モノカキさんに30のお題 12.罪
<< text index story top >>



 目が覚めた。
びっしりと汗をかいた身体を強引に起こして、そばに用意してくれたタオルを手に取る。
ついでに、置きっぱなしになっているペットボトルから水を飲んだ。けれど中に入っていた水分はぬるくなっていて、美味しいとは感じられなかった。
気だるさを振り払う気力もない。
汗を大まかに拭き取るとひとつ息をついて、めぐみは再びベッドに横たわった。
 原田は、いない。

 確か、昔もこんなことがあった。目を閉じて、めぐみは思い出す。
熱を出して、父に看病してもらったのはしっかり覚えているのに、目が覚めると父はいなくて。泣きそうになった。
そのときにとてもよく似ている。
原田がいないことが、悲しくて悲しくて。
 でも、とめぐみに躊躇いが浮かんだ。
今の自分は、どれほど原田のことを縛っているだろうか。
めぐみと父は、他人じゃない。血の繋がった、正真正銘の親子だ。
けれど、原田はそうじゃない。
一緒に夕食、どころか同じ屋根の下で生活し、無理を言って一緒に遊びに行って、雨の日に傘を忘れて迎えに来てもらって、そのまま一緒に買い物に行って。
それから風邪を引いた自分の看病までさせて、そのためにアルバイトを休ませて。
こんな風に、がんじがらめにして自分の元に縛りつけて。一体何になると言うのだろう。
そう理性では自分を戒められるのに、別の打算的なところで気にすることはないと誘惑される。
彼だって好きでやっていることだ。嫌いな相手にそんな真似はしない。自分は、たまたま風邪を引いてしまっただけなのだから。
その通りと言えばその通りなのだけれど、やっぱりめぐみには納得が行かない。
息を吐き出して、熱っぽい額に手の甲を当てる。ちっとも冷たくない。
ほんの少しひんやりと冷たい、彼の手を思い出して、めぐみはまたそれを振り払うように寝返りを打った。

 「めぐ、具合どう?」
不安げに覗き込まれて、めぐみはゆっくりと覚醒した。
原田かと思って、思わず目を大きくこじ開けたけれど、そこにいたのは別人だった。
「……パパ」
「びっくりしたんだから、めぐが倒れたー、なんて原田君から電話があって。一応、めぐが寝てる間に点滴打って微熱まで下がったみたいだけど、昨夜凄かったんだ、39度まで上がって。お願いだから、僕の寿命縮めるようなことしないで。心配で心配で、宿直どころじゃなかったんだよ……?」
額よりは冷たいけれど、心地いい、というほど冷たくもない父の手に撫でられて、めぐみは目を閉じた。
「……ごめんなさい。ここのところ、よく眠れなくって。多分そのせいだと思うの」
寝てればすぐ治るわ、と呟くめぐみに、父は少し不機嫌そうな表情を装って首を傾げる。
「そんなこと言って、治らなかったらどうするの?無理してるんだったら、原田君には帰ってもらってもいいんだよ?」
もう2ヶ月になるんだから、彼も大丈夫でしょ、と他人事のように呟いた父に、めぐみが首を振る。
「先輩のせいにしないで、パパの意地悪。先輩がいるから眠れないわけじゃないんだから」
ほんの少し緊張がほぐれて、唇を尖らせて拗ねたふりをしてみる。
それで父も安心したのか、力の入っていた肩がゆっくりと下がった。
「……それでも、めぐは僕の大事な娘なんだから。いくら親戚でも、血が繋がってないのは事実だし」
思案するように溜め息をついた父の言葉に、めぐみは耳を疑った。
「しんせ……き?」
「あれ?めぐには言ってなかったっけ?原田君、凄く遠い、血の繋がってない親戚なんだよ。何だっけ……確か、奥さんとか伯父さんとかたどると僕と原田君が繋がるのかな?」
聞いたような気がするけど、もう覚えてないや、と笑う父の笑顔に、拍子抜けする。
「……親戚、だったんだ……」
「まーね。いっくらなんでも、全くの他人を僕の可愛いめぐと一緒に住まわせるわけないでしょ?一緒にご飯食べる程度ならともかく……」
一体どういう経緯でそれを知ったのかは分からなかったが、父が覚えていないのだから、さほど重要なくだりでもなかったのだろう。
「さぁめぐ、もう寝て。とにかくたっぷり身体を休めてあげないと。僕は、冷却シート探すからね。めぐの寝てる間に貼っとく」
ゆっくりと離れていく手の平の感触に、残されたのは不安と、ごちゃ混ぜになった感情。
目を閉じて、何もかもを忘れてしまいたい、そう思った。
父が知っていたなら、彼も知っているはず。
血のつながりはないものの、お互いが親戚同士であることを。
知っていて、今の関係を保っている。
一緒にご飯を食べて、勉強を教えてくれて、遊びに行って、買い物に行って、風邪に倒れためぐみを看病してくれて。
時間を、場所を、記憶を共有している。
だが……それは、親戚だからなのだ。例え遠かろうと、そこに確かにあるつながり。
めぐみは熱に浮かされたまま、自分に言い聞かせるように自分の中で繰り返した。
 これは、罪じゃない。
彼は自分と親戚関係にあるからこんなによくしてくれる。
自分のわがままではない、当然なのだ。
……これは、罪じゃない。




<< text index story top >>
モノカキさんに30のお題 12.罪