走馬灯 2.きっかけ
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 それから二人が距離を縮めるのは、すぐのこと。
ある程度時間を置いたせいか、いいところも悪いところも、全部まとめて個人なのだと認められる程度に成長した今だから、昔話に花を咲かせることも、離れていた時間を埋めることも出来た。
そうして、幼馴染だった頃の気安さと思春期終盤の微妙な男女の距離を保ちながら、二人はほどほどに仲良くなった。
校内で様々な噂が飛び交う程度には、だ。
人によっては、当人たちに直接聞きに来るつわものもいた。
 「上原先輩、茅沙先輩を賭けて勝負です!!」
練習を終えて、バスケットゴールの片付けに向かおうとした慎吾の目の前に、男子バスケ部の一年生が立ちはだかって叫んだ。
周りの先輩や同輩は、腹を抱えて笑い転げ、後輩たちは緊張した面持ちでそれを見守っている。
頭一つ分は下にある顔を見下ろして、慎吾は苦笑交じりに首を傾げた。
「いや、勝負は構わねぇんだが、お前ら、誤解してないか?」
「何をですか!」
「俺は別に、実山のことは何とも思ってないんだぞ?」
困ったな、と溜め息をつく慎吾に食って掛かるように、彼は首を振って食い下がる。
「そんな嘘みたいなこと、言わないでください!」
お前たちが勝手に噂信じてるだけじゃねぇか、その噂のほうが嘘みたいだ、と聞こえないように呟いて、慎吾はぐしゃぐしゃと髪を乱した。
「んで、お前らはどうすれば俺の言葉を信じてくれるわけ?」
「え……そ……れは」
「俺、これでもバスケ部エース。色々浮気してるけど、本命だ。仮にもエースが、一年坊主に負けるわけにはいかねーの。でも、お前ら俺が勝ったら『茅沙先輩』を渡したくないんだーだからむきになってとか何とかまたあることないこと言うだろ。そういうことになると、俺は勝負自体を受けるわけにはいかねーの。分かったか?」
先輩同輩ギャラリーの方から、お前なんて負けちまえー、という声が届いたが、聞かないことにした。見た目の爽やかさに幾分か軽減されてはいるが、これでも、彼は負けず嫌いだった。
「それでもよければ、俺は正々堂々、お前と勝負するけど」
「で、でも……」
まだ不安げな後輩の首を、がしっと固めて、近づいた耳元に囁いてやる。
「今ここで引き下がってくれれば、いーもん売ってやるよ?実は、俺とあいつ、昔家が近くでさ。家族ぐるみで旅行行ったり、結構写真が残ってるんだよなー……まぁ、この後はお前の想像にお任せだけど、欲しくねぇ?」
浮かべた笑みは、普段の爽やかなスポーツ少年ではなく、密売人のような不敵なもの。
悪魔の囁きに、若き青少年は屈した。
 「先輩は、慎吾先輩にどう思われてるんですか!」
「どうって、映画研究クラブの部員?じゃなければ、昔仲がよかった元幼馴染?じゃなければ、いつも生徒会だの何だの引き受けて自分から忙しそうにしてる馬鹿?……そんなのあいつだって一緒じゃないの、運動馬鹿の癖に」
「誤魔化さないでください!私たちは、本当のことが聞きたいんですっ!」
必死の表情で改めて訴えてくる可愛い、そして少しお馬鹿さんな後輩に、小さく溜め息をつく。
仕方ない子ね、と独り言ちながら両手の書類とファイルの束を抱えなおした茅沙は、目の前のつわものににっこり笑って答えてやった。
「大丈夫よ。彼は私なんてそういう対象として見てないから。あなたたちの方がよほど素敵よ?恋する乙女は綺麗ね。私じゃあなたたちには敵わないわ」
頑張ってね、と止めを刺して、茅沙はつわものの横をすり抜けた。生徒会室へ向かう階段の陰に束で隠れていた後輩たちにもにっこり笑いかけて。その笑顔は、裏があるなんて考えられない優しい笑顔で……彼女たちは『茅沙お姉さまファンクラブ』の一員となった。
 ……とまぁ、方法はまちまちだが、彼も彼女も、同性を味方にする術を心得ていた。
しかし、いくら彼らを味方に出来ても、そんな互いに迷惑しかかけないような噂は、ない方がいい。
そのため、二人が言葉を交わす場は、もっぱら映画研究同好会改め映画研究クラブの部室であった。
暇さえあればどちらともなく現れて、持ち寄ったDVD鑑賞が始まる。
彼らを勧誘した本来の部員はすでに幽霊部員と化し、現在では慎吾と茅沙が部室を使うだけとなっていた。二人が何の気も使わずにぼんやり世間話に花を咲かせ、冗談交じりの会話を交わすことが出来る唯一の場所。……とは言っても、やはりメインは上映されるDVDなのだが。

 冬のかすかな日差しをわざわざ黒の暗幕で遮って、かけたエアコンの温度設定は23度。外からの直射日光が遮られれば、いくら春はすぐそこだといっても冷たく感じられる。
 3学期も終わりのこの時期、春の大会を前にした束の間の休息を得た慎吾と、こちらも生徒会幹部の引継ぎ業務が終わり、卒業式前の静けさを精一杯楽しもうとやってきた茅沙、たった二人のDVD鑑賞会が行われていた。
高校生の男女が密室に二人きりであるにもかかわらず、映画のセレクトは色気がないにもほどがある、懐かしの某カンフー映画だった。
ちなみに、これは茅沙の要望で、二人して骨の髄までアクション映画派だ。
「うちも欲しい、DVDプレーヤー。ここでしか見られないなんて悲しすぎるわ」
「可哀相だなー?うちはPS2あるから平気だけど」
テーブルに足を乗り上げてパイプ椅子の上で伸びをする慎吾に、茅沙は嫉妬の視線を浴びせかけた。ただでさえ一人暮らしの自由さをアピールしてくれるのだ。その上ゲームが出来てDVDまで見られればもう何の不服もないだろう。
「いい加減実家帰りなさいよ、お金かかるんでしょ?」
なんだか口うるさい母親のようだ、と自分でも思ったが、これは羨ましさから出た言葉だ。彼もわかっているだろう、と茅沙は一人苦笑する。
想像に違わず、慎吾は苦笑ひとつでその言葉を流した。
「忘れ物しても誰も持ってきてくれねーのは困るよなー。……あ、そういや放送切りっぱだ。やべーやベー、お前呼び出し多いもんなー」
「何よ、私のこと?慎だって多いじゃない、最近は追試の呼び出しが多いみたいだけど?」
立ち上がって、カチカチと校内放送のダイヤルを回しながら、慎吾が溜め息をつく。
「くぅっ、言ってくれるな。お前は品行方正成績優秀でそういう意味で呼び出し食らうことねぇからいいけど、俺はいつでも心臓大暴れだ」
『……年D組、上原慎吾君、職員室英語担当の坂下先生がお呼びです、繰り返します、2年D組、上原……』
さーっと顔色が青くなっていく慎吾に、茅沙が笑う。
「スポーツ馬鹿は大変ね?それに、坂下センセは甘くないもの、女の人なのに男に贔屓したりしないのは、彼氏がいるからだと私は踏んだ」
「うっせぇ。……ちょっと言ってくる。いくらなんでも今日テストなんてことはないだろうから。鞄頼むな」
そう言って出て行く慎吾の背中に、茅沙は同じく背中を向けたまま軽く手を振った。




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