モノカキさんに30のお題 14.きせき
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 ずいぶん久しぶりのような気がしたが、休んでいたのはたったの二日だ。
一日目は微熱で、二日目は大事をとって、という父の判断だった。
友達はみんな心配してメールや電話を寄越してくれたけれど、メールを打つ気力はなかったし、家にかかってきた電話は父が、いないときは原田が受けていたようだった。
おかげで、この様だ。
「声がカッコいいって、重要ポイントよねっ!!」
「あの人の声聞くために電話したいって何度思ったことか!」
「最近付き合い悪いと思ったら、そういうことだったのね?!」
「何よもう水臭い」
「で」
『どこまでいったの?』
口を挟む隙さえ与えてくれない友達の矢継ぎ早の質問に、めぐみは愛想笑いで対応していたのだが、さすがに最後の問いには声を荒げた。
「どこまでって、何がどういくのよ?!」
「何がどうって……そりゃあねぇ」
「あんな時間にいたってことは、大学生でしょ?しかもあのめぐパパの完全体制を乗り越えてまでめぐに会いに来たんでしょ?凄いじゃない」
「彼氏が大学生、かぁ……いいなー」
勝手な想像を繰り広げる友達に、めぐみはぐったりと肩を落とす。
「あのね、先輩は彼氏じゃないの、パパが家庭教師してもらいなさいって連れてきてくれたの、パパの教え子なの、勉強熱心な人なの。だから、そういうのじゃないんだってば」
自分だって分かっている。そんな関係には決してなれないだろうということくらいは。
原田にとってめぐみは、恩師の娘で、遠い親戚で、ただの生徒なのだ。
人当たりのいい優しい顔立ちは、どちらかと言えばいい方だと思うし、きっと大学では人気があるんだろうと想像がつく。けれど、原田は何よりもまず勉強に情熱を注いでいる。
めぐみの気持ちどうこうよりも、現代医学の進歩に興味を持つような人だと思う。
例え恋愛如何に興味がわいたとしても、原田は大学生で、自分は高校生だ。
一度大学に足を踏み入れたことがあったが、そこはまったくの別世界で、自分が酷く浮いていたのを覚えている。
あそこには、たくさんの人がいる。原田と同年代の、隣に立っていて自然だと思えるような人も。その中には、原田を好きになる人も、原田が好きになる人もきっといるはずだ。
 だから、ありえない。
「ふーん。そうなんだ」
「まぁ、めぐがそういうならそうなんだろうけどね」
「なぁんだ、面白くなーい」
口々にひどいことを言ってくれる露骨な友達に、めぐみは苦笑した。
そんな彼女たちだからこそ、自分も気楽に付き合える。
「でも、めぐみはそうまんざらでもないんでしょ?」
「へ?」
ぴん、とおでこを指先で弾かれて、驚いためぐみは顔を上げる。額は、ほんのりと熱を帯びていた。
「きゃー、赤くなっちゃって可愛い」
「な、なっ……」
「めぐって分かりやすいんだもん。そうだよねー、あの声で顔もよければねー」
にやにやと、女の子らしからぬ笑みを浮かべている友達の表情が、ますますめぐみを焦らせる。
「何でそんな話になるのよー!」
「焦ってる焦ってる。図星だったんだねー」
「いいのよめぐ、あたしたちは応援してるから」
「ただし上手くいったら、ちゃーんと合コン計画立ててねー」
めぐみがそういう魂胆か、とため息をつきたくなったのも仕方ないだろう。
「だ、だから……私なんか彼女にしなくても先輩には彼女の一人や二人くらいできるってば!!」
自分で叫んで、そのとおりだ、と思う。
優しくて、勉強が出来るカッコいい人。
原田に彼女がいないことの方が不思議なのだから、めぐみが彼女の候補として挙がること自体考えられない。
でも……もし、奇跡が起きたら。
 ふと、有り得ない想像をしてしまって、めぐみは自分自身に溜め息をついた。
考えたって、どうしようもない。奇跡は、起こるはずがないから奇跡なのだ。
「それじゃ、オレのこと彼氏にしてもらったりとかっていう選択肢は、ある?」
突然聞き覚えのある声が降って来て、同時に手元が翳ったと思ったら、ぽんと肩に手を置かれた。びっくりして、めぐみは振り返る。
「や、江藤さん。オレも、めぐみちゃん、って呼んでいいかな?」
「え、あ、っと、高木君……」
柔らかな笑顔は、女の子の視線を余さず集めて釘付けにさせる魅力に満ちている。
けれどめぐみは、困ったように表情を曇らせて、肩に乗った手を掴み、そっと下ろした。
「めぐ、すごいじゃない、愛の告白よー」
「あの、高木君、冗談は……」
「やだ高木君、めぐの彼氏候補は大変なんだから。めぐパパ、すごいの」
めぐみの隣に、原田には劣るが男の子らしい上背のある身体が並ぶ。その前で、くすくす笑いながら友達が積もり積もった父にまつわるエピソードを話そうと口を開いているのが目に入った。そんなこと、聞かれて楽しいものではない。
「やだ、やめてよー」
「オレ、聞きたいな。あとその、カッコいい大学生の話も」
慌てて止めても、隣の高木の言葉が友達を更に煽る。
そうでしょそうでしょ、と俄然やる気になってしまった友達に、めぐみは溜め息をこぼした。
大それたことはもう二度と考えないから……そう前置きしながら、教室の窓から覗くやや曇った空を眺める。
今このときを助けてくれる奇跡くらいは、起きてくれないかしらとひそやかに祈って。




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モノカキさんに30のお題 14.きせき