モノカキさんに30のお題 05.雨
<< text index story top >>



 お昼から明日の朝にかけて雨が降るでしょう、という優しい笑顔を浮かべた女子アナウンサーの言葉を聞き届けて、めぐみはテレビの電源を切った。
すでに彼女の準備は整っている。雨が降っても動きやすいように、長めの髪は二つに結んであるし、服もスカートではなくカプリパンツを選んだ。
ただ、誘ってくれた原田の方が動転してしまっているらしい。今朝突然『何着て行けばいいかな?』と切羽詰った表情で訊かれ、彼女は苦笑交じりに服を選んであげることとなった。……選ぶ、といっても、トップスのTシャツの色やボトムスをジーンズにするかカーゴパンツにするか程度だったが。
 そして、着替えている原田を待つ自分にあるのは、友達と出かけるのとは違った、妙に浮き足立った感覚。
普段ならきっと、雨が降るかもしれないんだから別の日にしようよ、と言い出していただろう。めぐみはさほど雨が好きではなかったし、人込みにまぎれて出かけるのも異性と遊びに行くのも好きではない。
ただ、相手が原田だというだけでこんなにも変わる。
それは、原田と休みが重なる可能性がこの先ないかもしれないから、なのかも知れないし、もっと別の感情が働いているのかも知れない。今はまだ、その感覚が何なのかを決め付けるには、早すぎる。
「ごめんめぐみちゃん、待たせちゃって」
申し訳なさそうに出てきた原田に、淡い笑顔で応える。
「待たせられたって言うほど、待ってませんよ。誘ってくれたのは先輩なんですから、楽しい一日にしてくださいね?」
そう言うと、原田はやはり困ったように微笑んで、努力します、と呟いた。
 空は、半分が雲に覆われた晴れ時々曇り。

 雨が降るかもしれない平日は、テーマパークで遊ぶには都合が悪い。
だからなのか、目的地である『木崎ブルーサンシャイン』へ向かう道のりも、場内へ入ってからも人込みには出会わなかった。
雨が降るかもしれないから……それを言い訳にして、めぐみは存分にはしゃぎ回った。
幼い頃に母を亡くしためぐみは、大学教授といっても、大学病院の医師でもある父に遊びに連れて行ってもらった経験はあまりない。遊園地などもってのほかだ。だから、こんな風に自分より年上の、保護者というには微妙な関係である原田と、こういった場所を一緒に訪れるのは、めぐみにとって不思議な感覚だった。
屋外の絶叫マシンを乗り継いで、のんびりクルーズを楽しんで、場内を走るバスに乗って。
従業員も暇なのか、アトラクションに近づいていくたびに優しい声をかけてくれる。
『お似合いのカップルだね』と笑いかけられたときは、めぐみよりも原田の方が驚いていたけれど。
 ひとしきり遊び回った二人は、持ち込んだ飲食物を広げることが出来る屋外ステージにたどり着いた。そこはすり鉢型になっていて、階段のような観客席がたくさん並んでいる。めぐみは、原田を誘導して適当な場所に腰を下ろした。
「……めぐみちゃん、元気だねー」
「そうですか?だって楽しいですよ!」
「あー、俺も歳なのかなぁ……」
笑えないなぁ、と溜め息混じりに呟いた原田に、めぐみが苦笑する。
「お医者さんは体力命ですよぉ。あれでもパパ、持久力だけは有り余ってるんですから……あ、でもそういう意味じゃ先輩、すでに失格ですね」
うっ、と言葉に詰まった原田を横目に、めぐみは止まらない笑いを強引に収めながら鞄を開けた。
「……なんか、めぐみちゃんにはかなわないなぁ」
「それ、どういう意味ですか?私の方がそんな気分ですよ。……あ、今日は途中で燃料切れになったりしないように、たっくさん作ってきましたから」
色とりどりのサンドイッチ、俵型のおにぎり、出汁巻卵にから揚げ、エビフライ、ポテトサラダ……定番のおかずが山のように詰まった重箱の中身が、うなだれていた原田に美味しい匂いとなって届く。
「……やっぱり、かなわないなぁ……」
おしぼりを渡された原田は、てきぱきと更に料理を取り分けるめぐみの姿に、苦笑を浮かべて呟いた。
 昼食はいつものようにすぐ終わった。
めぐみは原田との食事を心から楽しんでいたし、原田も炊事を得意とするわけではないため、こうして毎日美味しい食事にありつけるのは嬉しかった。
「ご馳走様でした、ホントどうしてこんなに美味しく作れるんだろう、俺が作るのとは大違い」
めぐみの差し出したペットボトルのお茶を飲み干した原田が、心底不思議そうに首を傾げる。めぐみは原田の子供っぽい仕草を見て、思わず吹き出した。
「料理の上手下手は、年季もですけどその人の料理のセンスも大事らしいですよ。だから、料理音痴な人っているでしょう?」
「……俺もそれなのかなー?」
「一人暮らしで料理音痴って、浪費の元ですよ」
容赦ないめぐみの言葉に、原田は溜め息をつく。
「私でよければこれからも作りますよ?いつでも食べに来てくださいね」
そして、続いて耳に入ってきた言葉に、原田は頭を抱えた。
……めぐみに他意がないことは分かっている。分かっているが……どうして自分は、あることを想像してこんな風に狼狽してしまうのか。
今の言葉は、まるで。
「……めぐみちゃんはいいお嫁さんになりそうだよね」
「そうですか?今ならお買い得ですよー」
にっこり笑ってそう言われて、原田は撃沈した。
自分の言葉が、原田を完膚なきまでに叩き潰してしまったようだと気づいためぐみは、心の中で舌を出しながら食事の片づけを始める。それが終わる頃には、原田が立ち上がれることを祈りながら。

 そんな二人の頭上を、ゆっくりと、静かに。
予報どおりの雨が降り始めた。




<< text index story top >>
モノカキさんに30のお題 05.雨