モノカキさんに30のお題 17.君は誰
<< text index story top >>



 モデルだった両親から譲り受けた美貌を幼い頃から開花させていた高木は、高校に入学する頃には異性に対する嫌悪を抱いていた。
自身が『女みたいな顔だ』と友人に称されるのも理由のひとつだが、何より、自分の顔に惹かれて寄ってくる、男を付属品か何かだとでも思っていそうな頭の悪い女が大嫌いだったからだ。
事実彼はそんな理由で何度となく異性と付き合わされたし、同等の理由で別れを求められたことがあった。
同性の友人はそんな自分を羨ましいと言い、異性からは深い理由もなくもてはやされた。
昔はそんな人間関係を煩わしいと思ったが、今では自分が異性をいくらでも取替えのきくストラップか何かのように扱えるようになり、それと同時に自分を見せることも、他者を偽ることも覚えた。もともと真っ直ぐとは言い難い、捻じ曲がった性格をしている自覚があったのだから、ほんの少し考え方を変えれば後は簡単だった。
 そんな生活が当たり前だと、そんな関係しかないんだと思い込んでいた高木にとって、楽しいと言える高校生活は望めそうもなかった。
けれど、入学した高校で、彼はたった一人の特別を見つけた。
「また振ったんだって?」
「……だって、そんなことしてたら私留年しちゃいそうなんだもん」
先輩、後輩入り乱れてのひそかな争奪戦が繰り広げられるほど、可愛らしい子だ。
高嶺の花、という言葉がしっくりくる清楚で慎ましい少女は、恋愛のことなんて何にも知らないような顔で愛らしい笑顔を振りまいていた。
だが、女は女だ。
自分のように、表でいい顔をして、裏でどんなことを考えているかは分からない。
名前も知らない彼女のことを、高木はそう決め付けていた。
それなりに女を取り替えながら、流される生活をしていたある日のこと、高木は、今まで抱いていた認識をすべて覆されるような事態に遭遇した。
「ごめんなさい。あの、ホントに……」
深く深く頭を下げて、何度も謝罪の言葉を口にする彼女に、高木は男が去った後にどうせ笑うんだろうなと、漠然と思って通り過ぎようとした。
しかし。
階段の影から何気なしに出て行くと、そこで見た光景は。
真っ直ぐに前を見据えて、頬を流れる涙を拭いもしないで唇を引き結んだ少女がいた。
痛みをこらえるような悲痛な色を宿して、嗚咽の声ひとつ漏らそうとせず立ち尽くす姿に、高木は息を飲む。
……なんて、綺麗なんだろう。
その名を問うことさえ忘れ、意識すべてを支配される不安も何もかも飲み込んで、高木はその姿に見惚れた。
それが、恋の始まりだった。
 けれど、やっぱり自分は自分でしかない。
清らかな彼女のことを想っていても、手に入れようとした手段は恐ろしく歪んでいて、とても試す気にはならなかった。
いつか、自分の過ちが癒されて、彼女と同じ位置に立てるようになったら……そんな風に構えていたのが、間違いだったのかもしれない。
 気がついたときには彼女は、恋を知ってしまっていた。
おそらく大学生だろう、知らない男によって。
めぐみの彼に向ける視線が特別な感情を含んでいると、高木にははっきり分かった。
一体誰だ、と荒々しく問いかけるわけにも行かず、そのときは言葉を濁してやり過ごしたのだが。

