モノカキさんに30のお題 23.永遠
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 梅雨明けして、ここの所晴れ間が続いているけれど、まだ木陰の中でじっとしていれば我慢できる程度の暑さだ。
めぐみは自宅のそばの公園のベンチで、高木を待っていた。
帽子を被って、腫れている目が少しでも目立たないように。ぎりぎりまで冷やしたけれど、一晩泣き明かした結果はなかなか治らない。
木陰の中で、帽子を押さえて空を見る。木漏れ日が眩しくて、ほんの少し目を細めた。
「……遅刻したかな?」
斜めから聞こえてきた声に、ゆっくりとそらせた身体を起こす。声のした方に顔を向けると、その先には高木がいた。いつかと同じように、缶紅茶とコーヒーを持って。
「うぅん。私が、早くに来ただけ。家の中にいると、息が詰まっちゃって」
当たり障りのないことを言って、めぐみは今の状態でも十分座れるだろうとなりを、限界まで端に寄って広げる。
高木はちょっと不思議そうな顔をして、めぐみからやや距離をとった位置に腰を下ろした。
「……めぐみちゃん?」
何だかいつもと違うみたいだけど、と言われて、めぐみは苦笑する。それは、顔のことだろうか。それとも態度のことだろうか。
「いつもと違うの。昨日ね、振られちゃったから」
「なっ……な、に?どういうこと?」
わけが分からない、といった表情で聞き返してくる高木に、めぐみは俯いてため息をこぼした。
「ずっと一緒にいられるって思ってたわ。だって先輩、私の親戚だもの。血が繋がってなくたって、きっとパパからもういいよって言われない限りは、もしかすると私が看護学校に合格するまではいてくれるんじゃないかって、そう思ってた。未来は誰にも分からないもの、永遠だって手に入れられるって、そう思ってたわ。だけど」
「……だけど?」
「先輩、出て行っちゃった。付き合おうとかまた会いたいとか、そんな言葉一つもなし。先輩がそんなに喋る方じゃないのは分かってたけど、それでも、きっと何か答えになるようなことを言ってくれるって思ってたのに。いくら言いづらくても、言わなきゃならないようなことは、はっきりさせなくちゃならないことには必ず答えをくれる人だったはずなのに。昨日の夜、突然」
込み上げてくる感情を押さえつけるようにひとまず言葉を切って、深い呼吸を何度か繰り返す。高木は、黙ったままだ。
「……イエスも、ノーもなし。逃げるんだよって、そう言われたわ。だけど……私、やっぱり納得がいかない」
短い時間を、めぐみなりに考えて出した結論だ。心を決めて、声に変えた。
「ごめんなさい、高木君。やっぱり私は、先輩じゃないと駄目みたい。先輩に好きな人がいるかもしれない、私じゃ駄目なのかもしれない、だけど仮定のままじゃ、諦めきれないんだもん。少なくとも、先輩の口から私のことを嫌いだって言わせるまでは。好きになってくれる可能性があるならそれを捨てたくないし、彼女がいたって、それを絶対に覆せないわけじゃない。どれだけ少ない確率だったとしても、私は……頑張ってみたいの」
初めての恋だ。
出来ることは全部やって、打つ手がなくなってしまってから諦めたって、きっと遅くない。まだめぐみは高校生で、出会いはいくらでもあるんだから。
「だから、高木君の気持ち、受け取れない。ごめんなさい」
ぎゅっと握った拳を睨みつけていた視線を、躊躇いを振り切って持ち上げる。
ゆっくりと、高木のいる方へと移動させた。
俯いて伏せた目元には、長く濃い睫毛の影が落ちている。横顔までも端正な高木のそれをじっと見つめたまま、めぐみは唇を噛み締めた。
「……めぐみちゃんの気持ちは、分かった」
ぽつり、と口を開いた高木に、めぐみは小さく頷く。
「でも……めぐみちゃんは本当にそれでいいの?」
すいっと顔を上げた高木と目が合う。
その表情は、真っ直ぐにめぐみを射るように真剣だ。
めぐみは驚いて目を瞬いた。
「……どういう、意味?」
思わず呟いてしまっためぐみに、今度は高木の方が驚いたような表情をした。
「オレは、それなりに恋愛経験あるから分かるけど、気持ちってさ、環境ひとつで変わるものだよ。現状を総合的に見たら、好きだったとしてもその想いに応えられないことがある」
めぐみにはまだ高木の言いたいことが分からなくて、首を傾げる。
「もし、彼がめぐみちゃんのことを好きだったとしても、ね?それでも、イエスとは言えないときだって、あるんだ」
何となく、言いたいことが分かった気がする。
つまり、相思相愛でも実らない恋があると、そういうことなのだろう。
けれどしばし考えて、めぐみは顔を上げる。
今までなら、そこまで言われれば立ち止まっていたと思う。けれど。
恋は、人を変えるものだ。
めぐみも、高木も。きっと……原田も。
見つめる高木の微笑みの裏に、隠れている何かをちらりと覗き見た気がした。
高木の人好きのする微笑みは、紙一重で悪魔の笑みになるのだと、めぐみは肌で感じ取る。
きっと高木は、めぐみが思うほど甘くない。
「オレは……引かないよ。めぐみちゃんの気持ち知っても」
だが、たとえそうだったとしても……もう、めぐみは止まれない。
実らない恋でも、障害だらけの恋でも。
確かな答えを、原田から聞く覆しようのない言葉を。
それまでは止まれない、と自分に言い聞かせた。
めぐみは、ベンチから席を立つ。
隣で微笑んでいる高木に別れを告げるために。




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