モノカキさんに30のお題 06.レトロ
<< text index story top >>



 そこにあるのは、懐古趣味としか言いようのない世界。
電話は黒くてつやつや光っていて、ダイヤル部分もプッシュボタンではなく、指で回すものだ。アンティーク調のテーブルがいくつも並んでいて、そのうちの一つには年季の入った、使い込んである風のチェス盤が、駒と一緒に飾ってあった。奥のライティングデスクには、レコードを回している蓄音機がある。温かみのあるノイズ交じりの音楽が、ゆったりとその空間に満ちていた。
めぐみも原田も、おそらくテレビでしか見たことのないような過去の生活の一部がそこにある。
 昼食を食べ終え、原田が衝撃から立ち直るのを待っていたように、雨は降り始めた。
春の静かな小雨だ。傘はメインアーケードに設置された鍵付の専用スタンドに置いて来た。目ぼしい野外アトラクションはすべて入ったし、野外ステージからメインアーケードはさほど遠くない。二人は傘を取りにアーケードへ走り、傘を差すと、腹ごなしに園内をゆっくり散策した。そして見つけたのが、このレトロなカフェだった。
 カフェのオーナーなのだろう、40代の渋みの走った中年男性が、注文していたコーヒーとアイスティーを運んで来てくれた。平日だからか、店内に他の客は見当たらず、店員も彼しかいない。
時間の流れが、このカフェの中だけ穏やかで。
少し遠い窓の向こうには、相変わらずしっとりと降り続ける雨が見えた。
「……止みそうに、ないですね」
「こんなときだけ天気予報って当たるから。大学でもきっと今みんな大騒ぎしてるよ」
かわいそうに、と苦笑交じりにカップを持ち上げる原田の姿を、めぐみはぼんやり眺めていた。
カラン、と涼しい氷の音が、アイスティーのグラスの中で響く。
「……めぐみちゃん?」
声をかけられて、はっとした。
「あ。その……」
「大丈夫?調子、悪いのかな?」
「いえ、そういうんじゃなくて……」
大丈夫です、と笑みを浮かべて、その裏でめぐみは思う。
もし今日一緒に遊びに来たのが同年代の友人なら。
きっと、こんな雰囲気の店には入らず、大騒ぎできるバーガーショップにでも入っていただろう。もし誰かがこの店に興味を持っても、友達と一緒にバーガーショップまで引っ張って行ったはずだ。それが原田でも、めぐみが嫌だといえば彼は入らないと容易に想像できる。なのに、今自分はここに座っている。こんなところで、と一瞬思ったにもかかわらず、こうして原田の前にいる。
一体自分には、何が起こってしまったのか。
 静かにコーヒーカップを傾ける原田の前には、スプーンとミルクが、未使用のままでソーサーの上に乗っている。
コーヒーをブラックで飲む友達なんていない。父でさえ砂糖を入れて飲む。めぐみだって飲めない。
それを違和感なくやってのける原田が、めぐみには妙に大人に見えた。
「私、まだまだ子供だなぁって思って。先輩と一緒にいると、何だか自分がすごく子供っぽく見えて何だか嫌で。だから、少しずつでも前に進めたら、って思うんですけど……先輩と一緒にいて、先輩のことを知れば知るほど、どんどんと距離が離れていく気がして、ホントに私は成長してるのか、不安で」
小さなトレイに乗っているのは、ピッチャーに入ったミルクと、シロップ。
ストローの袋を破いて、グラスに差し込んでからそれを流し込む。
ミルクはすぐさまアイスティーに溶けて、続けて注いだシロップは、細くなったグラスの底に停滞していた。ゆっくりと渦を描いて回る様をぼんやり見つめながら、続ける。
「そんなこと考えてたら、今度は大人と子供の境界線って何かなぁなんてことまで考え出しちゃって。ここ最近、あんまり眠れないんですよね。5月病なのかな?」
つまらない話してごめんなさい、と一言謝って、めぐみは視線を上げずにグラスに差したストローを掴んだ。グラスの底から、上に引き上げながら回す。底に沈んでしまったシロップが全体に行き渡るように、しっかりと。
ただ、あまり大きな音を立てると、このカフェではちょっと響いてしまうけれど。
「……つまらなくなんて、ないよ。俺は、そんな風に考えてる暇とかなかったから、よく分からない。けど、めぐみちゃんはそんな風に自分のこと卑下するような言い方はしないでいいと思う。そういうのは……考え始めたら、もう大人への道を半分くらい進んでると思うんだ」
静かに耳に入ってきた言葉に、めぐみははっと顔を上げる。
原田は、めぐみを見つめてはいなかった。
頬杖をついて……その視線は、窓の外、いまだ降り止まない雨の軌跡を追いかけている。
「ホントに子供だったら、大人になりたいなんて考えないし……まだ子供でいたいとも思わない。子供って、今目の前にあることにすごく一生懸命で、そういう自分のあり方みたいなことにまで頭が回らないんだ。だから、年って関係ないよ。大人になりたい、子供のままじゃ嫌だ……そんな風に自分を成長させようと思った時点で、その子は大人への道に踏み出してる。まぁ、これは俺の勝手な考え方だけど」
ゆっくりと、原田の視線が移る。
見つめてくる瞳は、今まで見たことのない曖昧で、様々な感情を見出せる不思議な色をしていた。
口元に浮かんだ微笑みは、いつもどおりの穏やかさなのに……めぐみは、胸を焼かれるような感覚に襲われた。
 静かに、雨が降る。
原田の声と、遠いところで聞こえるノイズ交じりのジャズが頭に響く。
……きっと、今まで来たこともないような場所だからだ。
だから、こんな風に気が動転してるんだ。
めぐみは自分を強引に納得させながら、原田に向かって笑い返した。
 時間は相変わらず、ゆっくりと流れていく。




<< text index story top >>
モノカキさんに30のお題 06.レトロ