モノカキさんに30のお題 24.3K
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 その日の夜のことだ。
父が血相を変えて、キッチンで夕食の準備をしていためぐみに詰め寄ってきたのは。
「めぐ!!ちょっと、あの、どうして原田君がいないの?」
めぐみは、本当に原田が誰にも言わずに出て行ってしまったことをようやく知る。
「パパにも、何にも言わずに行っちゃったの?」
意外だという気持ちが顔に出ていたのだろう、父が眉を顰めて「どういうこと?」と尋ねてきた。
「う……ん。あの、ね。出て行っちゃったの。今までありがとうございましたって」
「うん。まぁ、そこまでは分かるけど。僕にも何にも言わないで、っていうのが、すごく納得いかない」
むくれて頬を膨らませている父の表情に苦笑して、めぐみは何と説明すればいいか分からなくて、小さく唸り声を上げながら首を傾げた。
「何て言うか……その。パパ、怒らないでね?」
念のためにそう前置きして、めぐみは一つ頷いて再び口を開く。
「私、先輩のこと、好きなの」
「……めぐ、が?原田君、を?」
「そう。でも、先輩は、私を、好きじゃないのかもしれないの。先輩にね、好きです、って言っちゃったら、急に出て行く、って」
ぽかん、と口を開けて呆然とめぐみの言葉を聞いている父に、めぐみは思わず苦笑した。
「パパ……何そんな顔してるの、私が先輩のこと好きになるの、ありえないって思ってた?」
「……いや、そんなことは、うーん……考えてなかった、っていうのが一番正しいかなぁ……」
だって今までめぐ、そんな風に異性に興味持ったことなかったでしょ、といまだ半信半疑の父に訊ねられて、確かにそうね、とめぐみも答える。
「だって。私も好きになるなんて考えもしなかったのよ?でも、気がついちゃうと、いても立ってもいられなくなるの。せめて気持ちだけでも知っていて欲しかったから、答えはいりません、ってちゃんと言ったの。なのに、先輩……」
「ちょっ、ちょっと待ってめぐ、好きです、でも返事はいりません、って言ったの?」
「……そうだけど……?今までと同じようにしててください、って。いけなかった?」
さらりと言ってみたけれど、父はなぜか頭を抱えてうずくまってしまった。
「えっ、パパ?ねぇ、私何か悪いこと言った?!」
焦るめぐみに、父はいやそりゃまぁ不可抗力かもしれないけどね、とか何とか呟いて、立ち上がった。
優しい笑顔を浮かべて、頭を撫でてくれる。
わけが分からなかったが、めぐみは甘んじてそれを受け、上目遣いにどういうこと、と訊ねた。
「だから、ね。めぐがもし、原田君のことを好きでね、原田君から先に告白されたとする。そしたら、めぐはどう?」
「えっと……う、嬉しい、よ?」
「めぐも同じ気持ちだってこと、伝えたいよね?」
こくん、とめぐみは頷いた。
「言おうと思っていたその瞬間に、答えはいりません、今までと同じようにしていて欲しいんです、なんて言われたら、どうする?」
「……好きだって、言っちゃいけないのかな、って思う」
「好きなのに、その気持ちも伝えられなくて、今まで通りそばにいてくださいって言われて、めぐは今までとおんなじ態度で原田君のそばにいられる?」
少し考え込むような仕草をしためぐみは、優しい視線で見つめてくれる父に、ゆっくりと首を振る。
「そんなの、無理。私は恋人同士になりたいと思うし、想ってくれてるのなら、その気持ちを受け止めたいし、私の気持ちも受け止めて欲しいもの。もし先輩がそれを望まないのなら、私、一緒になんていられ……ないから、もしかして、だから先輩、出て行っちゃったの……?」
ようやく気づいた、自分が言ってしまったことの重大さに、めぐみは今にも泣き出しそうな表情で父に詰め寄った。
もしあの言葉を原田が自分も想像したとおりに受け取ったとすれば。
一体自分は、どう償えばいいのだろうか。
だが、彼自身がめぐみから離れることを選んだのだから、会いたくても会えないかもしれない。償うことを許されないかもしれない。
だとしたら……人一人を深く傷つけた罪を、このまま一人背負うべきなのだろうか。
めぐみには、選べない。
「……パパ?私……どうすればいい?」
昨日の夜からあんなにたくさん流したものなのに、いまだに涙が涸れる気配はなくじわじわと滲み出てくる。
分かって嬉しいのに、自分の犯したことを思うと、決して素直に喜べない。
混乱してどうにもならない現状に、めぐみは父に一握りの希望を託して尋ねた。
「……3キロ」
涙を浮かべためぐみの目元をそっと指で拭った父が、小さな声で囁く。聞き取れなくて、めぐみは疑問符を口にした。
「え……パパ?」
「めぐの高校から僕の大学……原田君の通ってる大学まで、3キロ。歩いていこうと思って、行けない距離じゃない。今、テストが近くて原田君も勉強優先してるから……研究室は今の彼に居辛いだろうし、図書館あたり覗いてみれば、きっといるよ。めぐが、どうしても原田君に謝って、ちゃんと誤解を解いておきたいなら、学校帰りでも十分間に合うと思うけど。それに……僕は、いつでもどんなときでも、めぐの味方だからね」
場所が分からなくなったら僕に電話しておいで、とにっこり笑って抱き締めてくれる父の優しい心遣いに、めぐみは子供のように甘え、泣きじゃくった。
 原田とは違うやや暖かいその体温が、今は心地よかった。




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