてなかった。なかったのに……なぜだろう。
そんなのは嫌だと、強く思った。




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