モノカキさんに30のお題 27.迷い子
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 大きな正門を、振り絞った勇気で通り抜ける。
中にいる人はみな、私服で颯爽と歩く、明らかにめぐみとは年齢の違う『大人』ばかりだ。
雰囲気に飲まれて思わず立ち止まってしまっためぐみだったが、周りからの不思議そうな視線を感じ取って、慌てて歩き出した。
 確か父は、図書館にいるだろう、と言っていた。だが、建物はどれも同じような形と色で、よく分からない。キャンパスのあちこちに案内用の矢印が立っていたけれど、それだけで分かるほどキャンパスは狭くなかった。
「……どうしよう」
10分ほどふらふらとキャンパス内をさまよった結果、めぐみは自分を『迷い子』だと自覚した。
父はいつでも連絡してきていいと言ったけれど、何かと忙しくしている父を今呼び出すのは気が引ける。だが、後戻りも出来ない。決めてしまった心を動かすのは、次に動くきっかけをつぶしてしまうことだ。
今しかない。
めぐみは、よし、ともう一度歩き出した。
「ちょっと待って!!」
「ひゃ!」
歩き出した瞬間、呼び止められて腕を掴まれためぐみは、びくっと肩を震わせた。
掴まれる力はさほど強くなく、触れる肌の感触からそれが女性のものだと分かった。ほんの少し警戒を解いて、めぐみはゆっくりと振り返る。
そして、愕然とした。
「あなた、近くの高校の子でしょ?どうしたの?誰か探してるの?それとも、うちの図書館で調べ物?」
「え……あの……」
そこにいるのは、原田と並んで歩いていた人。
遠めにも整った顔は、近寄ってみるとますます綺麗だ。自然体に見えるメイクに、落ち着いた雰囲気。着ているものもお洒落で、隙がない。
どうしてこんな形でまた再会しなければならないのだろう。
よりによって、原田に会いに行こうとしている途中で。
急に後悔が押し寄せてくる。いまさら、引き返すことも出来ないのに。
「……ねぇ?あなた、梅雨明ける前に、原田君が学校まで迎えに行った子でしょ?」
「え?」
優しい笑顔でそう問いかけられ、めぐみは弾かれるように顔を上げた。
なぜこの人が、あの雨の日のことを知っているのだろう?
やはり……彼女が原田の恋人だからだろうか。だが、普通ならそんなこと、こんなにも柔らかい表情で言えるものではない。
一体、どういうことか?
「原田君に会いに来たんじゃないの?あの馬鹿男に」
「あ……ハイ」
「やっぱりー!!原田君があそこまでするなんて一体どんな女の子のためかしらと思ってたら、やっぱり、やだー可愛い、酷いわどうして紹介してくれなかったのかしらー」
今すぐにでも化粧室連れ込んでメイクして髪いじって服着せ替えさせてあげたいくらいだけど、と微笑む人に、めぐみはぱちぱちと目を瞬いた。
「あ、あの……あなたは?」
「私?原田君と同じゼミなの。同じ学部の3回生。何だか彼、週の初めから変でね、ずーっと黙りこくって、声かけられてもちっとも笑わなくって。時々笑ったと思ったら、もう泣き出しちゃいそうな情けない顔で。見てられなかったわ」
困ったように眉を寄せて、小首を傾げる様も、めぐみが仕草を真似たら子供っぽくなるに違いない。この人に、敵うわけがない。
だが……何だか、言葉の端々に感じ取れるものが、愛情、と言うよりむしろ、友情……のような気がするのは、気のせいか。
めぐみは、ほんの少しの希望をのせて、彼女に向かって問いかけた。
「あの……失礼ですけど、先輩の恋人、じゃないんですか?」
「は?」
即座に返ってきた反応に、めぐみは不安な思いを押し留めて、答えを待つ。
彼女は不思議そうな表情でしばらくめぐみを見つめていたけれど、急に思い立ったようににっこり笑った。
「やぁだ、違うわ。原田君は友達。私にはちゃんと彼がいるし、その彼も原田君と仲いいのよ。浮気なんて出来る環境じゃないわ。する気もないし」
どうしてそんな話になるのかしら?と問いかけられ、めぐみは一瞬言葉に詰まる。
けれど、微笑みを浮かべたままじっと待ってくれる目の前の女性に隠し事をする気は起きなくて、仕方なく二人並んで歩いていた日のことを話した。
「あら、それも勘違いよ?あの日、同期のみんなで飲みに行く約束をしてて、そこへ連れてってあげてたのよ。なのに、急にやっぱり行かない、なんて言い出して、そのまま帰ってこなかったわ。……あれ、もしかしてあなたがらみ?」
いたずらっぽい笑みを向けられても、めぐみは首を傾げることしか出来なかった。本当に、どうしてこんな風にすれ違ってしまったのだろうか。
「あの、ところで、先輩は……」
「あ。ごめんなさいね、立ち話させちゃって。さっき私と入れ違いで図書館に入ってったの。……上手く行ったら今度、原田君と私の彼も入れて、一緒に遊びましょうね」
さっと指差された建物は、目の前。
この建物の前は、確かさっき何度も通ったような気がする。……めぐみは、頭を抱えたくなった。
「2階の、自由閲覧室にいるわ。……頑張って」
そっと髪を撫でられて、自分の気持ちもすべて感づかれているのだと思うと、急に恥ずかしくなった。
ありがとうございます、とお礼を言って、めぐみは彼女に背を向ける。
目指す人は、目の前だ。




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