 「彼女を傷つけるくらいなら二度と姿を現さないでください」
一瞬傷ついたように顔を歪ませた青年に、高木は容赦なく憎しみの視線を注いだ。
もちろん、腹の底ではそんなこと考えてもいない。今あるのは、この先どうやって彼女を……めぐみを自分のものにするか、その計画だけ。
彼は、足がかりだ。
だから、わざわざ学校帰りにアルバイトを終えた彼を待ち伏せして、意表をついた。
「……君は?」
自分の声よりもやや低く、同性であるという点を差し引いても、なかなかの美声だと冷めた部分で考える。
すぐに表情を消した青年……原田に首を傾げて問いかけられて、高木は素直に自分の名を名乗った。
「高木、龍です。ご存知ですよね?」
「昨日、一緒にいた子でしょ……めぐみちゃんと」
めぐみちゃん、と呼ぶ響きに、どこか特別な感情が見え隠れしていると、経験豊富な高木の勘が告げる。やはり、先手を打つことを選んでよかった。
「よく覚えてますね」
記憶力がいい。聞いた通りに頭はいいのだろう。
だが、と高木は内心でほくそえんだ。
「……でも、あの時どうしてオレとめぐみちゃんが一緒だったか、は知らないんですよね?」
恋愛に関しては、自分の方がずっと経験も豊富だ。負けるわけがない。そう確信したまま、高木は彼の……訝しげな表情でこちらを見つめてくる原田に、視線を注ぎ返した。
それなりに上背もある自分よりやや上にある目線をほんの少し妬ましく思いながら、高木は続ける。
「いちいち細かいことは言わないでも分かると思いますけど、学年が上がってから……ゴールデンウィーク明けくらいだったかな。めぐみちゃん、眠れないだとか不安だとか、色々相談してくれてたんですよね。おかしいなと思ってたら、この間、オレがあなたと会った日から2日も連続で休んで。出て来たと思ったら、やっぱり調子が悪そうで……」
見る間に、原田の表情が険しくなっていく。
それは、分かっていてのことなのか、それとも無意識での変化なのか。
どちらであろうとも、構わない。
高木にとっては、そんなものはささやかな障害だ。
障害は、大きければ大きいほど手に入れたときの喜びとなる。そうでなくとも、障害の向こう側にいるのがめぐみだと思えば、どんな障害も苦にならない。
それだけ、めぐみは魅力的だった。
「それで……高木君は俺に何を言いたいんだい?友達にも常日頃から鈍いって言われ続けてるもんだから、はっきり言ってもらえないと俺には分からないんだよ」
鋭い視線のまま問いかけられて、高木は一瞬気圧された。
さほど多弁でないのだろうが、その分彼は沈黙の扱い方をよく知っているようだ。
揺らいだ気持ちを自制して、高木は唇を引き結ぶ。
「……彼女に負担をかけるのがあなたのやり方ですか?昨日、オレは彼女の涙を見ました。今まで一度もあんな風に泣いたことなんてなかったのに。めぐみちゃんはあなたのせいだなんて言わなかったけど……それでも、聞いてれば、見てれば誰が原因かなんてすぐわかります。一体……何をしたんですか?」
昨日原田が何をしていたのか、めぐみが彼の何を見たのかはまったく知らない。
二人の関係がどこまでで、どうなっているのかも。
けれど、そんなことはどうでもいいのだ。
高木の目的は、ここで原田とめぐみの距離を広げてしまうことだ。
先手を打って牽制しておけば、彼のような人間は引くだろうと、高木は予想している。
だから今は、それらの計画を綺麗に包み隠し、彼を偽る。己を見せる。
俯いて悔しげな様子を装い、小さく呟いた高木は、原田の反応を窺うためにそっと顔を上げる。
そして……計画の成功を確信した。
白くなるほど拳を握り、そっと目を瞬く原田の瞳には、諦めと、苦悩。
その奥に見え隠れするのは……深い愛情。思ったよりも静かで強い感情に、高木は息を飲む。
「君は……めぐみちゃんとの距離を感じることなんてないんだろうね」
自嘲気味の声音に、高木は訝しげに首を傾げた。
よく分からないが、彼にも何か思うところがあるのだろう。それがめぐみとの別れなら、それでいい。
「そういうことなら……言われなくても分かってたよ。あの家を出て行くのは前から決まってたんだ。タイミングを間違わなければ……誰も辛い想いをせずに済んだのに」
細く長い吐息が、ゆっくりと虚空に溶けた。
「今すぐとはいかないけど、俺は今月中に彼女のそばから消えるよ。俺がこんなことを言うのはおこがましいって、分かってるんだけど……」
そっと見つめられる感覚に、高木は居心地が悪く少し目を逸らした。
原田は小さく笑って、高木に背を向ける。
「めぐみちゃんのこと、頼んだ。俺じゃ、彼女一人でさえ満足に守ることは出来ないんだから……」
己への苛立ちが含まれているだろうそれを、高木は酷く安堵しながら受け止めた。




<< text index story top >>
モノカキさんに30のお題 17.君は誰